第27話 衝動とは所謂本能のようなものらしい
その場の雰囲気をなんと説明したらいいのだろうか。
彼女の“問題発言”の後、シンと静まり返った寝室にて聞こえてくる音は何やらブツブツと呟くマリーアの声のみ。
さっきまでははっきりと聞こえていた彼女の声も、どうやら僕を追いかけていた原因に行き着いてからというものよく聞こえなくなってしまった。
様子から察するに、彼女は考え事をする時に小さく独り言を零してしまうタイプの人間であるようで、さっきからブツブツとこぼしているのは頭の中で浮かんだ言葉を反芻しているからだろうと思われた。
その証拠に、ところどころ聞き取れた言葉の中に、“衝動”、“血液”、“種族”という単語があったからだ。
これは、さっきまでの彼女との会話で何となく出ていた単語だった。
ちなみに、部屋の中の空気が異様なものになったからだろう。
ライラの後ろに隠れて肩ごしに少女を見ている僕の隣には、同じようにライラの背中に隠れるようにシーリアがいつの間にか座っていた。
丁度僕の肩に額を預けるようにしてじっとしている所を見るに、彼女の言葉の意味を正確に意図してしまったのだろう。
「あの……一つ質問があるんですがよろしいでしょうか?」
本当であればあまり確定させたくない事実ではあったのだけど、この部屋の付属品にしてしまった以上、このまま放置しておくわけにはいかないだろう。
僕は右手を恐る恐る上げた後、マリーアに向かって質問を投げる。
すると、僕の声に反応したのかマリーアはユックリと僕の方に顔を向ける。
しかし、俯いた状態から首を捻るようにこちらに振り向いたものだから、長い白髪が目元と口元を隠し、更に光を失った虚ろな目がこちらに向けられる事になった。
……怖い……っ!!
まるでよくある日本の怪談で出てくる幽霊のようだ。
目がこちらを向いているのに焦点が合っていない所が尚更その恐怖を際立たせた。
「……えっと……。さっき口にしてた“衝動”とか、色々聞きたいことはあるんだけど……。取り敢えず、先に聞いておきたいのは、君ってあれだ…………ひょっとして種族的に他人の血を飲んじゃう感じの人?」
僕の言葉にマリーアはユックリとコレまでとは逆側に首をかしげてみせる。
それに合わせて髪も移動して反対側の目と口元を隠すことになったが、目の焦点は泳いだままだった。
「……何故そんな事を? 人族であるならば、他種族の血を体内に取り込んで“衝動”を抑えるのは当然の事でしょう?」
まるで当たり前の事を当たり前の様に答えたマリーアの言葉に、僕はひとつ引っかかった。
彼女は今なんと言った? そう、たしか──。
「──他種族。そうか。“衝動”というのが何の事かはわからないけど、君があの森で何やら動物か何かを狩っていた理由は理解したよ。そして、多分だけど僕を襲った理由もわかるかも」
「…………え? …………!! 他種族!! そうよ!! 貴方は私と同じ人族の筈でしょう!? なのに、どうしてそっちの女の子じゃなくて貴方の血が欲しくなったの!?」
「待って。それを今から調べるから」
僕は右手を広げて正面に向かって突き出すと、恐らくずっと話を聞いていたであろう家主様に話を振ることにした。
(ハインツ。話は聞いていたんだろう? そこで聞きたい。彼女は一体何なんだ?)
「ふん。どうやらようやく俺様の事を上位者認定したようで何よりだぜ。その心意気に免じて俺が知ってることは教えてやるよ」
ハインツが知っているというよりはステータスで判明した情報だろうとも思ったが、ハインツの持つスキルで判明した情報であるならば確かにハインツの知る事実なのだろう。
僕のこの思考も読んでいるであろうハインツは満足したような雰囲気を漂わせて質問に答えてくれた。
「マリーア・ブレイダー。種族は【神人族】。ステータスの説明によると嘗てケルンファイン……あの密林の世界の名前だな。そこの神の一族との混血の結果生まれた人種のようだ。ひょっとしたら、俺様にスキルを与えてくれた神の血でも引いているのかもな。そして、最初のお前を襲った状態についてだが、恐らくそいつの固有スキルで説明がつくぜ。そいつの固有スキルの一つ【
ハインツの言葉に僕は絶句する。
ハインツは言った。彼女のスキルは“吸血”による鎮静作用が切れた状態で発動するスキルだと。
しかし、彼女のさっきの説明を信じるならば、彼女は僕たちと会う直前に吸血行為を終えたばかりのはずなのだ。
それなのに、僕に向かって【狂人化】のスキルが発動したのは何故なのか。
そして、ハインツの説明でさっきからマリーアが口にしていた“衝動”の意味も理解した。
(そうか。マリーアが口にしていた“衝動”は、狂人化が発動する前の状態だったのか……)
「恐らくだが……。神の力を人間が扱うのは色々と無理があったんだろう。本来であれば暴走しちまう力を抑えるための行為が、“他種族の血液を体内に取り込む”事だったんだろうさ。そうなると、お前さんの血に反応した理由もある程度予測できるな」
(何だよ? どういう事だ?)
僕はハインツの言葉に驚いてもっと深く聞こうとするが、それはからかうようなハインツの声に押し返された。
「話せば長くなる。それよりも、あまり無言でマリーアを放っておくもんじゃねーぜ。優しく、丁寧に接してやれ。それから、マリーアに伝えな。もしも俺様の望みを叶えてくれるならその困った体質の解決法、教えてやってもいいぜ……ってな」
「何?」
「え?」
思わず口に付いてしまった言葉に、僕を見つけていたマリーアは驚いたような声を出し、シーリアは絡みついていた体を離して困ったような視線を向ける。
ライラに至ってはこちらを振り向きもせずに「またかよ」と呟いて呆れているようだった。
どうやら僕の独り言は、ライラとシーリアにとっては日常的なものになりつつあるらしい。
「えっと……ごめんマリーア。いきなりこんな話をしても困ると思うんだけど──」
そう前置きし、僕はハインツからの提案をマリーアに対して問いかける。
最初は僕の言葉に何やら不審なものを見るような目をしていたマリーアだったが、その後の説明を聞いた後は疑いながらではあるだろうけど、ハインツの条件を飲む事を約束してくれた。
こうして。
僕は複数の世界にまたがるこの部屋に、新しい“住人”を受け入れる事になった。
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