例えば夏祭りがあったとして1

「ね、郁弥さん。ケバブ美味しいわよ」

「へー、そっか。お祭りでケバブなんて食べたことないから、少し気になるかも」

「ふふ、はいどうぞー」

「お、ありがとう。…うん、美味しい」

「でしょ?…あら、郁弥さん、じっとしててもらえる?」

「え、うん」

「んー…」

「うあ…う」

「んふふー、はい取れたー。口元綺麗になったわよ」

「あ、あはは。ありがとう」

「ふふ、照れた?」

「いや…うん、まあ、ね」

「んふ、もー、郁弥さんは可愛いなぁ」



夏らしくお祭りにきた。見渡せば、人、人、人。たくさんの人が歩き、話し声からお囃子の音まで、これぞお祭りといった雰囲気に満ちている。

ついつい辺りを見回してしまって、美味しい匂いに目移りする。


「ということをしたかったのよね、あたし」


隣に座る知宵と話を続ける。

そう、現実では美味しくケバブをいただいてなんかいない。そもそもあたしのボーイフレンドである郁弥さんもいない。お仕事仲間兼親友の知宵しかいない。あたしと知宵が二人でお祭りに来たのは、もちろんお仕事。プライベートではなく、お仕事。


「そう、残念だけれど、愛しの郁弥さんはいないわよ。いい加減諦めなさい」

「はぁ。そんなのわかってるわよ。それでもねー、お祭りでみんな楽しんでるのにあたしだけお仕事って意味わかんないじゃない」


時刻は午後19時前。今日は19時から前に出て色々お話をするので、今は舞台裏で待機中。舞台裏といっても、お祭り会場なので普通に人はたくさん見える。ちょっとだけ高い場所になっているので見えにくいというだけ。


「あなただけではなくて、私も含みなさい」

「あぁうん。そうね。あたしと知宵ね」


雑な感じで話しながら、舞台側にちょっぴり顔を覗かせる。

こちら側には当然のように人が集まっていた。あたしたち"あおさき"のラジオを聞いているなんて物好きかと思ったのに、見た感じ百人以上は集まっている。

お祭りの日にわざわざあたしたちのお話聞きに来るなんて…あ、そっか。逆か。お祭りのついでに聞きに来てるのね、納得。


「ねー知宵ー」

「なに?」

「人いっぱいいるわよ」


後ろに声をかけながら、集まっている人たちへ手を振る。

きゃー、とか、うおー、とか、わー、とか。やけにテンションが上がる人たち。さすが"あおさき"祭り。名前が被っているだけで呼ばれたとはいえ、あたしたちのリスナーもいるらしい。


「そう。私のファンが何人いるか楽しみね」

「知宵のファンなら適当に投げキッスでもしてあげれば喜ぶんじゃない?」

「…ばかにしている?」

「え?真面目な話?」

「…はぁ。あなたはそういう人だったわね」

「ふふ、投げキッスは冗談だけど、少なくとも今集まっている人たちは"あおさき"のこと知ってる人だと思うから、みんなあたしたちのファンよ」

「それはそうね」


どこか気合が入ったような雰囲気もある知宵。

どうでもいいけど、投げキッスするなら郁弥さんにしたいかな。ていうかあたしの方がされたいかも。むしろ投げなくていいくらい。ばーんと直接来てもらっても構わないわよ!


「ところで日結花、今日はどのような話をするつもりだったの?」

「うーん、どうしよう?全然考えてなかった。知宵は?」

「私は一応この"あおさき祭り"について話をしようかとは考えていたけれど…他にはあまり」

「そっか。まあ適当でいいんじゃない?特に指示ないし、"あおさき"だっていつも適当だし」


色々考えてお話していることはあんまりない。"あおさき"のラジオはだいたいフリートークだから、今回もたぶんそれで大丈夫。それこそ、お祭りのことでも話していけばすぐ時間来ちゃうと思う。


「そうね。いつも通りにしましょうか」



色々とどうでもいい話をしていたら、すぐに時間がやってきた。


「皆様、本日はあおさき祭りでしたね!お分かりになれているとは思いますが、今年は"あおさき"にちなんで、ラジオ"あおさきれでぃお"を放送されている声者のお二人に来ていただいております」


お祭り運営の人から紹介が入る。ようやくあたしたちの出番がやってきた。


「それではご紹介しましょう!青美知宵さんと咲澄日結花さんです!」

「こんばんは。青美知宵です」

「こんばんはー、咲澄日結花です」

「今日は私たちのためにお集まりいただきありがとうございます。早速ですが質問です。みなさん、私のことは知っていますか?」


さらりと流れでよくわからないことを言う。

いきなりそんなことを言うとは思っていなかったので、何も言えなかった。ていうかあたしもびっくりした。


「…ふむ」


集まっている人たちがほとんど手を挙げたり叫んだりする光景から視線を外して、神妙に頷く親友へ抗議の目を向ける。

ちらりとあたしと目が合って、何事もなかったかのように前を見る。


「だいたい知っているということね。わかったわ。それならさっさと始めましょう。説明は日結花が適当にするからよろしく」

「ええ…。いやいいけどさ。ええっと、"あおさき"のことわかっているみたいですから、ぱぱっと話だけしますね」


おおよそリスナーだとわかって雑になった…ううん。この子、別にリスナーじゃなくても"あおさき"として話すなら雑になる。

それはそれとして、丸投げされてもきちんと話すあたしってばいい子過ぎ。郁弥さんなら褒めてくれるかも。後で話そう。決めた。


「"あおさき"は、フリートークの多いラジオ番組です。特に何か紹介したりもしないので、普通のお喋り番組です。割と声者ラジオとしてはポピュラーなものだと思います。今日は、そのラジオ番外編としてあおさき祭りにお邪魔しました。ざっと一時間ぐらいかな。たぶんそれくらい喋るので、よかったら聞いていってくださいね」


と、まあ慣れたものでの導入話。


「日結花、ありがとう。それでは改めまして、声者の青美知宵です」

「同じく声者の咲澄日結花です」

「はい、じゃあ最初の話題から始めましょう。今日はお祭りね」

「そうねー。お祭りなんて久々だから楽しみだったわ。ほら、あたしって暑いの嫌いじゃない?」

「ええ」

「だからさ、夏祭りなんて全然行ってなくて。何年ぶりかなぁって感じ。知宵はどう?」

「私もあなたと同じようなものよ。そもそも外に出ないことが多いわ」

「…お祭りは?」

「私が行くと思う?」

「行かないと思う」

「正解。私がお祭りに行くのは仕事が基本ね。その仕事でさえ数年なかったから、本当に久しぶりよ。祭りというのは、そう、こういった雰囲気だったわね」


懐かしそうに目を細めて微笑む。

これは見惚れる人多いなと思ったら、案の定お客さんもぽやーっとしちゃってる。

知宵がこういう顔するときって、だいたい故郷のこと考えてるのよ。ホームシックちゃんは相変わらず可愛いわ。


「昔を懐かしむのもいいけど、何かしたいことないの?せっかくお祭りきたんだし、ちょっとくらい遊んでから帰るでしょ?」

「ん?」

「え?」

「「……」」


じーっと見つめ合う。透き通った瞳にはただ驚きだけが浮かんでいて、それ以外には何もない。


「…もしかして、お仕事終わったらすぐ帰るつもりだった?」

「ええ。あなたは違ったの?」

「うん。だって屋台見て回りたかったし」

「そう。…いってらっしゃい」

「今の話を聞いてお見送りって、そんなんだから知宵なのよ」

「別にいいじゃない。それに食べ物ならスタッフの人が買いに行ってくれているわよ」

「え、そうなの?聞いてないんだけど」

「ついでに言うと、中継されているから映像を流すわね」

「えー…」


あたしが困惑している間に、さっさと携帯を机に置いて空中に映像を投影する。しかも、携帯に機械が接続されているからか観客の人たちにも大きくもう一枚ウインドウが出された。

用意周到とはまったく、あたしにも言っておいてよね。


「それじゃあ現場のお二人、大丈夫ですか?聞こえていますか?」


映し出されたのは楽しそうにおしゃべりしながら歩く二人の女の人。

少し上からの映像ということは、たぶんカメラとか浮かせて撮ってるんだと思う。結構最新な技術だったと思うんだけど、どこから予算が?


『聞こえています』

『聞こえてますよぉ』

「それは何よりです。みなさん、左が私のマネージャーの篠原さん、右が日結花のマネージャーの峰内さんです」

「いや普通に紹介してるけど、なんであの二人来てるのよ」


うちの峰内さん、今日は事務所でお仕事とか言ってたのに。篠原さんもお休み取ってるとか知宵言ってたし、意味わかんないんだけど。


「峰内さんは呼んだら来たわ。篠原さんはこのお祭りに来たかったらしいわよ。だから私服を着ているでしょう?」


言われて改めて画面を見る。

スーツ姿をよく見ていた篠原さんは、グレーのロングパンツにレース付きのイエローホワイトなブラウスを着ていた。スリーブのひらひらが可愛い。

かっこよさと可愛さが両立した格好とはなかなかおしゃれ。さすが篠原さん。


「篠原さんは納得。でも峰内さんは?なんであの人浴衣着てるの?ねー峰内さーん!どうして浴衣なの?」

『どうしてと言われても、お祭りに来るなら浴衣を着たいでしょう?』


くすくす笑いながら言われた。ちょっとよくわかんない。

白生地に紺色の大きなお花が描かれた浴衣も綺麗で似合ってるし、お祭りにも合ってるからなんとも言えないし。あたし、もうよくわかんなくなってきた。


「ふふ、そうですね。祭りと言えば浴衣です。そちらはどうですか?楽しまれていますか?」

『ええ、とっても楽しいわ。食べ物も色々買わせてもらったから楽しみにしておいてね?』

「はい、ありがとうございます。あおさき祭りの感想はどうですか?」

『そうねぇ。素敵なお祭りだと思うわ。活気があって、みんな笑顔で。食べ物も美味しいし屋台の種類も多いし、私はかなり好きね』

『私も好きですよー。どれも美味しいです。個人的には海の塩ソフトクリームが一番でしたね。さすがにソフトクリームは知宵ちゃんと日結花ちゃんに持っていくことはできないので、後でご自分で買ってくださいね』

「そうですか。ええ、楽しんでいるように何よりです。この後は特にインタビューもないので、そのまま歩いていてくださって構いません。ただ映像はつけたままでお願いします」

『はーい、了解ねー』

「あと篠原さん、食べ過ぎはよくありませんから、ちゃんとセーブしてください。太らなくても内臓脂肪とかついてるかもしれませんし、気を付けてくださいね」

『う…わ、わかってますよぉ』


あたしが一人混乱している間にお話が進み、二人の出番はさっさと終わってしまった。映像はあるし会話も音量小さめで聞こえてくるけど、基本的にお仕事としては参加しないみたい。


「…まあ、いいかな」


あたしが気にすることじゃない。面倒くさいし。もう話終わっちゃってるから次行こ次。


「ええと、今ってなんのコーナー?」


一応わかっていそうな知宵に問いかける。

このお祭りに関しては、さっきの話聞く感じ知宵が段取りとか考えてくれていそうだから、うん。教えてちょうだい。


「フリートークよ」

「あ、そう」


そっか。そこはいつもの"あおさき"と変わらないのね。


「じゃあどうする?好きな屋台ご飯の話でもする?」

「いいわよ。私が好きなのは……色々あって迷うわね。少なくともじゃがバターは好きよ」

「あはは、わかる。あたしも同じかも。じゃがバターも好きだけど、あたしは焼きそばかな。なんかお祭りで食べる焼きそばってすっごく美味しいのよね」


いつも通りにフリーなトークでいきましょうか。これならなんとかなる。ほんとにいつものことだもん。余裕よ余裕。任せなさい。



楽しいお喋りの時間はあっという間に過ぎて、お仕事が終わってから知宵とお祭りを堪能した。峰内さんと篠原さんは"あおさき"イベント中に帰ってきたし、知宵含めあたしたち四人での移動。篠原さんおすすめのソフトクリームも食べて、他にも色々食べてお腹もいっぱい。綺麗な花火を見れて楽しく過ごせた。

そして帰りは峰内さんの車。四人仲良く車で帰った。

そしてそして。家に着いたところでまた一つ大きなサプライズが!


「おかえりー」

「え?ただ…いま?」


そのとき不思議なことが。家に帰ったら恋人の藍崎郁弥さんがいた。

もうほんとに、今日はほんとに意味わかんないことばっかり。おかえりって言ってくれてすっごく嬉しかったけどね!ちょっと今にやけちゃいそうだけど!!やっぱり意味わかんない!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る