魂ババア
無月弟(無月蒼)
魂ババア
魂ババアって知ってるか?
昨日噂で聞いたんだけど、何でも姿が見えなくて、人間の魂を食う妖怪らしい。
え、姿が見えないのに、どうしてババアって分かるのかって?ええと、確か魂を食われる奴が、その時だけ姿が見ることが出来るとか……
直後に魂を食われたなら、どうやってババアだってことを伝えるのかって?そんなのが噂になるなんておかしい?はは、俺もそう思うよ。
魂を食われた奴は、心臓発作って診断されるらしい。そうそう、この話を知った奴は、一週間以内に同じ話を十人に伝えないといけないんだってさ。でないと七日目の夜の0時に、魂ババアがそいつの元へやってきて、魂を食ってしまうそうだ。
助かるためには、10人に拡散しなけりゃならないなんて、まるで不幸の手紙だよな。
勘違いするなよ。俺は別に、お前が嫌いでこんな話をしてるわけじゃ無い。信じていないだけだって。
だってそうだろ。こんなのただの、根も葉もない都市伝説だって。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
先日バイトの先輩から聞いた話は、こんな内容だった。まあよくある怪談話だ。
バカバカしいとは言わない。全く信じてはいないけど、こんな話をするのは嫌いじゃない。俺は友達が少なくて、高校ではボッチ。だからこんな風に気軽に話しかけてくれる先輩を、とても慕っていた。だけど……
話を聞いてから一週間がたったその日、夕方バイト先のコンビニに出勤した俺は、シフトに入っていたはずの先輩の姿が無い事を疑問に思った。
「店長、今日先輩遅いですね」
風邪でも引いたのだろうか?しかし、店長の口から出てきたのは、予想外の言葉だった。
「ああ……実は彼、昨夜亡くなったそうなんだ」
「えっ……?」
亡くなったって、先輩が?昨日まであんなに元気だったのに。
「何でも、急な心臓発作だったらしい。頑丈そうなアイツがこうも簡単に死ぬだなんてなあ」
店長の話を聞きながら、俺は違和感を覚えた。心臓発作って……
俺はこの時まで、先輩から聞かされた魂ババアの話はすっかり忘れていた。だけど確か、魂ババアに魂を食われた奴は、心臓発作を起こすって言ってたよな。先輩が話を聞いてから昨日でちょうど一週間目。まさか……
はっ、バカバカしい。そんなの、ただの偶然に決まってるじゃないか。そう自分に言い聞かせたけど、胸のモヤモヤ感がぬぐえない。
亡くなった先輩の事が気になるあまり仕事にも身が入らず、今日は二回もミスをしてしまった。
「身近な人が亡くなったんだ、ショックなのは分かるよ。あんまり気に病むな」
店長の心遣いがありがたい。だけど、バイトが終わる頃には、俺は軽いパニックを起こしかけていた。
もしも……もしも魂ババアが実在していたら。先輩は魂ババアの話を本気にしていなかったから、十人にこの話をしたとは思えない。もしかして先輩は、魂ババアに魂を食われたんじゃないだろうか?
だとしたら、大きな心配がある。
先輩が魂ババアの話を聞いてから、昨日で一週間。そして俺が聞いてから、今日で一週間。もしこの話が本当だとしたら、今日中に十人に魂ババアの話をしないと、俺も魂を食われるって事じゃないか!
背中に嫌な汗が流れる。俺はまだ死にたくない。早く、早く十人にこの話をしないと!
だけど、残念なことに俺は友達が少ない。スマホのアドレス帳もスッカスカだ。そんな俺が、今から十人もに話すなんて、とても無理だ。
死にたくない。でも打つ手がない。悩みながら帰宅した時には、もう午後九時になろうとしていた。あと三時間……
このまま何もせずに、魂ババアが来るのを待つなんて嫌だ。何か、何か方法は無いだろうか?手っ取り早く、多くの人に伝える術は……
……その時ふと、あるアイディアが浮かんだ。これはいけるか?ちょっと不安だけど、何もしないよりはマシだ。
俺は愛用のノートパソコンを立ち上げると、あるサイトのページを開いた。小説投稿サイト「カクヨム」だ。
俺はここでユーザー登録していて、よく小説を投稿している。
友達は少ない俺だけど、ありがたい事に書いた小説を読んでくれる人は、一定数いるのだ。
小説管理のページに行き、新しい小説を作成する。タイトルは、『魂ババア』。
そうして俺は、先輩から聞いた話をそのまま書いて、カクヨムに投稿した。投稿し終えた時には、時刻は十時になっていた。タイムリミットまで、後二時間。
そして日付が変わる頃には、『魂ババア』のPVは20くらいになっていた。先輩の話ではもうそろそろ魂ババアが現れてもおかしく無い時間だけど、何かが来る気配はない。助かった……のか?
次の日は普通に学校に行ったけど、特に何事も無かった。最初はちょっとビクビクしていたけど、二時間目の授業が始まる時にはもう安心しきっていた。
ネットを使って伝えたけど、あれでも良かったのだろうか?それとも、先輩の件はただの偶然で、魂ババアなんて最初からいなかった?普通に考えればそうだよな。
放課後、帰宅しながら再び魂ババアの事を考える。
魂ババアなんて、ただの都市伝説に決まってる。だけど先輩の件は、あまりにタイミングが良かったな。心臓に持病があったわけでもないし。もしかしたら本当に、魂ババアは実在したのかも。今となっては、もう確かめる術も無いけれど。
まあいいか、俺はこうして生きてるわけだし。何はともあれ、助かって良かっ……
次の瞬間、ある事に気付いて頭の中が真っ白になった。
家に帰った俺は、急いでパソコンを立ち上げる。
カクヨムの小説管理のページを開くと、『魂ババア』のPVは最後に見た時よりも増えていて、ありがたい事にレビューまで貰っていた。
少々名残惜しかったけど、俺はそれを下書きに戻し、非公開にする。
昨夜は自分の事だけで頭がいっぱいだった。だけどよく考えたら……
魂ババアの話を聞いたら、一週間以内に十人に伝えなければならない。じゃあ、これを読んでくれた人達は……
『魂ババア』を読んでくれた皆、本当にありがとう。そしてゴメン!
一週間後も、どうか全員無事でいてくれよ!
※『魂ババア』はフィクションです。
もし一週間後に皆様の身に何かが起こっても、それはこのお話とは一切関係ないのです。たぶん。
魂ババア 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます