第25話 この日僕は飼い犬になった

 さて、どうしようか。


 とりあえず襲撃者である少女の能力を僕以下になるまで制限して貰い、ビニール製の紐で手足を縛り上げた。

 本来の彼女の力であれば全く意味のない代物だっただろうけど、今の彼女は僕でも腕相撲で勝てる程度の力でしかない。

 ふはは! 僕に出来ない事がお前に出来ると思うなよ!


 ……虚しくなってきた。


 ともかく、彼女の襲撃で散らかってしまった道具の片付けや掃除をすることにする。

 と、言っても、玄関の床にぶちまけられた血液はすっかり無かったことになっているので問題はない。

 

 ライラのマチェットナイフも同様で、既に修復してライラの右手に握られていた。

 それにしてもライラよ。せっかく修復されたのだから腰に下げた鞘に収めればいいのに、右手に抜き身で持っているとか恐ろしいのだが。

 目付きも凶悪殺人者も顔負けの険悪なものだし、この場で二人きりだったらチビっちゃうこと請け合いだ。


 んで、その凶悪な目が向けられている先にいたのが、白い衣装の白髪少女。

 先の襲撃犯である。

 

 縛り上げていた途中で目が覚めた彼女も、当初は驚いて暴れようとしたのだが、暴れた瞬間ライラに顎を蹴り抜かれ、口から大量の血を噴き出して修復……したあたりで、自らの体に施された何らかの異常に気がついたらしい。どうやら、ここに来たばかりの頃のライラとは違い、ある程度の知能は持ち合わせているようだった。


 そして、ライラに睨みつけられている当の少女はというと、既に開き直ったのかなんなのか、物珍しげな表情で部屋の中を見回していた。

 本来は真っ白で綺麗だったのであろう着物なのかチャイナドレスなのかわからない不思議な民族衣装も、自らの首から吹き出した血と、元から付いていた何のものかわからない血の跡が全てを台無しにしている。


 ちなみに、ハインツの無機物に対する“元に戻す”という能力だが、どうも“付属品化した時の状態に戻す”という能力である事が彼女の服の状態により確定した。

 それというのも、少女の着ている服の血の跡が、付属品化される前に付いていたもともとの胸元の血痕と、僕を襲っていた時にライラから切りつけられた首の血痕は消えなかったのに、その後にライラに蹴りつけられて吐き出した血痕は消えたからだ。


 って、こうしてまとめるとライラの暴れっぷりがすごいな。

 普段からよく暴れる奴だけど、こうして本気のライラをみたあとだと、僕に対して行っているのはじゃれついているだけといったハインツの言葉も納得できる。

 正直、今日のライラの攻撃くらったら、僕なんか一発で死亡ですわ。


「それで。こいつはどうすんだよ? やっぱり殺すしかねーって」


 縛られ、おとなしく座っている少女を見ながら考え込んでいる僕の心をかき乱すかのように、ライラ悪魔の声が聞こえてくる。

 そのライラはというと、右手にマチェットナイフ、左手にロープを握って少女と対面になるように椅子に座って見下ろしている。

 

 それぞれの腕は肘掛に乗せ、足を組んでいるのでその姿はまるでどこかの暴君のようだ。

 まあ、座っている椅子が木製のなんの変哲もない椅子だから様にはなっていないけれど。


 たが、それよりも僕には非常に言いたい事があった。


 ライラの言い分も最もだ。

 少女に関してはこちらを問答無用で襲ってきた前科がある以上、「殺してしまえ」と息を巻くライラの気持ちも理解できる。


 しかし、しかしだ。

 

 僕からしてみれば、本来であれば僕とライラくらい一息に殺す事が出来た筈の目の前の少女が、殺さずに掴み掛ってきたことの理由を聞き出したい所だった。

 せっかく意思疎通のスキルで付属品となり、言葉が通じるようになったのだからなおさらだ。

 

 が、それはともかくその前にやっぱり一言言いたい。


「……この子をどうするべきかは確かに重要な案件だ。殺すのはともかくとして、早急にどうにかしなければならないのは僕でもわかる。しかしライラ君。君にどうしても一つ確認したいことがあるのだがよろしいか?」

「んだよ、その言葉遣い。気持ち悪ぃなぁ……。別にいいぜ。なんでも言ってみろよ」

「有り難き幸せ。では──」


 僕は自らの首にかけられたと、その首輪から伸びる。そして、そのリードの先を左手に持っているライラに向かって大きく息を吸った後に想いの丈をぶちまけた。


「何で首輪!? 何でリード!? どうして僕の扱いが飼い犬みたいになってるんですかねぇ!? 僕があの子の手足を縛っていると同時に、お前が僕の首に首輪をつけた理由が全くわからない!!」

「うるせぇ!! 人が大人しくしてるのいいことに、あいつの体をいやらしい手つきで撫でまわしやがって!! この変態!! エロ親父!!」

「エロ……っ!? お前言うに事欠いて……!! しょうがないだろ!? 体に触らなかったらどうやって縛り上げるんだよ!? つーか、大人しくしてたとかどの口が言ってるんですかね!! 女の子を縛り上げてたと思ったら、いきなり後ろから足が飛んできて目の前の女の子が吐血するとか普通にトラウマもんだわっ!!」

「何だと!? 守ってやったんじゃねぇか!!」

「ただの八つ当たりでしょ!?」


 お互い気が立っていたのがまずかったのだろう。

 売り言葉に買い言葉で言い合いを始めた僕たちだったが、


「……で。結局私ってこれからどうなるの?」


 ポツリとこぼした白髪の少女の言葉さえ、僕らはあっさりスルーする。


 そんな少女のすぐ傍の床に、シーリアが無言で水の入ったコップを置いた。


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