とある城塞都市のある五分
海星めりい
とある城塞都市のある五分
「……――午前六時起床、朝食は験担ぎにカツサンドとコーヒー、午前七時、身支度を整え家を出る、午前八時、非番のためあの子を探すが見つからず、午前九時、同上、午前一〇時、あの子を見つけるも勇気が出ず遠くから見つめるだけ、午前一一時、未だ何も出来ず悩む、一一時半、ついにデートの約束を取り付ける、正午、喜びのあまりスキップしながら歩いていると不審者扱いされかける、〇時半、緊急招集がかかる、午後一時、魔物襲撃の伝令がきたため状況把握に努める、午後一時半魔物の襲撃が始まる、午後二時、現在城壁の向こうには多数の魔物の姿が――……」
「せ、先輩! あの人あんな所で何やってんすか!?」
一人の兵士が指を指したのは城壁の上で一日の出来事を呟く一人の少年だ。
「お前は新入りだったな。あの方はあれでいいんだ。筆頭術士殿が極大魔法を唱える五分を稼ぐのが我々の仕事だ!」
「あ、あれ魔法の詠唱なんすか!?」
「そうだ――なんでも一日分の記憶と全魔力を使って放つ魔法らしいが――っ!? 総員! 城壁にとりつかせるなよ!! 我々は前線を維持するぞ!!」
詠唱が終了し、手の中には発動待機状態となった極大魔法。
あとはこれを城塞都市に攻めてきている魔物の軍団に放てばいいのだが、彼には放ちたくない理由があった。
「撃ちたくないなぁ……、あの子とようやく約束取り付けられたんだよ……」
彼のこの魔法を唱える代償は一定期間の魔力が〇になること及び、自分の一日の記憶を犠牲にすることだ。
記憶は完全に消えてしまうので、思い出すことは不可能である。
魔物の軍団が城塞都市に向かってきたのがなぜ今日だったのか、と彼は世界を呪いたい気持ちになっていた。
そう、彼は自身が好意を寄せている少女と街で一緒に遊ぶ約束を今日取り付けていたのだ。
所謂、デートである。
奥手な彼は彼女を誘うのに随分な度胸を必要としていた。今回、約束を取り付けるのも、『断られるかも……』などと嫌な想像を考えつつもなんとか誘えたのだ。
しかし、この街が魔物の軍団に攻め滅ぼされれば自分が好きな彼女も死んでしまう。
少年は覚悟を決めた。
「記憶を失った未来の俺が!! また! あの子を誘えますようにぃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
万感の思いを込めた一言と共に魔物の軍団を滅ぼす一条の光が澄み切った青空を切り裂くように放たれたのだった。
城塞都市の内部、避難が促される街中で一人の少女がその光景を見ていた。
城壁から極大魔法が青空の中を一直線に飛んでいくのを……。
「……そっか」
周りの歓声とは別に、少女はどこか悲しそうに一言呟く。
その目は潤んでいた。
一拍おいて、少女は目尻の涙をやや乱暴にぬぐい去る。
「あーあ、約束忘れられるのこれで何度目かなぁ? また誘ってくれるよね」
そして、今度はどこか嬉しそうに呟いたのだった。
とある城塞都市のある五分 海星めりい @raiki
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