第28話 資金調達に邪魔な奴
「うん。悪くはないかな」
僕の目の前で右肩をくるりと回して頷いたのは、羽織袴姿の白髪の少女、マリーアだった。
現在の彼女は真夏の青空のように綺麗な水色の羽織と濃い藍染の袴姿で、一見すると某ドラマで目にした新選組の隊士ような出で立ちだ。
白く美しい白い長髪は頭の後ろで縛って纏め、腰には自前の短刀を差していた。
その姿は、以前テレビで見た女優が演じる時代劇の侍そのもので、腰に差しているのが短刀の他に刀であったなら、まさにその道の人が画面から飛び出してきたと言われても違和感はなかっただろう。
特に、マリーアは新雪のような自毛であるとは言え日本人に近い顔立ちの美少女だったので、特に似合っていた。
……だから、少女であるのに男物の着物を着ているのも些細な事だ。
「……くそ。何で俺がこいつと一緒に……」
そんな、真新しい羽織袴を着てニコニコと体を動かしているマリーアとは対照的なのが、玄関のドアの傍で不貞腐れたように渋い表情でこちらに避難の視線を向けるライラだ。
腕を組み、渋面を作っていたからあまり注意して見ていなかったのだが、よく見るとこちらは何処ぞの学校の制服を思わせるかのようなブレザーのレプリカのような物を着ていた。
白を基調とした涼しげな可愛らしい制服で、服が血だらけでどうにも落なかったマリーアの着替えをネットショップで探している時に偶然見つけて、僕が
はっきり言って、荒野や樹海などで活動する事が今後増えるであろうライラにはあまりにも用途に合っていない服装であり、室内でお留守番する事が多いシーリアの為に買ったものなのだが。一応、膝丈のスカートの下にはスパッツを身につけて、激しく動いても問題ないようにはしているようだが……。
正直、妹のものを勝手に拝借するのは良くないと思います。
しかも、シーリアのサイズに合わせて買った服を着こなせてしまう所が悲しい。
僕としては男の子のような言動のライラにはもっと少年のような服装の方が似合うと思うのだが、何か心境の変化があったのか。
少なくとも、女の子らしい容姿のマリーアと、男の子のようなライラの見た目と服装が逆になってしまっているように見えて仕方がない。
「……しょうがないだろう。そもそも、僕が樹海の世界に行く事を反対したのはライラ。君だ。そうなると、力に制限が掛かってしまったマリーアの護衛としても君にはついて行ってもらわなくちゃ困る」
「護衛じゃなくて監視だろ?」
「いや、それは──」
「あら、私はケイマの要望通りこの家に
ライラの言葉に説明しようとした僕の声を遮るようにマリーアがライラの台詞を一蹴する。
最も、その際に浮かべた勝ち誇ったような笑みが癪に触ったのだろう。
ライラは口元をピクピクと痙攣させながらマリーアに指を突きつける。
「ふん。今じゃ俺より弱いくせに偉そうに。本当はあの後捨てられる筈だったお前が今も生きていられるのは、お宝がある場所を知ってるって言うからだ。別にケイマがお前を気に入ったからじゃない」
マリーアの事を完全に信用していないライラの言葉だけに色々と語弊があるが、概ねライラの口にした内容が、今回二人が樹海の世界に行くことになった理由だった。
まあ、訂正箇所があるとすれば「お宝」というよりは実家に残してきたマリーアの「私物」であり、この部屋に住む事に決めたマリーアが、実家から貴金属を含めたその私物を持ってきて『家賃』として収めてくれるという話になったからである。
その話を聞いたとき、僕は思わず喜びに打ち震えたね。
そもそも、荒野の世界に行ったのも、樹海の世界に行ったのも、家賃や光熱費を含めた生活費を稼ぐためである。
所が、荒野の世界で手に入れたのは二人の少女のみ。特に、そのうちの一人は凶暴な上に育ち盛りの食い盛りでエンゲル係数を悪化させ、オマケに日頃特に何かするでもなく一日テレビを見ているか僕にじゃれつくか寝てるかの状態だった。
辛うじて残りの一人は家事を一手に引き受けてくれいていたが、それで収入が得られている訳ではない以上、カードによる見えない借金が増え続けていただけだったのだ。
それが解消されるかもしれない。
これだけで僕のテンションが上がっても仕方のないことだったことがお分かりいただけるだろうか。
ちなみに、部屋がマリーアに出した条件というのが、今までは物置として使っていた部屋を自室として与えるから、ずっとこの部屋に住んで欲しいというものだった。
どうやら、この部屋の主様は人生の伴侶を見つけたようで、今後彼女の人生が終わるまで、視姦を続ける所存らしい。
勿論、この事は口が裂けてもマリーアに教えるわけにはいかないので、あくまでも僕の要望という事になっており、その際「ひょっとしてプロポーズ?」と問われ、全力で否定する羽目になってしまった。
そのため、表向きの彼女の立ち位置は樹海世界のナビゲーター兼通訳兼交渉人である。その辺は本人にもそう伝えたし、ライラとシーリアにも納得してもらったつもりだったのだが、どうにもライラとマリーアの喧嘩は相変わらず絶えなかった。
そんな事情もあり、ようやく収入が期待できるようになった事で気が大きくなった僕は、みんなに服を買ってあげようと思って購入したのが今回の服だった。
最も、マリーアの服に関しては本人のリクエストであり、ライラが着ているのは強奪品だが。
そんな事を考えながら半ば他人事のように二人の喧嘩を見ていた僕だったが、ふと、マリーアが僕に目を向けて微笑む。
「──ふふ。あなたよりも弱い……ね。そう思いたければそう思えばいいんじゃない? 確かに私は力を縛られた。その事実は私が完全に信用されていないんだって事くらい私だって理解しているからね。でも──」
そして、マリーアは視線をライラに向けると、初めてあったあの日のように獰猛に笑う。
「──でも。それ以上のものを私はケイマから貰ったの。貴女が未だにもらっていないような素敵なものをね。今は見せられなくて残念だけど、機会があったら見せてあげるわ」
はて。
マリーアは何の事を言っているのだろう?
彼女の言葉に僕は一瞬これまでの事を思い出そうと考えるが、
「私とケイマの“愛”を」
マリーアの口から飛び出した謎ワードに思わず目を見開き。
そして、言葉をぶつけられた当事者であるライラも一瞬面食らったような表情を見せたが、すぐに顔を真っ赤に染め、歪めた口元から犬歯を見せて叫ぶのだ。
「ふざけんな!!」
「ふざけんな!!」
……何故か、彼女には聞こえないはずのハインツの声とハモらせて。
万能部屋は異界に浮かぶ 路傍の石 @syatakiti
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