例えば夏祭りがあったとして2
お祭り(お仕事)を終えて家に帰ったところ、なんとあたしの恋人が玄関に来てくれた。特にインターホン押したとかもしていないから、誰かがいるなんて思ってもいなくて驚いた。
「どうして郁弥さんがいるの…ううん。どうでもいいや。とりあえずハグしましょ?ね?」
靴を脱いで鞄を玄関に置いて、手を伸ばすように広げる。
「ふふ、了解」
くすりと笑って近づいてくる。あたしの身体を包み込むようなハグがぁぁぅぅぅ…はぁぁ幸せぇ。
「んぅーんふふー、いくやさーん」
「はいはい、郁弥さんですよ」
ぎゅーってしたまま頭をなでてくれる。優しい。大好き。
んー、郁弥さんいい匂いするぅ。うちの洗剤とはちょっぴり違う香りなのに、知ってるような気もする。あ、これあれか。あたしが郁弥さんの匂い覚えただけか。納得。
「……はっ」
「どうかした?」
ぽやんとした顔で聞いてくる。
ごめんなさい、いつもだったらちゅーぐらいしてあげたいのだけど、今は無理。あたし、気づいちゃったのよ。自分の匂いのことに、ね。
「ええと…ええっとね」
「うん」
い、言い出しにくい。あたしってほら、今日お祭り行ってきたでしょ?今って季節夏だし、夏祭りなんて暑くて汗いっぱいかくし、実際あたしも汗だらだらだったし。
だから、うん。汗臭くないかなぁって。
「…あたし、臭くない?は、離れた方がいいと思うのよ?ね?」
彼の腕の中から離れようともがく。
我に返ってみれば、半袖な彼と触れている部分がべたべたしている。腕だけでなく、首や顔といった露出している部分全体がべたついている。
お風呂入り済みの郁弥さんからしたら、また洗い直しになるから嫌なはずなのに…。恥ずかしいし申し訳ないし、すごく逃げたい。
「なるほどー。…すぅ…うん、汗のにおいはあるね」
「にゅあぁ!!なにやってるのよあなた!!ばか!ばかばか!絶対ばか!!」
臭いって言ってるのに!わざわざそれを嗅ぐ人いる!?恥ずかしすぎて死んじゃう!熱い暑いいろんな意味でくらくらしてきた!!
「あはは、そう暴れないでよ。汗のにおいも嫌いじゃないから大丈夫だって。日結花ちゃんの匂いなら、少しくらい汗混じりでもアクセントにしかならないからさ、余裕だね」
離れようとするあたしを抱きとめ、むしろ先ほどより密着するように抱きしめてきた。
恥ずかしい、嬉しい、離れたい、幸せ、相反する気持ちが同居してしまって、いつのまにかもがくのをやめていた。
色々言いたいことはあるけれど、上手く言えそうな気がしないのでこれだけ伝える。
「……郁弥さん、今すっごく変態的だからね」
「はは、相手が日結花ちゃんだからね。それも致し方ない、かな」
全然効かなかった。にこやかに受け止められちゃった。
こんなの勝てるわけないわ。完全無欠じゃない。
「さぁて、それじゃお姫様、どうします?リビングに行くかお風呂に行くか」
「え?お風呂行きたいけど…」
汗でべたべただし、早くシャワー浴びたい。
でも、シャワーにしたって下着とかあたしの部屋だから取りに行かなくちゃ。
「おーけー。杏さーん、日結花ちゃんお風呂入りたいそうですー!」
「はーい、わかったわー。入れちゃってちょうだいねー」
「はい、じゃあお風呂行こうか」
「いや、はいじゃないきゃっ!!」
いきなり声量を大きくしたと思えば、ママからも軽く返事がきた。しかもあたしをお風呂に入れろとかなんとか。しかもしかも。郁弥さんってばあたしのこと抱え上げてきてっ!お姫様抱っこされた!!嬉しい!大好き!でも意味わかんないから一回下ろし…ちゃだめだから、どうしよう。
「っと、日結花ちゃんドア開けてもらえる?」
「あ、うん」
普通に頼まれたから普通に開けた。スライドドアをすいーっと開けてあげた。
ほんとは開けない方がよかったのにね!手遅れよ!!
「ありがとう」
「どういたしましてっ!」
あたし、お怒りよ。郁弥さんには…怒ってないけど、自分自身にお怒りなんだから。
「日結花ちゃん怒ってる?」
「怒ってないもん」
「してほしいことあるならなんでもしてあげるよ」
「え!ほんと!?」
あ…。
「ち、違うわ。今のは違うの」
「あはは、いいよいいよ。ほら言ってみて?なんでもいいよ」
くっ、聖母のような笑顔を使ってくるとは卑怯な。ついつい釣られちゃったけど、そう簡単に言うこと聞かないわよ。……なんでもかぁ。
「…ほんとになんでも?」
「うん、なんでも」
さらりと軽く聞こえる発言。しかし、あたしは知っている。郁弥さんがこういうとき本気で言っているということを。
「……うー」
仕方ない。ここは釣られてあげましょう。恋人の魅力には抗えないわ。
あとお姫様抱っこもにまにましちゃいそうになるくらいダメージになってるから、もうどうしようもないわ。
「ええと、今日はあたしと一緒に寝ること。いい?」
…うん。なかなか完璧に近い解答なのでは。
「ふむ…」
考えるように呟く。ちらりとあたしを見て、視線を前に戻した。思案中な郁弥さんかっこいい。
「寝るのはいいよ。同じ部屋でだよね?」
「うん」
「でもエッチなことはしないからね」
「……別に期待してなかったし」
一応、二人で色々やることやったのよ?あたしも21だし、郁弥さんだって28だし。そりゃ赤ちゃんできないように配慮したりはしたけど、舐めたり舐められたり寝たり座ったり立ったり色々したのよ。
一緒に寝るからって別に全部が全部えっちなことじゃないのはわかってるわ。ちょーっとくらい考えたりはした…かもしれないけれど。だからといってあたしがえっちな子ってわけじゃないから。
「あはは、そっかそっか。とりあえずお風呂入ろうか」
適当に流されて下ろされた。彼の肩に腕を回していたのに、やんわり外された。寂しいやらほっとするやらで複雑。できれば後日にでもお姫様抱っこタイムを設けてほしい。
「お風呂ね、うん、わかった。着替えは…用意してあるのね」
洗面所に置いてあるあたしゾーンの
「うん、用意しておいたよ」
「…聞き捨てならない発言ね、それ」
「え?どこが?」
キョトンとした顔で見つめても可愛い可愛い思うだけだから。
いくら郁弥さんでも……郁弥さんなら別にいいか。全然よかった。あたしの彼氏としてのセンスが試されるわね。
「…なるほど」
恋人の言葉はなかったことにして、置かれている服を確認した。
パジャマ代わりのインナーは薄手の紺色。上はTシャツ、下はショートパンツとなっている。なにげに太ももがチラ見せされているので、本当のお家着。下着は…うん。
「一つ聞かせてもらえるかしら?」
はき込み浅めなショーツ、つまりサイドが細くて股上の生地面積が狭くなっているものを摘む。
ハイキニだと脚側の面積が狭くなってしまうので、あたしははき込み丈が短いものをよく選ぶ。とはいっても、そんな布面積小さいものなんて数えるほどしか持っていない。
「いいよ。なに?」
恋人の顔は見ずにショーツを両手で広がる。
白に薄く桃色感を出したホワイトピンクな色合い。ショーツの前から横にかけてレースをあしらったひらひらが可愛らしい。
あと、やっぱりはき込みが浅いから全体的に小さく感じる。
わざわざこれを選ぶって、郁弥さんあなた…。
「これ、あなたが選んだのよね?」
「うん」
「どうしてわざわざえっちぃやつを選んだの?」
「趣味だけど」
「…こういうの好きだったっけ?」
「うーん、まあ下着の趣味は話してなかったからね」
「たしかに」
「僕は結構こういうの好きだよ。男としてグッとくるし」
「ふーん…」
微塵も照れがない顔。リラックスしたちょっぴり頬緩んだようなほんわか笑顔で言われても困る。
どうせならえっちなことしたくて選んだんだ~とかの方がよかったのに。それだったら喜んでお誘いに…いや違う。あたしはえっちな子じゃない。
「…まあいいわ。郁弥さんの好みが一つわかっただけよしとするから。じゃあいったん出て行ってもらえる?あたし、シャワー浴びるから」
「あはは、何言ってるの?一緒に入るに決まってるじゃないか」
「え?そ、そうなの?」
ぱっと振り向くと相変わらず普段通りの表情。
一緒に入ると言われて心臓が跳ねる。つい恋人の身体に視線を走らせてしまった。そこで一つ気づく。
「ん?あれ、郁弥さんもうシャワー浴びたんじゃないの?」
「うん。でもほら、日結花ちゃんの汗がね」
「~~っ」
「それに、一緒にシャワーしたかったから」
「~~っ!!」
一言目で顔が赤くなり、二言目で身体が熱くなった。
どっちも恥ずかしさから来ているものなのに、一つ目と二つ目で気持ちが全然違う。恥ずかしすぎて顔をそむけてしまった。
「じゃ、じゃあほら!脱ぎなさい!!あたしも脱ぐから!ていうか脱ぐの手伝ってちょうだい!」
もうなんでもいいから、早くシャワー浴びたい。ただでさえ暑いのに、ドキドキするせいでゆだっちゃいそうだもん。
「了解。というか僕はもう脱いだから日結花ちゃんだけだよ?」
「え?…あ、ほ、ほんとだ…」
再度の振り向きで目に映ったのは、さっきと変わらない表情の郁弥さん。しかし全裸。何を隠すものかと言わんばかりに胸を張って全裸で立っていた。筋肉が強調されて普段より背も大きく見える。
見慣れた、とまではいかないものの、裸だけでどうこうなるほどの動揺はない。
いくら大好きな人の裸であっても、少しは慣れたのよ。この咲澄日結花を甘く見ないでもらいたいわね。
「日結花ちゃん、上から脱ぐ?」
「は、はいっ!!」
……別に、動揺なんてしてないし。
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