日帰り小旅行のこと2

「日結花ちゃん」

「なに?」

「今何時だかわかる?」


恋人に聞かれて腕時計を…あ、今日してこなかったんだ。


「ごめんなさい、自分で…って、あなた腕時計してるじゃない」


携帯を取り出すのも面倒なので自分で調べてもらおうと思ったらこれ。腕時計してるどころか、自分の時計で既に時間の確認までしてた。


「…じー」

「うん?うわ、すごい可愛い」

「にゅぁ…うー、なんでいきなり褒めるかなぁ」


わざわざ声に出してまで抗議したというのに、気づいて顔見て褒めてきたら全部崩れちゃう。笑顔になっちゃう。


「はは、それは当然日結花ちゃんが可愛いからさ」


きらりと笑顔が光る。

きゃー!そのままハグしてー!!


「いやーでも、来たねぇ海」

「ん、来たわね」


ほんのり顔が熱いのを抑えて前に目を向ける。

暖かい気候にふさわしく降り注ぐ日差し。青い空と青い海が太陽光を反射してきらめいている。周囲は観光客にあふれ、わいわいと話し声が聞こえている。観光地っぽさがすごくて気分が上がる。


「綺麗だね。さすが日本百景に入っているだけのことはある」

「ええ。あなたと一緒に来られてよかったわ」


繋いだ手に力を込める。返ってくる手の感触と暖かさが心地いい。


「僕もだ。日結花ちゃんと一緒だからこんなに幸せなんだと思う。それに」


途中で言葉が切れる。なんとなく隣を見れば、同じように隣を見た恋人の瞳と目が合う。真っすぐな眼差しは、どうしてかあたしの心を惹きつける。


「この景色以上の宝物が、すぐ側にあるから」

「あぁ…」


つい声が漏れる。感嘆の声とは今のような声を言うのかもしれない。熱く燃えるような想いが自然とあふれて出てきてしまった。意識なんてしていない。言われたことが嬉しくて、幸せで、言葉にしきれない気持ちが声に出ただけ。


「っ」

「わ、大丈夫?ハンカチ使う?」

「…ううん…平気っ」


こみ上げてきた想いに耐えきれなくて涙がこぼれてしまった。ぎゅぅっと抱きついて気持ちを誤魔化す。彼からの問いかけには首を振り、頭をなでてくれるのに身を任せる。


「…落ち着くまで待つからね」

「…ん」


気持ちが収まるのを待つ。ゆったりと、静かに。

聞こえるのは海の音に船の汽笛、人の話し声。恋人の温もりが揺れ動いていた心を落ち着かせていく。


「……」

「……」


二人で抱きしめ合っていると、さっき考えたことが再び浮かんでくる。けれど、今度は先ほどのような強烈なものはない。今はあたしたちが積み重ねてきたものを思い返しただけ。


「…ねえ郁弥さん」

「うん」

「…また、旅行に行きたいわね」


一緒に遊びに行きたい。一緒にいろんなものを見て、いろんなものを食べて、たくさん話をしたい。


「そうだね。一緒に行きたい…ううん。一緒に行こう」


気分もすっきり落ち着いたので身体を少し離して顔を見る。そうすれば優しく微笑む恋人の姿が目に映った。


「でもま、今はここを楽しもう?もう大丈夫かな」

「ん、ありがと」


そう言って完全に身体が離れた。ちょっぴり寂しいのと、いつも通り恥ずかしいところを見せてしまって照れくさいのとで顔が赤くなる。

たぶん赤くなってる。ていうか絶対赤いと思う。


「ふふ、日結花ちゃんって結構涙もろいよね」

「…あなたに言われたくないもん」

「あはは、それはそうかもねー」


軽く笑われた。

二人そろって涙もろいだなんて…まったく、だから映画行っていっつも二人で泣いてるのよ。別に嫌じゃないからいいけど。


「もうもう、笑ってないで早く行くわよ」

「はは、うん。了解です」


あたしのせいで時間を取られたというのに、なんの文句も言わずニコニコしている。ちゃんとしてほしいこともわかってくれていて、すぐに手を繋いでくれた。


「それで郁弥さん。最初はどこ行くの?」

「うーん、お寺行くか島行くかお茶するかご飯するか…どれにする?」

「むぅ…」


どうしよう。


「とりあえずご飯はなし。まだお腹減ってないもの」


時間は…今いつなのよ…。


「ダーリン、今何時?」

「うん?あぁ、教えてなかったね。今10時だよ」


とのこと。10時とはもちろん朝の10時。


「10時ね。じゃあ島にしましょ」

「おっけー。お茶はまだいい?」

「うん。島見終えてからかお寺見てからかでいいと思うの」

「そっか。よし、なら歩こう」


やんわり手を引かれて歩き始める。同時に鞄から例の携帯端末を取り出す。

あたしのボーイフレンドが前を見てあたしに話しかけれてくるのを尻目に、ぱぱっと空立板を起動。前方に広がる空中浮遊の板が時代の進歩を感じさせる。ほんの数年でまた大きく進化した移動アイテム。今となっては普通に腰かけているだけで目的地まで連れていってくれる優れもの。サイズも人一人用から数人用まで。

ちなみに、今広げてるのはちょっとお高い臨機応変一人から四人用。座ると磁力とかなんとかが働いて身体が固定される。電源切ると車のブレーキかけたみたいにゆっくり止まって、固定も取れるので安全対策は完璧。


「…もう乗るのか」


ぽつりと呟きが耳に届いた。


「ふふ、安心しなさい。ちゃんと手は繋いだままでいてあげるから」

「いやそこを言いたかったわけじゃないんだけど…」

「あら、なら一緒に乗りたかった?」


それならそうと言ってくれればいいのに。


「いやいいよ。今日はゆっくり歩くから。それに密着しすぎるのも、ね」


気恥ずかしそうに頬を掻いて目をそらした。

たしかに言われてみれば結構恥ずかしいかも。それなりに速度出して動くならまだしも、ゆっくり移動しながらだと、どうしても色々考えちゃうから。

ま、まあ?別にあたしはいいけど?むしろ全然ウェルカムだけど?


「ふ、ふーん。いつでも言いなさいね?いつでも乗せてあげるから」

「あはは、ありがとう。そのときはお願いするよ」


そんな感じでお話をしながらゆるゆると道を進んでいく。駅を出てすぐのときと違って、道も広くそんなに混んでいない。動きやすくて雰囲気もどことなくまったりしている。

改めて、今日の観光が始まったようなそんな気がしてきた。


「郁弥さん」

「うん。なに?」

「あたしに愛を囁いてちょうだい」

「ふむ…僕の宝物。知っているかい?11時11分という時間が何を意味するか」

「ううん、知らないわ」

「欧米では、1が並ぶ"11時11分"という時間は偶然が重なりあうような幸運な時間と言われているんだ」

「そうなんだ…」

「そのときに、"Make a wish"とお願いする人が多いのさ。だから、あと1時間後に僕は君の幸せを願うよ。愛おしい僕の宝物。どこまでも君が幸せであるように、ってね」

「…えへへ、じゃああたしはあなたの幸せを願うわね」


もう幸福だってことは、今は伝えないでおくわ。1時間後にまた、嬉しくて嬉しくて、泣いちゃうぐらい嬉しくさせちゃうんだから、覚悟しておきなさい?


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