冬ー七瀬由香里②

紬と別れた後、部室へ向かう。きっとそこに行けばあの子に会えるという謎の確信とともに足を進めた。

「結ちゃん」

今まで数えきれないくらい開けてきたドアを開くと、やはり彼女はそこにいた。

「……由香里先輩。ご卒業、おめでとうございます」

「ありがとう」

振り返った結ちゃんの掠れた声と赤くなった目元に、胸の奥がきゅっと痛んだ。

「先輩方がいなくなっちゃうと、寂しいです」

そういって力なく笑ってみせる結ちゃんは、やはり知っているのだろう。

自身が恋い焦がれていた運命の赤い糸が、断ち切られたことを。

「わたしも、結ちゃんに会えなくなるのは寂しいわ」

一瞬視えただけでもとても美しい糸だったのだ。彼女はずっと、繋がることのないその糸の先を視て切ない思いをしていたのだろう。

「先輩、大学生になってもまた遊んでくださいね」

だからこそ、この子の恋した糸が絡まって消えてしまう前に切ったことは、間違ってなかったのだと思った。どれだけわたしの胸が痛んだとしても、どれだけ彼女を傷つけてしまったとしても、美しいまま終わらせられて良かった。

歪であってもこれが、わたしなりの誠意とそしてだった。

「そうね、みんなで遊びに行きましょうね」

わたしが好きになった女の子は、その言葉に柔らかく笑ってみせた。

口からこぼれ落ちそうになった「好き」の二文字を飲み込んで浮かべたわたしの笑みは、きちんと形を保っているだろうか。

それから少しの間、わたしたちは他愛もない話しをした。

わたしと紬が引退した後、江西田くんと二人でどんな活動をしていたか。次の制作のテーマの候補に何があるか。

どれも日常の中の些細なことだったけれど、結ちゃんの話しを聞いているのは幸せだった。冷たくなった手を擦り合わせて息を吹きかける彼女を抱きしめることが叶わなくても、隣にいるだけで良かったのだ。

このまま時間が止まってしまえばいいのに、なんて邪なことを考えていると、彼女のスマホの通知が鳴った。ロック画面を確認した彼女は申し訳なさそうにこちらを見る。

「すみません先輩。なんかクラスの方で集まらなきゃいけないらしくて」

慌てて返信をしている相手はきっと江西田くんだろう。ここでこの子を引き止めて彼をあまり待たせるのも可哀想だ。

「いいのよ、江西田くんにもよろしくね」

また今度ゆっくりお話ししましょうねと笑って送り出す。

結ちゃんの出て行った部室は、少し室温が下がったような気がした。白い息を吐きながら、一人でぼんやりとダンボールの山を眺める。

わたしが好きだといってしまえば、きっとあの子は傷ついてしまうので何も伝えない。けれどわたしは知っていた。


彼のもののように美しくはなかったけれど、これは確かにわたしの恋だったのだ。


叶わない恋しかできないなんて、わたしもあなたも馬鹿な女よね。と彼女が出て行ったドアに向けて呟いてみる。

運命の赤い糸だなんて馬鹿げたものが視えるばかりに、わたしたちは不毛の地に縛り付けられてしまったのかもしれない。

それでもわたしは、誰かの糸を視ている結ちゃんの真剣な横顔が好きだった。わたしの恋は、不毛だったけれど不幸ではなかったのだ。ありがちな例えだけど、何度やり直したとしてもわたしはあの子を好きになるのだと思う。

胸に広がる失恋の痛みにぽろりと一粒だけ溢れた涙を拭い、部室を去った。


この小さくて歪な恋が叶わないことを誰よりも知っているのは、他でもないわたしなのだから。

その恋で貴女が傷ついたりしないように、深い深い奥底へと隠してしまうのだ。

だからどうかこれから先も、わたしのに、貴女が気づくことがありませんように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いとのさきにあるもの 此田 @konota24

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ