(12)魔王さまは今日も忙しいのです

 ずさっ、ばしっ、どかーん。ぼよよーん。


「そこだ、いけっ」

「おらぁぁぁ」


 万魔城パンデモニウムの中庭。

 本日も、大勇者ロンリーと小悪魔デビーの特訓が続く。


 ロンリーはいつの日か大天使ミカエルと討伐し、元いた世界に戻ることを夢みて、日夜厳しい訓練を積んでいる。ミカエルはちょいちょい魔界にも顔を見せるが、あっという間に姿を消すため、どれだけ鍛えても鍛え足りない。いずれ魔法も身に付けようと、ロンリーは魔術書を読むために魔界文字も習い始めていた。


 デビーも協力せんと、ロンリーのためにあらゆる訓練法を編み出していた。最近は火の玉を投げていき、それを聖剣で斬るというもの。他にも高所になれるようにと、毎日朝夕、ロンリーを連れて魔界上空を旋回して回っている。


「ロンリー、今度は大物だぞ」

 デビーは両手を頭上に掲げると神経を集中させた。

「ほりゃあああ」


 気合の声と共に、みるみるデビーの体の数倍もの大きさがある火の塊が完成する。


「受けてみよ。フェネクス・ファイヤーボール・エクストラ!」

 ごうと音を鳴らして火の塊がロンリーに向かって投げ出される。

 勇者ロンリーは聖剣を構えて、中腰になった。

「よし、ばっちこーい」


 じゅぅぅ。


「ギャーッ、魔王さま、ロンリーが黒焦げになったぁぁ」

「はいはい」


 ぼあん。シャキーン。

 勇者は復活した。


「ぶは、死にかけた。ありがとうございます、魔王さま」

「いや、あの憎きミカエル打倒のためなら、お安い御用だ」


 魔界はいたって平和である。

 そんな、ある日。


「魔王さま」


 魔王がバルコニーで優雅なティータイムをしていると、宰相ルキフゲ・ロフォカレが顔を見せた。見下ろす中庭では、ロンリーとデビーが特訓中。この日は連続五輪の火の輪くぐりにチャレンジ中である。


「なんだ」

「はい、前王からお手紙が」


 こちらです、と差し出された電話手紙の封を、魔王は手早く開けた。

 すると、バイーンという音と共に前王バアル・ゼブブの顔が浮かぶ。


「ご無沙汰しております、魔王さま」

「そうだな。どうだ隠居生活は……って、相変わらず、すごい顔してるな」


 まるで死神のよう、という言葉を魔王は飲み込む。

 過労で引退した前王バアル・ゼブブであるが、現職時と同じように目はどんよりとして覇気がなく、頬はこけ、髪まで薄くなって悲壮感たっぷりだった。


「どうしたんだ。病気でもしたのか」

 心配になって魔王が訊ねると、前王はよよよと泣いてハンカチで鼻をかむ。

「そ、それが……」


 話はこうであった。


 伝説の魔王ウリエルの復帰と共に、勇者の数は激減したが、魔王退治を夢見る若者は多い。ましてや、召喚勇者が少なからずいる昨今。なにか成果を上げなくてはと勢い込む者もいる。


 そんな中、まことしやかに囁かれる噂が一つ。


 前王バアル・ゼブブを倒せば、魔王討伐ほどではないが賞賛は得られるらしい。召喚勇者なら元の世界に帰れるかもしれないぞ。


 誰が言ったか、勝手な噂。それでもあっという間に広まり、ついには前王の隠居先も知られてしまった。次々と勇者が挑みにやって来る毎日。


「それで、こんなあり様なんです。復活には時間がかかるし、待ち時間に家財は盗まれるわ、食糧庫は荒らされるわで、気づけば我が家の貯金はすっからかん。それでも、次々と勇者がやってきては寝込みもかまわず斬っていくんです」


 この間は家に火をつけられました。

 居住を変えても、どこからか知れ渡り、追い詰められる日々。


「限界です。溶けてしまいそうです」


 どアップで訴えられ、魔王は思わずイスから立ち上がる。

 気の毒すぎる話ではないか。

 魔界広しといえど、今までそのような事態になっていたとは知らず、少々恥じる。魔王はひとつ深呼吸すると、虚像の前王に微笑みかけた。


「よし、わかった。そんな奴らは一網打尽だ。それに、ゼブブ。お前もこの万魔城パンデモニウムに住みなさい。その方が安全だろう」


「ま、魔王さまぁぁ」


 鼻水を吹き出してまで感激する前王にやや引いてしまうが、魔王は「すぐに、そちらに向かおう」と応じる。それから、バルコニーで身を乗り出すと、中庭にいるデビーとロンリーに声をかけた。


「おい、二人とも。わたしは出かけるが一緒に来るかい」

 魔王を見上げていた二人。

 彼らは一瞬だけ顔を見合わせると同時にうなずいた。

「はいです、魔王さま!」


 元気のいい声が魔界の空に響く。

 魔王は今日も忙しいのだ。   


                             (完)             


 

 


 

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隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている! 竹神チエ @chokorabonbon

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