七色に彩られた

四万一千

七色に彩られた

 七月七日、ぼくは、村をめぐることにした。

 学校に行く途中で、どうしても、そうしたくなったのだ。

 きっと後で、先生にも、お母さんにも怒られてしまう。

 けれど、ぼくの足は学校とは別の場所に向かう。


 めぐる場所は、もう決まっている。

 ぜんぶで七か所だ。

 その七か所の名前のなかには、色がはいっている。


 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。


 虹の七色と同じだ。


 ぼくは、赤の場所から順にめぐることにした。

 紫の場所につくころには、夕方になっているかもしれない。

 空が真っ暗になる前に、家に帰らなければ。

 そうでないと、もっと怒られると思うから。


 いつもなら学校にいる時間に、外を歩いている。

 そのことに、ぼくは気分がよくなる。

 ちょっとだけ、嫌な気持ちもある。ぼくは知っている。道徳の授業で習った、罪悪感というものだ。

 でも、それよりも、ワクワクする気持ちの方が大きい。

 大股で、鼻唄をうたいながら、ぼくは歩き続ける。


 赤の場所につく頃、ぼくはいっぱい汗をかいていた。今日は天気がよく、暑かった。あせもが出来たのか、身体中がかゆかった。ぼくは、力いっぱい、引っかいた。ああ、気持ちがいい。ここが家だったら、強くかくなと、お母さんに怒られただろう。


 橙の場所につく頃、ぼくは早くも飽き始めていた。学校をサボったワクワクは、もう残っていない。近くに田んぼがあったので、稲を引っこ抜いて、それで遊び始めた。何か作ろうかと思い、好きな動物を思い浮かべるけど、どれもしっくりこない。仕方がないので、ぼくは人型を、つまりは人形を作ってみた。完成してみると、どことなく、ぼくに似ている気がした。


 黄の場所につく頃、ぼくはイライラしていた。先ほど、転んでしまったのだ。ただ、転んだだけならよかった。だけど、転んで打ちつけたヒザは、友だちと昨日ケンカをして、既に怪我をしていた。とても、いたい。泣いたりはしなかったけど、ぼくは友だちへの怒りを思い出していた。ワーッ、と叫んだみたけど、イライラは止まらない。近くに転がっていた小石を掴み、地面に文句を書いてみた。書き始めると、これが楽しくて、時間を忘れてしまうほどだった。


 緑の場所につく頃、犬を見つけた。知っている犬だ。ぼくの近所に住むおじいちゃんが飼っていたはずだ。その犬もおじいちゃんと同じようにヨボヨボだったけど、よく一人で(一匹で?)勝手に散歩をしている。ぼくは、その犬と一緒に、村をめぐり歩くことにした。犬はぼくに懐いていたので、ぼくが呼び掛けると、すぐに後を付いてきた。


 青の場所につく頃、ぼくの疲れはとうとう限界に達した。えいやっ、と寝転がる。まだ日は高く、さんさんとぼくの身体を照らす。頭がぼーっとする。何だかうまく考えることが出来ない。ぼくは、テレビで見たニュースを思いだした。暑い日は、ねっちゅう症というものになりやすいらしい。うまく考えられないのも、あつさのせいかもしれない。よこになったまま、しばらくやすんでみたけど、なおらない。もういえにかえろうか、そうおもったとたん、あしだけがげんきになった。なんでだろう? よくわからない。ぼくはおきあがってみた。ぼーっとするけれど、まだあるけそうだ。めぐるばしょは、あとふたつだけだったので、ぼくはまたあるきはじめた。


 藍の場所につく頃、今度は犬が疲れ始めた。さっきまでぼくの傍を歩いていたのに、今はぼくの数メートル後ろを歩くのが精一杯だった。ヨボヨボの犬だから、体力がないのだろう。かわいそうに思い、今度こそ帰ろうかと思った。その時だった。一台の車がこちらに向かって走ってきた。その先には疲れ果てた犬がいる。運転手は、遅れて犬に気付いた。慌ててハンドルを切る。車が向きを変える。何とか犬を避けた。けれど、避けた先には、ぼくがいた。突然のことに、ぼくは身動きが取れない。運転手と目が合った気がした。その目は大きく開いていて、びっくりしているようだった。そして、ぼくは飛んだ。重たい車が、すごいスピードでぶつかってきたのだ。ぼくのような、ちびすけの身体は、遠くに飛んでいく。ぼくは意識を失った。そして、どれくらいの時間が経ったのか分からないけれど、目を覚ました。ぼくはまだ、車に引かれた場所にいた。近くにはヨボヨボの犬がいるだけ。ひき逃げ、という言葉が、ニュースの映像と一緒にぼくの頭に浮かんだ。身体は血だらけだった。頭も、胸も、腕もいたい。けれど、足だけは無事だった。よろめきながら立ち上がると、ぼくはまた歩き出す。残す場所は、あと一か所だけ。ぼくは、なぜだか、また歩き始めた。


 紫の場所につく頃、日は半分くらいしか空に残っていなくて、カラスが不気味にないていた。でも、ぼくは満足していた。やっと、ついたのだ。ここまで、たどりついた。足が、役目を終えたように、言う事を聞かなくなる。ぼくは、倒れた。もう、身体のどこも動かない。犬が寄ってきて、ぼくの顔をなめた。ここまで付いてきてくれてありがとう、と心の中でつぶやいた。日が沈んでいく。辺りが暗くなる。ぼくの目の前も、真っ暗になった。


 *** ***


 この村に伝わる伝承がある。古びた話であり、親の世代ならまだしも、子ども達の多くは聞いたことがないだろう。


 昔、この村で伝染病が猛威を振るった。

 その病に罹った者は、奇妙な行動を取ったと言われている。

 この村の、七か所を巡り歩くというものだ。


 それらの場所は、今でこそ虹の七色を名称に含んでいるが、当時はそのように呼ばれていなかった。

 とある事情により、名前が変わった過去を持つ。


 赤――元は『あか』。病人はそこで、己の身体の垢を、皮膚がめくれ上がるまで掻きむしった。


 橙――元は『代替だいたい』。病人はそこで、己の代わりかのように、藁人形を作った。


 黄――元は『』。病人はそこで、恨み辛みを文字として残した。


 緑――元は『看取みとり』。病人はそこで、巡り歩きの伴侶を探した。


 青――元は『阿呆あほう』。病人はそこで、知力を失った。


 藍――元は『い』。病人はそこで、不慮の事故に必ず遭遇した。


 紫――元は『村先むらさき』。病人はそこで、自身の人生を終わらせる。村の先端に位置するそこは、伝染病に罹った者たちが埋葬される場所。

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