第26話 マリーア・ブレイダーの特徴

 取り敢えず、ライラとの“引っかき”、“噛み付き”ありの熱い意見交換の結果、僕は首輪はまだしもリードは何とか外してもらえた事で満足して白い髪の少女に向き直って話を聞くことにした。


「さて、それじゃあ、君の名前と僕たちを襲った目的を聞いてもいいかな?」

「待って。それに関してはこっちが捕まったんだし喋るのは全然構わないんだけど、アンタの後ろにいるは本当に大丈夫なんでしょうね? 喋った後にいきなり殺されるとか絶対に勘弁して欲しいんだけど!」


 にこやかに話しかけた僕に対して、何故か白髪少女は怯えたように表情を引きつらせて、恐らく僕の後ろにいるであろうライラを両手で指さしながら──縛られているので仕方ないけど──叫ぶ。

 ライラよりも目の前の少女の方が強いのに何故にこんなに怯えて……とも思ったけど、よく考えたらこの子は自分の力が何かしらの方法で封じられていることを実体験をもって知った後だった事を思い出した。

 

 が、どうも先ほどの彼女の発言の中に何やら不穏なものを感じた僕は問い返す。


「ちょっと待って。って何の事さ?」

「ご主人様はご主人様でしょ。首輪を嵌められてるし、さっきから見てたら引っかかれたり噛み付かれたり……アンタも嬉しそうにしてるしさ」

「待ていっ! 認めたくはないが! そう、認めたくはないけど! 首輪とライラのじゃれ付きに関しては認めよう! でも、嬉しそうって何だ!? 嬉しそうって!! 否!! それは否だ! 僕は断じて嬉しそうにはしていない!!」


 こいつは一体何を言っているのだろう?

 首輪をかけられ、あまつさえ引っかかたり噛み付かれたりして喜ぶ人間など、変態以外の何者でもないじゃないか!


「ええ……。いや、絶対喜んでたって。ハアハア息を切らせながらニヤニヤしてたし、私が噛み付いてる時も『ニチャア』とか『クパア』とか『ニョワア』とか言ってたし」

「ちげーよ! しかも、後半に関しては日本語の誤翻訳だからね! エキサイトな奴だから! そう聞こえるってだけで実際にはそんな事言ってないからね!」


 くそう! どうやら、以前ライラが言っていた怪しい日本語のニュアンスは本当だったらしい。

 今後は新しい異世界人と出会っても話しかけないと心に誓うが、それよりも誤解を解かないと僕が大変な変態だと認識されてしまう!


「まあ、ケイマは変態だからな。喜んじゃうのも仕方ないだろ」

「……うわぁ……」

「そこぉ!! お願いだからデマを吹き込まないで貰えますかねぇ!!」


 妙に納得したような声色のライラに、心底嫌そうな表情で後ずさる白い髪の少女。

 僕は振り向いてライラを注意したあと、何とか息を整えて白い髪の少女に向き直る。

 けど、そこで少女と目が合ったことで、僕は追いかけられていた時と今の彼女の雰囲気の違いがなんであるのか気がついた。


「……あれ? ちゃんと瞳と白目があるな……」


 まるでルビーを玉にしたような透き通るような赤色はそのままだったけど、追いかけられている時は白目の部分まで覆う赤の単色眼だった筈なのに、今の彼女はカラーコンタクトをした普通の女の子に見えた。髪の色も白いし、コスプレした少女と言ってしまえば通るだろう。


 しかし、僕の発言が当の少女は非常に不快だったらしい。

 眉を寄せて目を細め、明らかに不機嫌な声色を出す。


「何それ。人間なんだから白目があるに決まってるでしょ?」

「いや、追いかけれている時は確かに赤一色の単色眼だったんだけ──」

「やめてよ。そうやって私を人外扱いして、自分が変態なのを誤魔化すつもりなんでしょう? 悪いけどその手には乗りませんから」

「ちげーよ!!」


 いい加減その話は忘れてよ!!

 僕は新たな証人を召喚するために後ろを向くと、当時の当事者の一人たるライラに向かって同意を促す。


「ライラも言ってやってよ! あの時のこの子の目が赤の単色眼だったってさあ!!」

「いや。俺は逃げてた時は前しか見てなかったからその時のこと言われても困るぞ。でも、首をぶった切った時は普通に今の目の色だったけど」

「何だと!? お前俺にこの子は人間じゃないって言ってたじゃないか!!」

「ああ。言ったけど、それはそいつの体から滲み出てた何かだよ。見てると怖くなるっていうか……喰われそうって言うか。荒野でバンバンジーに睨まれた時と同じ感じがしたから、化け物だって思っただけだし」

棒々鶏バンバンジーだと!? お前中華料理に睨まれたの!?」

「なんで中華料理? 食いもんじゃなくて、そういう名前のバケモンが俺の集落の近くにいたってだけだよ」


 突然の裏切りに僕はライラに詰め寄るけれど、ライラはそんな僕に呆れたような瞳を向ける。

 今は昼間だからライラから向けられる瞳は金色のキャットアイであり、確かに瞳の形状のみで人かどうかを判断するのは間違いかも知れない。

 只々、理不尽だが。


「……そう言われて見れば。どうして私は貴方を追いかけたんだろう……」


 そんな事を考えていた僕の耳に、白い髪の少女の困惑したような声が聞こえてきて、僕とライラは少女の方に注目する。

 目を向けられた少女は何やら考え込むように首を傾げながら眉の間に皺を寄せた。


「覚えてないの?」

「……ん。全くって訳じゃないんだけど、ある時を境に頭に霧がかかったようになってて……。ちょっと待って。今順を追って思い出すから」


 言われて僕とライラは静かに待つ。

 何やら椅子から見下ろすのに飽きたのか、ライラは無言で僕の右隣に来ると、ペタンと隣に腰を下ろす。

 その際、僕とライラの身長の都合上丁度ライラの頭の耳が僕の顎の下をサワサワと撫でて擽ったかったが、ここで騒いで白い髪の少女の思考を切らせても良くないと思って黙って次の言葉を待っていた。


「……私はマリーア。マリーア・ブレイダー。ブレイダー領の領主、ベニス・ブレイダーの娘。あの日、私は視察の為に出向いていたカスットの村についた所でが来ちゃって……。それを抑える為にアビスの森に入って獲物を狩って、身を清めるために水場に行った……。うん。ここまでは覚えてる。間違いないと思う。でも、その先が……。何だろう。すごくあやふやと言うか……」


 独り言のような白い少女──マリーアの呟きに、密林の世界にもちゃんとした人間の生活圏がある事、それから、どうやらそれはこちらが思っていたよりもずっとまともそうであるという事がわかった。

 そして、どうやらマリーアはその世界ではどうもどこぞのお嬢様らしい。

 

 服に返り血を浴びたお嬢様……。


 どう考えても納得できない部分はあるけれど、ひょっとしたら密林の世界では服に返り血を付けておくことが一種のステータスでもあるのかもしれない。

 それは、所謂文化の違いであるわけだから、一言で否定するわけにもいかないだろう。


 そう考えると、今の彼女もそれ程危険がないのかもしれない。

 そもそも、今の彼女は力も僕以下にまで制限されているわけだし、いざとなれば逆に組み伏せてしまえばいいだけだ。


 そう考えて僕は彼女の独り言をもっとよく聞くために中腰になって一歩足を踏み出して──


「……そうだ。風に乗ってきた匂い。逃げていく男の血が……あの男の血が飲みたくて飲みたくて……。それしか考えられなくなって、私はあいつを追いかけたんだ」


 ──そのまま回れ右すると、恐らく今までで一番キレがいいと自画自賛出来るほどの動きで、僕はライラの背後に飛び込んだ。


 

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