幕間~移る時代

「おう、居るかい?」


農作業を終え家の軒先でお茶を飲んでいるとわざわざ裏に回って来てくれたのだろう一人の同心が勿体振ってやってくる。

その見慣れた姿に私は少し破顔する。


「居ますよ。ずっと。」


同心は無遠慮に私の横に座るとぽつぽつと愚痴を言い始めた。


「洒落になりゃしねぇ………仕事多すぎやしねぇのかって話だ。」


「そう。」


「ただでさえ殺しや心中やらで忙しいってぇのによ。」


「そう。」


「火付盗賊改方は何でも屋じゃあ無ぇ。」


「そうね。」


「………あんたも懲りないねぇ。親父の時代から随分と経つってぇのに、まだ帰りを待ってんのかい?」


「当然。」


ずずっとお茶をすすり、ただ空を眺める。

あれから何年経ったか、移り住んだ江戸の町で私はかつて異変に対処するために結成された組織の御意見番兼守護女神として、こうして毎日お茶をすすっている。



つまり暇なのだ。



裏で暗躍していたとされる二代目調停者はあれ以来姿を現さず、大きな事件も無い。

歴史的に見れば、飢饉やら大火やら一揆やらは起こっている。

しかし、「悪魔」や「妖怪」絡みとなると別に私が動かなくても、仲間の誰かが一人ないし二人動けばあっさりと解決する。



故に暇なのだ。



「ん?」


「あん?何だこの気配は?」


突如庭先に発生した気配。

同心である男はスッと刀に手を添え警戒する。


「あー……多分大丈夫。仲魔だから。」


私の言葉に同心は「そうかい」と少しだけ警戒を解く。

そして庭先の空間が歪み、そこから現れたのは………


「ん。ただいま。」


「おかえりなさい。沙都莉ちゃん。」


山伏の姿をした覚り妖怪の沙都莉ちゃんだった。


「おみやげ。」


沙都莉ちゃんは懐から革の袋を取り出すと私に突き出してくる。

私はその袋を受け取り中身を確認すると茶色い見た事が無い、それでいて凄く香ばしい物が入っていた。


「これは?」


「くっきーとか言う。うまし。」


私は一つ口に放り込む。

これは………!


「おいっしー!何これすっごく美味しい!」


「あん?南蛮の焼き菓子か?……ほう、ほんのりとした甘さが絶妙じゃねぇか………茶には合わんが。」


確かにお茶には合わないかな?そう思っていると沙都莉がずいっと金属の筒を差し出してきた。


「くっきーはこれで。あつあつ。」


沙都莉が筒の先端を回すとその先端がそのまま湯飲みになり、筒の中から沸かしたての、それもお茶とは違う何かの花だろうか?良い香りのする湯が出てきた。


「甘くしてもらった。これが一番好き。」


「沙都莉ちゃん、これは何と言う飲み物?」


「ろー……ずてい?とか言う。元は甘くないけど、砂糖入れてもらった。」


砂糖入りの南蛮のお茶?

砂糖なんて高いだろうに、なんて贅沢な!



あ、でも美味しい。



先の「くっきー」に良く合っていて止まらなくなりそう……!


「なぁ、ちみっこ。」


「ちみっこ言うな。」


「その金属の筒は水筒すいづつか?」


「うん。でも向こうの人間、まぐ・ぼとる?とか言ってた。」


さっきから「くっきー」だの「ろーずてい」だの外つ国の言葉が並べられて少し頭が痛くなってきた。

そろそろここら辺の事を説明出来る未来人来ないかなー………とか?


「………無意識に因果律を変えないで頂きたいのだが。」


いきなり現れたのは違う世界線の未来から来た安藤 鋤康(あんどうすきやす)さん。

彼は一度死んで魔人として転生した人で、悪魔としての名前はアムドゥスキアスなんだそうだ。


「安藤さん!今日は西へ向かっていたのでは?」


「菊理様が呼んだせいです。」


あ、無意識に召集しちゃったのか。

それは申し訳無い事をしました。


「それで何のご用です?」


私は良く分からなかった物も説明を頼んだ。

それによって何となくだけど物の価値が理解できた。


「にしてもこれは思いっきり現代……俺等の日用品やな………これを何処で?」


「向こうの世界。おみやげ。」


「どんな世界?」


「剣と魔法。あと魔物。」


「めっさファンタジーだな……って俺等もそうか。」


「何か分かりました?」


「多分やけど良くあるファンタジー………ええっとヨーロッパやポルトガルとかで良いのか?フルプレ……鉄の鎧を着た真っ直ぐな剣を持った人達が妖怪とは違う魔物ってのと戦う世界……かな?説明しにくっ!」


良く分からないけど完全に別世界と言う事は分かった。

そうして安藤さんに説明を受けていると更に三人、「餓鬼」の田吾作さん、「山童やまわろ」の源さん、「於菊虫おきくむし」のおこうさんが帰ってきた。


「アーモウツカレタワ!」


「私は癒されたわぁ。」


「……………」


「田吾作さん、お幸さん、源さん、お疲れ様でした。どうでした?向こうの世界。」


「イヤソレガヨ!ガキアイテノショウカンダッタンダガヨ!!」


「3人の子供のうち2人が森で迷子になっちまってねえ。源さんが助けてくれたんだけど疲れ果てて寝ちまってねえ。迎えが来るまで私が介抱してあげてたのさ。子供って可愛いもんさね……一度目を覚まして二度寝しかけたから思わず抱きしめたくなっちまって巻き付いちまったよ。」


「……………」


その子供達、多分起きたくなかったと思う。

私達は慣れてるけど、目を覚ましたら髪が長く両腕の無い、下半身が蛇の女性に巻き付かれていたら恐怖以外の何物でもないと思う。


「アルジモヒトガワルイゼ!「ガキ」ニ「ガキ」ノアイテサセンジャネェッテノ!……ン?」


「また誰か喚ばれるかもしれないから、喚ばれたら報告する様に皆に言っとくよ。」


「……………」


「はい、有り難う御座います。お疲れ様でした。」


一通りの報告をすると3人は異界へと帰っていった。


「……結局、源さん一言も喋りませんでしたね。」


本当にね。


「さてと、俺ぁ見回りに戻らぁ。」


「あ!有り難うね宣雄のぶお君!」


宣雄君はそのまま振り向かずに帰っていった。


「では俺もこれで。」


「安藤さんも有り難う御座いました。」


そうして残ったのが私と沙都莉の2人だけになってしまった。

静かな庭に静かな風が吹く。

私は先のろーずていをすすりながらほっと一息つくと沙都莉ちゃんがスッと手を伸ばしてきた。


「今はまだ。主、向こうで更に強くなる。喚ばれる。会える。」


「………うん。」


溢れ出そうな涙を私はグッと堪え、私は……くっきーをパクつくのだった。

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調停者:コンシリエイター1st Love 鉄錆団休憩所(珍獣みゃー改め) @kazukiasama

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