(11)長い夢を見ましょう

「その手があったかっ」


 ガッテンするロンリー。

 魔王も、「よし、やってみよう」と聖剣をロンリーに渡す。


「ちょ、ちょっと、ご冗談が過ぎますよ、魔王さん。天使を討伐して勇者が帰還するって変でしょう。それより、あの人――」と、半身氷漬けの堕天使ルシファーを指さす。「神に噛みついた天使ですよ。討伐にはぴったり」


 さぁ、やっちゃって、と微笑むミカエルに、ルシファーが言う。


「ひどいね。僕、無抵抗なのにさ。あれで大天使なんだから、恐ろしい世の中だよ」


「神への反逆者が何を言うんです。ほら、勇者よ、あいつを討伐するのです」


 ロンリーは大天使ミカエルと堕天使ルシファーを交互に見やった。片方は美丈夫の金髪男、もう片方は白髪の美青年。さらに片方は自分を召喚した天使、もう片方は暗い闇に半身を氷漬けにされている。勇者の心は決まった。


「おい、大天使ミカエルよ。お前を斬る!」

「なんで、そうなるんだ」ミカエルがのけぞる。

「ちょっと、あなたね。大天使ですよ、大天使。そこらの下級天使とは違うんですよ。わたしは天使で一番偉いのです」


「ちょっと待て」

 魔王が異議を唱える。

「一番偉いとは、どういうことだ」


「どうもこうも」ふっと軽く笑うミカエル。

「わたしは天使長ですよ。一番偉いにきまってます」


「聞いたか、ウリエル。長だから偉いんだとさ。まったく横暴で単純な思考だよね。聞いていて恥ずかしいほどさ」


「そうだな、ルシファー。いつもこいつはそうなんだ。四大天使のときも、自分がリーダーだと勝手に思ってやがった」


「なんです、お二人とも。ぼそぼそ陰口なんて、言うもんじゃありませんよ」

「べつに、僕は堕天使だしね。陰険で当り前だよね」

「わたしも魔王だからな。姑息でいいと思う」


 二人の目が魔界に染まる。大天使ミカエルは寛大さを示そうと、微笑んだところで、顔先に聖剣を突き付けられた。笑顔が固まる。


「勇者の名のもとに、貴様を抹殺する」

「やっちゃえ、ロンリー。デビーも応援するぞ」


 ぱちん。


「あっ、消えやがった!」

 ロンリーが大声を出す。デビーも、キーッと悔しがる。

「逃げたな、あいつ」と魔王。

「逃げたね、あいつ」とルシファー。

 二人は顔を見合わせると、少しだけ笑いあった。


「悪いが、わたしも疲れたんだ、ルシファー」

 魔王は目をそらすと言った。その顔をみて、ルシファーはうなずく。

「わかってるさ、ウリエル。僕も遊び過ぎたようだ」


 ルシファーは視線を上げた。どこまでも氷の世界。陽が届かぬ闇。

 でも、と彼は目を閉じる。まぶたの向こうでは、在りし日の庭が見える。

 楽園。白い翼。少女。笑顔。声がする。華やかで楽し気な声が。


「眠るよ。長い長い、夢を見よう」

 

 こくりとルシファーの頭が傾いだ。魔王はそれを見届けると、ロンリーとデビーを抱き寄せて、ふっと音もなく消えた。


 また、静寂が支配する。

 ここは第9圏コキュートス。地獄ゲヘナの最下層。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る