例えば夏祭りがあったとして3

全裸のラブラブイチャラブシャワータイムを終え、ママとパパと郁弥さんと色々話しながらおやすみの時間を迎えた。そして、満を持してあたしの部屋にやってきた。

もちろん、ママとパパには今日一緒に寝ることは伝えた。二人して意味深に笑っていたのが癪だけど、これで今日何があっても大丈夫。文句は言わせないわ。


「よし寝よう」

「えー」

「…いや、もう布団も敷いたし寝てもいいよね」


ベッドの横に並ぶ形で郁弥さんのお布団を敷いたのはいい。よくないのはすぐ寝ようするところ。


「全然よくない」

「ええ…。僕もう眠いんだけど」


ほんとに眠そうな目でのそのそ布団に横になる彼氏さん。とろんとした表情が可愛い。好き。…そうじゃなくて。


「…いいわ。そっちがその気ならあたしにも考えがあるんだから」

「うーん?」


ぽやぽやしている恋人は無視して、ベッドから枕を下ろす。


「はいちょっと動きなさーい」

「…うう、なぜ」


文句とも言えない言葉を口にする恋人を押して、あたしは空いたスペースに入り込む。枕の位置を調整し、隣を向けば完璧。添い寝モードの完成。


「えへへー」

「…あったかいなぁ」


クーラーを効かせているから暑苦しさはまったくない。むしろ薄いタオルケットだけだったから、人の温かさが心地いい。

お互い身体を横向きにして、ぎゅーっとくっついて手足を絡めた態勢。


「……これ、ベッドに上がった方がいいと思うんだけど」

「んふふー、あたしはどっちでもいいわよー」


郁弥さんとぎゅーってしながら寝られるならそれでいいのよねー。


「はぁ…ベッドに行こう」

「はーい」


のろのろとした動作で一緒に起き上がる。ゆっくり上がってベッドに横になった。


「結局こうなるのかー。…僕、もう寝てもいいかな」

「んー」


すっごく眠そうな声。顔も眠りたそう。目がしょんぼりしてるわ。


「うん、もう寝ましょう」


恋人の身体に回していた手を伸ばして、枕元のリモコンを手に取る。ボタンを押して電気を消せば、暗くなった睡眠用の部屋ができあがり。


「ねえ郁弥さん」

「なに?」

「おやすみのちゅー」

「…ちゅ」

「ん…」


真っ暗な部屋でぎゅーっと抱きしめ合いながらキスをされた。眠くてもちゃんとしてくれるのは彼らしいけれど、場所が違う。あたしの顔が見えていないせいか、頬にちゅーされた。嬉しいのに物足りない。

妥協は…できないわね。


「…だめ。ちゃんとしてくれなきゃだーめ」

「…ん…これでどう?」

「……えへへ、許してあげる」


これだから郁弥さんのこと大好き!!



「…ふぁぁ」


眠い。暑い。…眠い。


「…んぅ」


なんか暑苦しいなぁ。……はっ!そうだった!昨日は郁弥さんと一緒に寝たんだった。

部屋の天井から寝息が聞こえてくる。隣に視線を移すと、案の定郁弥さんがいた。あたしと同じく仰向けですやすやとお眠りな様子。

寝ている間に横向きな姿勢は崩れて、今は二人とも仰向け。それでもくっつき具合は変わらず、あたしの腕は完全に彼の腕と密着していた。そして、あたしの右足と郁弥さんの左足が絡むように重なっていた。あたしの右足の太ももから先が彼の足に乗っかっているような形。

そりゃ暑い。暑苦しい。クーラーも消えてるし、汗が出てきそう。でも離れない。絶対に離れないと決意したわ。


「…ふふ」


顔を傾けてお隣の恋人さんを眺める。寝顔を見るのなんて久々だから結構新鮮。普段は実年齢通り大人っぽいのに、今は安心しきった子供みたい。可愛い。

本当に、あたしってすっごく幸せ者。

これでお互い全裸だったらあれだけど、普通に服着てるし全然そんな雰囲気ない。もちろん服着てないときもあったわよ。でも今日は違う。こういう、日常的な幸せもまた…いいものね。


「…にしても暑い」


音で郁弥さん起きちゃいそうだから嫌だったけど、これは無理。ごめんね、起きちゃったらおはようのちゅーしてあげるから許して。

適当に謝りながら枕元を漁る。リップクリームとか色々どかして、クーラーのリモコンを手に取った。手早く電源を入れれば安心。数分もすれば涼しくなるはず。ついでに目覚まし時計を拾って時間を確認。

時刻はまだ7時、と。日曜日の7時起きは、いつもよりちょっと早いくらいかな。


「…ふわあぁぁ…はーねむ」


大きいあくびが出た。なんていうのかしら。暑いのはあるけど、それもすぐ涼しくなってきて緩和されたし、人肌あったかくて気持ちいいしで眠くなってきちゃう。このまま二度寝するのも悪くないんじゃ……。



「…ん……」


…起きた。頭がはっきりしない。


「…ん…んー?…郁弥さん?」


目を開けたら大好きな人がいた。目が合って笑いかけられて幸せを感じる。あとちょっぴり困惑。


「おはよう」

「ん…おはよ?」


とりあえず挨拶を返した。朝から至近距離で癒しスマイルはずるいので、そーっと距離を取ろうと…。


「あれ…え?い、郁弥さん。こ、これってもしかして女の子の憧れのあれじゃない!?」


朝起きたとき彼氏にしてほしいこと第三位くらいに入っていそうなあれ!


「あー、うん。そうだね。腕枕だね」

「きゃー嬉しい!久しぶりじゃない?してくれたの!」

「そう、かな。機会がなかったからね」

「えへへ、やっぱりいいわねー腕枕」


こう、恋人の極致、みたいな?一緒のお布団で寝て起きたとき腕枕されてると、愛されてるなぁって感じるのよ。ラブにあふれた行為なのよ、腕枕って。


「そんなに嬉しい?」

「うん!」

「ハグとどっちがいい?」

「え」


………。


「あはは、そんなに悩まなくてもいいよ。どっちの方がしてほしいかくらいでね」

「…ハグの方が好き、かも」


苦渋の決断。だってハグの方が触れ合ってる感じあるんだもん。寝起き腕枕もいいけど、寝起きハグだったら腕枕も一緒にされてるようなものじゃない。さすがに勝てないわよハグには。


「よしじゃあハグしようね」


言いながら優しく抱きしめてきた。

きゅんきゅんする。ほっぺた緩んじゃう!


「にへ、えへへぇ」

「ふふ、実物はどうでしょう?お姫様」

「えへぇ、とっても素敵ぃ」

「それはよかったです」


そんじょそこらでは見られない恋人っぷりを発揮してくれた郁弥さん。あたしへの愛たっぷりに朝を迎えられた。


―――がちゃ


「二人ともー、そろそろ起きないと――」

「あ、杏さん。おはようございます」

「んー、ママ?今いいとこだから出てってー」


こんなふしだら(健全)な姿を家族に見られても動じない程度には慣れた。

いきなりママが入ってくるとかパパに見られるとかはもう慣れたわ。えっちなことはしてないからいいのよ。そういったことするときはちゃんと考えてるから大丈夫。だから今のは完全問題なしのタイミングよ。


「…そこまで平然とされると反応に困るわね。はいはい、わかったから遅くならないうちに起きてきなさいね。郁弥君も、日結花を甘やかし過ぎないように」

「あはは、すみません。もう少し時間をいただきます」

「もー、あたしが甘やかされてばかりじゃないのよ?あたしが郁弥さんのこと甘えさせてあげたりもしてるんだから、そこ勘違いしないでよね」

「はいはい、わかってるわよ。勘違いしないから、切りのいいところで降りてくること。いい?」

「はい」

「はーい」


ぱたりとドアが閉まって部屋に静けさが戻ってくる。


「まったく、ママにも困ったものだわ」

「あはは…。本当、心の広い人だよ。娘とその恋人が朝からベッドの上でイチャついているのに何も言わないなんて。慣れちゃった僕が言うのもなんだけど、普通じゃないからね、これ」


苦笑しながら言う彼の"これ"とは、今のこの状況のことだと思う。

たしかにあたしもおかしいと思う。ひたすらイチャイチャちゅっちゅ…はしてないけど、だらだらラブラブしてる姿を家族に見られて焦りもせずそのままでいるって、絶対おかしい。ママもパパも気にしてないからあたしも気にしないけど。


「別にいいのよ。普通じゃなくてもいいの。あたしとあなたの関係だって普通の恋愛じゃなかったんだから、その先も普通じゃなくって当然よ」

「あー、それを言われると何も言い返せないや。うん、そうだね。僕らが幸せで、誰も気にする人がいないならそれでいいよね」

「ふふ、そそ。それでいいの」


二人で笑い合って、ぎゅっともう一度抱き着く。

あと少しで起きなくちゃいけないとしても、とにかく今はこの幸せを堪能しよう。どれだけ味わっても飽きない幸せいっぱいな時間。大好きな人と一緒にいられることが、あたしの、ううん。あたしと郁弥さん、二人にとっての一番の幸せなんだから。

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恋よりさきのその先で 短編集 坂水雨木(さかみあまき) @sakami_amaki

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