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「これ、は……」

「Oh《なんだこれ》!? It’s Cool《カッコイイ》!」

「へぇ……。悪くはないですね」


 三者三様の言葉が、私の手の上のスケッチブックに向かって飛んでいく。でも、違うのは言い方だけで、三人の瞳は全て同様に、まるで新しいオモチャを見つけた子供みたくキラキラと輝いている。

 私もそんな彼らと共に、スケッチブックを覗きこんだ。


 白い紙の上に転がるのは、三つの四角い枠に囲まれたデザイン。


 まるで一冊のこじゃれた本を描いたようなそのイラストは、彼らが私に頼んでいた例のCDジャケットのデザイン案だった。


「高島くんのMCを聞いたときに思いついたんです。『物語から始めよう』ってあの言葉、確か皆さんのバンド名を和訳した言葉、ですよね」


『from tale begins』――、物語から始めよう。


 ライブ後に聞いた話によると、あの言葉は、彼らがライブを始める時に必ず口にする、定番の台詞らしい。

 ライブという物語を、自分達が奏でる音楽という物語を、自分というその全てを目の前にいる人達に向かって始めよう、そういう気持ちとバンド名を掛けわせて、開始の合図として口にするのだという。要するに、モチベーションあげ、みたいなものらしい。

 でも、そうだとしても、彼らの物語は、音楽は、正しく、このバンドを組んだところから始まったはずだ。

 三人がそれまでそれぞれどんな風に自分の音楽を紡いできたのか――。詳しくはわからない。けれど今、あの時あそこで彼らが歌った曲は、彼らが揃わなければ生まれなかった。


 あれは、確かに彼ら三人の物語音楽なのだ。


(初めて、この名前を知った時は『物語から始まる』って読むのかと思ったけど)


 始まるんじゃない。始めるのだ。


 彼らの物語から、彼らの音楽から――。


「だから、それに合わせて、本みたいにしてみたらどうだろうって思ったんです。中身も本風と言いますか、歌詞のフォントからいじって、古い小説とかで使われるような文体にして、一つの物語がつまってる、みたいな雰囲気にしてみたらって。けど、よくある古くて年季の入った雰囲気のデザインじゃなくって、表紙はこじゃれた感じの革カバーみたいなデザインにして、ここに金字で、タイトルとバンド名を入れたいんです」


 これも、彼らのライブの姿を見ていて思いついたものだ。

 キラキラと輝く光が散る彼らの姿を見たそのとき、彼らを輝かせる物語にしたいと思った。

 古くて年季の入ったようなデザインの方が本らしくってかっこいいかもしれない。けれど、それよりも、真新しくて、まだ誰も開いたことの無いような新品な本の方が、きっと彼らには似合う。

 真新しくて、この世に生まれたばかりで、まだ誰も開いたことのない、作った本人以外、誰も中身を知らない物語。そこから始まる、この世に今までなかったワクワクする気持ちを、そのCDを開いた人に感じて貰える、そんなデザインにしたかった。


(そして――……)


 そんな表紙の真ん中にあるのは、一つの花。

 バンドの名前と同じ金色に輝くその花。金色という、本来ならあり得ない色の花は、かつて昔の私――まだ純粋に絵が好きだったあの頃に描いた花のデザインになんだか近いイメージのある形をしている。

 けど、当時と違うのは、その花はまだ開いてない事。

 ここから、どんな花が開くのか、咲いた先にある色は同じ金色なのか――それは、わからない。

 でもわからないからこそ、開いた時の楽しみがある。どうなるかわからない不明慮なものだから、ドキドキと胸躍るものがある。

 このCDを手にした時、それを楽しみにしてほしい。……楽しみにしたい。


 これから、頑張ると決めたから。そんな自分を楽しみにしたい――これは、ひそやかな私の、私から皆への決意の現しだ。


(まぁ、さすがに恥ずかしいから、皆には秘密なんだけど)


 なるほど……、ほぅほぅ、ふぅん、と三人がそれぞれに相槌をうちながら、目の前のデザインを眺め続ける。けど、その瞳からは輝きは消えていない。  


「い、いかがでしょうか……?」


 本当のこと言うと、ちょっと不安だったりする。なぜならこれはなんの修正もなしの一発書きのアイデアだからだ。

 このアイデアが浮かんだのは、実は先刻のライブ中のことだった。ハプニング収集後、勝手に二階にあがったことについて、先生方からは怒られはしたものの、ライブそのものを復活させたというお手柄か、すぐに解放してもらうことができた。

 その後、急いでステージ裏に戻り、置いていた鞄を漁ってスケッチブックを取り出し、その場でデザインを始めた。自分の中に渦巻いている興奮を早く、形にしたかった。あの時、あの瞬間に感じた熱が逃げない内に。

 そんな風に絵を描いたのは初めてだった。今までは、なんとなく描きたいと思って描いているだけだった。

 どうしても描きたい! どうしても今じゃなきゃダメだ! そんな風に思ったのは、これが初めてだ。


(少しずつ、変われてる、のかな)


 わからない。けれど、まだ無理だったとしても、これからは変わっていかなくちゃ。


 自分の絵を描くと、そう決めたのだから。


 とりあえずCDのジャケットに関しては、後日改めてやりとりを行うことで話が落ちついた。

 もうこのまま持ち帰りたい~っ、とスケッチブックを抱きしめようとしていた斎藤さんの首ねっこを掛石くんが捕まえて、ほら行きますよ、と車の方に引きずっていく。

 そんなに気にいってもらえたことは素直に嬉しいけれど、二人の様子には思わず苦笑してしまう。


「古賀さん」


 高島くんが声をかけてくる。このやりとりにもなんだか慣れたな、と思いながら、なに? と尋ね返す。


「デザイン……。改めて、ありがとう……」

「そんな、改めて言われるほどのものじゃないよ」


 私は頼まれたことをやっただけだもの、と言葉を続ける。が、高島くんは、そうかもしれないけど、と首を横に振った。


「……俺達のこと、思って、描いてくれた、のが、嬉しいから……。誰かの為に、歌うこと、はあっても、自分達の為に、なにかしてもらう、ことは、ほとんどない、から……」


 だから、ありがとう……、そう言って高島くんが微笑む。

 そんな彼の言葉に、ああ、確かにそうかもしれない、と私も思う。


 確かに、私も誰かの為に絵を描いたことはなかった。今まで、ずっと。


「……うん」


 こちらこそ、ありがとう。そう言って、高島くんに笑い返す。

 高島くんが不思議そうに目をしばたかせた。でも、すぐに悪いことではないと思ったのか、その顔に笑みを戻す。

 柔らかくて暖かい、彼らしい優しさがにじみ出た、そんな笑顔だった。

 おい俊人、行くぞー! と斎藤さんが外から声をかけてくる。体育館横ドアの向こう。すぐそこに止められているミニバンから、エンジン音がしている。


「そういえば、ロックの神様って、見にきてくれてたの、かな」


 高島くんがドアの外に置いてあった靴に足を通す。私も、彼らを見送る為に上履きで出れるぎりぎりのラインまで出る。ここが、今日の彼らとの別れの境界線だ。

 口にしてから、質問すべきじゃなかったかな、と考える。けど逆に、これぐらいの質問はいいんじゃないかな、とも思う。神様の正体をバラせない以上、まるで世間話のようにチラッと話に触れる程度なら、気休めにもなるかもしれないしね。

 ん~……? と高島くんが靴を履きながら言う。それから、あー……、と声をあげて頭を掻いたかと思うと、予想外の言葉を返してきた。


「いた」

「え?」

「うん……。だから、ほら、来てた……」


 高島くんの言葉に目を見開く。き、来てた……? と思わず尋ね返す声が震える。


「神様、いた、の?」

「うん。来てた……」


 高島くんが、履き終えた靴の爪先をトントンと地面で軽く叩いた。

 まるで、なんてことはない、と言った態度で。


「だって、ほら……。俺達のこと、助けて、くれた、じゃん?」


 でしょ……? と高島君が私の方に向く。その言葉にあっ気にとられてしまう。開いた口が塞がらず、ぽかん、と間抜けな顔のまま固まる。


(助けてくれたって……。ま、待って。さっきの話聞いてなかったんじゃないの。高島くん、いつから気づいて……⁉)


 そういえば、とふと思い出す。高島くんからロックの神様の話を聞いたあのとき――……、彼はなんて言っていた?


『もしかし、たら、あの人が、来るかも、しれない、から……。来ないかも、しれない、けど……』


 いる、いない、ではない。

 来るか、来ないか、と彼は言っていた。

 今だって、来ていた、と。

 それはまるで、彼本人が学校ここにいることを知っているような、そんな言い方ではないか――。

 あ然とする私に、言った、でしょ? と高島くんは言った。


「ロックの神様は、間違えない……ってさ」


 高島くんがニヒルにその口端を持ちあげる。それはいつぞやの、なにか楽しい悪だくみをしようとしているときに浮かべていたような、あの笑みだった。






【from tale begins!! シリーズ、

 ~ロックの神様は、間違えない~、完結!】



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from tale begins!! ~ロックの神様は、間違えない~ 勝哉 道花 @1354chika

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