第100話「きみとあたしのダンジョン再建記」

「陛下……いえ、暫定首相殿。選挙の準備が整いました。はい、ご指示通りに。ただ街の噂では、やはりバルバトス様が圧倒的な人気を誇っておられますよ。ええ、もちろんそうなのですが……でも私もあなたこそがふさわしいと思っております」



「どうじゃ、バルバトス。調子の方は? ほぉ……軍備の強化とな? 確かに力なき者の声は届かぬことが多い。いや、別に反対なぞせんよ。暫定とは言え、お前はまだ国の指導者じゃ。お前が良いと思ったことは推し進めるがよい……あぁ、そっちの方は任せておけ。ワシが黙らせておく」



「ヴェルニア共和国より救援要請が入っています。どうやらマルセール公国との軽微な軍事衝突があったそうで……はい。まだ本格的な戦争には至っていないとのことですが、仲裁をとの……ではそのように返答しておきます」



「バルバトスさま、また行かれるのですか? わざわざバルバトスさま自らが出ていかなくても、他の人に行ってもらって……だって、心配なんですよ!? この前みたいなことがあったら……はい、ええ、分かってます。ですよね……ダンジョンにいたころはずっと危険と隣合わせだったのに……どうして最近はこんなに心配ばかりしちゃうんでしょうか……?」



「東の街でゲリラ活動が起こり、町民の一部が人質になっています。犯人の要求はホウライへの支援を打ち切り、国内政策へと資金を回すようにと――いや、しかし! お言葉ですが今回ばかりは私は反対です。あまにも危険が大きすぎ……は、はい。分かりました。あなたがそこまで言うのでしたら」



「バルバトスっ! しっかりせんか!! ダンジョン最長老のワシより先に逝くことは絶対に許さんぞ! ワシはお前に看取られてこの世を去ることに決めとるんじゃ。じゃから……絶対に死ぬなっ! 分かったな!!」



「ヨカッタ……バルバトスサマ タスカッテ ホントニヨカッタ」

「……シンパイ シタ」



「なぁバルバトスよ……俺たちはそろそろ故郷に帰ろうと思う。あぁ大陸の中央に俺たちミノタウロスの一族が暮らす地があるんだとよ。この国は平和な世界を実現しつつある。そこに俺たちのようなモンスターは……いや、いいんだ。俺たちにとってもあんたたちにとっても、それがベストなのさ。先代のころからずっと世話になっていた恩を、返せなかったのが心残りだけどな……っておい、お前が泣くな。こっちまで変な気分になっちまうだろ」



「……元気でね、バルバトス」



「そんなに泣かないの。私まで泣いちゃうじゃないの……雪女は涙で溶けちゃうんだから。大丈夫よ、今生の別れというわけじゃないもの。会おうと思えばいつでも会えるからね。……そうね、少し北の寒い地方にでも行こうかしら。確かホウライの北、カイっていう街がとても良いところらしいのよね。あら、知ってるの? え、何かしらこれ? ……分かったわ、どこか見晴らしの良いところに埋めておいてあげる」



「バルバトスさまっ! 頼まれていた魔導兵器がやっと完成しました! 見て下さい! 砲弾にも耐える強固なボディ。砲台は上下左右に回転し、あらゆる地形で敵に麻痺パラライズの魔法が放出されるようになっていますので、一時的に敵を無力化することができます。これでどちらも戦死者を出さない、というバルバトスさまのご要望は叶えられると思います!」



「失礼しますっ! お義父さ……いえ、元老院議長閣下殿。ただいま派遣先より帰ってまいりました。ええ、もちろん、コーウェルとヒューも一緒ですよ。そうそう聞いて下さいよ。この2年間でコーウェルはブクブクに太って、ヒューは逆に激ヤセしたんですよ。後で会ってやって下さいね、きっと笑っちゃいますから」



「ふん……何だいお前さんかい……。来なくていいって言ったのにさ。こんな老いぼれに構っている暇があるのなら、お国のためにしっかり仕事をおし。あぁ……流石にそろそろ年貢の納め時ってやつだね。あたしゃもうダメさ。まぁでも、レイナもいい人を見つけたようだし、そんなに心残りはないかもね。は? 何を言ってるんだい。あんたのようなヤツにレイナを任せられるわけがないだろう……ま、あたしゃ結構好きだったけどね、あんたのことは」



「バルバトスさま……おばあちゃんのために、そんなに泣いて頂いてありがとうございます。でも、私もおばあちゃんもバルバトスさまと一緒に過ごせた時間は、とても楽しい宝石みたいな日々でした。だからきっとおばあちゃんも……ええ、私も同じ気持ちです。本当にありがとうございました。おばあちゃんのお葬式が終わったら、私は彼の故郷に向かいます。ちょっと寂しくなりますね。でもまたきっと会えますよね?」



「ご無沙汰しておりました、バルバトスさま。調子はいかがですか? そうですか、よかった……。ええ、ようやく最近やっと板についてきたってところでしょうか。笑っちゃいますよね? ダークエルフの、それもこんなひよっこが国家元首だなんて。『エルリエン首相』とか呼ばれても、まだ一瞬『誰?』って感じになっちゃいます。そうですね、本当に早いですね。私たちが出会って、もう10年も経つだなんて」



「バルバトス、この国は確かに平和になった。だがまだ不安要素は多く残っている。急進派の活動も完全に鎮圧できていないし、他国の動向にも怪しいところは多い。なぁ……だからもう少し……ほんの少しでいいんだ。せめて長の任期の期間だけでも、出立を遅らせてくれないか? そうか? よかった……なっ、何を言ってるんだ! お前、そんな目で私を見るなっ!!」



「……バルバトスさま? いえいえ、寝てなんて……ええ、ちょっと泣いてました。随分苦労を掛けられたので、清々するはずだんですけどねぇ。ま、長く付き合いがあったんですから、ちょっとくらい悲しんであげないとですよね。ただ『ワシの死は1年隠せ』とかカッコつけて言ってたので、即日公表してやりましたけど。でもやっぱりちょっと寂しいですね……えぇ、次の会長はラトギウスさんです。年功序列ってやつですね」



□ ◆ ■



 一陣の強い風が身体にまとったローブを激しく震えさせる。私は身が引き締まるような思いで……って、寒っ!! チョー寒い。うわぁ……こんなに寒いとかないわー。今日出発しようと思ってたけど、やっぱり明日に変更して――。


 と振り返ったところで、アルエルとばったり出くわす。いや、出くわすという言い方は違うかもしれない。彼女は自分の意思でここにやって来ていたからだ。


「バルバトスさま……行ってしまわれるんですね……」


 アルエルの悲しそうな顔を見ると、とても『いや、寒いから明日にしようかと』とは言えなくなって、黙ってうなずく。「何もこんなに寒い日に出ていかなくても」という声に、思わず全力で肯定しそうになるものの「でもバルバトスさまの意思は硬そうです」という追撃に、がっくりと肩を落とした。


「せめてこれを」


 アルエルがバックパックから一枚のマフラーを取り出し、私の首へかけてくれる。


「これは……もしかして手編み?」

「はい、そうですよ」

「お前、いつの間にこんな器用なことが……」

「それは失礼です! ダークエルフは手先が器用なことで知られているんです」

「いや、初耳なのだが」


 クスクスと顔を合わせて笑う。まるで一瞬だけ、あのころに戻ったかのような感触を覚えて、思わず目を細める。


「うー、でも本当に寒いですよね」


 アルエルは震えながら両手でお腹の辺りをさする。少し大きくなりかけた、新しい生命の証。「大事なときなんだから、もう少しちゃんとしろ」と言って、纏っていたローブを脱ぎ、アルエルの肩からかけてやった。


「いいんですか?」

「あぁ、餞別だ」

「由緒正しい魔王のローブじゃないんですか?」

「そうだ、由緒正しい魔王のローブだ。だからお前が持ってろ」

「わぁ……ありがとうございます」

「こら、匂いをかぐな。加齢臭がするとか言うなよ」

「そんなこと……あれ、ちょっとだけ?」

「おい」

「えへへ、冗談です」


 それから少しだけ話をしたあと、後ろ髪を引かれる思いで私は彼女に別れを告げる。迎えにきていたラスティンと仲睦まじく手を繋いでいるアルエルを見て、もう私がここにいる理由はないと感じていた。彼女を守ってやる奴はもういるし、何より彼女自身も強くなった。


 だから私は私のやるべきこと、ずっとやりたかったことをやる。そのために、この地を離れる。


 ニコラの用意してくれた魔導馬車で東に向かう。1日でも早く、と急かす気持ちを抑えつつ。朝起きて準備を整え馬車を走らせる。疲れたら休憩する。体調が悪い日は一日ゆっくりと休む。そうやって少しずつ進んでいく。


 ホウライの話は常に耳に入ってきていた。奇しくも私が国を共和制に作り変えたころ、彼女も同じことをしたらしい。ホウライ帝国は消滅し、東側初の民主主義国家が誕生した。


 彼女は退位したのち、国家運営の表舞台に立つことはなかった。だが、あの日彼女が言った通り、国と国民を救うため精力的に活動を続けていたという。国民の象徴となり自らの行動であるべき姿を示し、ときには問題の矢面に立ち、また非難を一手に引き受けながら、ホウライは彼女の望むような国へと変貌していった。


 ほぼ全ての国民が裕福とまではいかないものの、安定して安心した生活を送れるようになったころ……彼女は病に倒れた。彼女が伏せていたのか、詳しい情報は伝わってこなかったが、エルによれば『長年固有魔法を使用し続けたことへの身体の反動』が原因らしい。命に別状はないが、身体機能が著しく低下し歩くのがやっと、という生活だと聞いた。


 私は振り返り、荷台に置かれた木樽を確認する。すぐにでも彼女の元へと駆けつけたかったが、ラエに頼まれ3年待った。だが無為に年月を過ごしたわけではない。それが正しいものであったのか……それはまだ分からないが。



■ ◇ □



「アリサさま、中にお入り下さい。風に当たるとお身体に障ります」

「ありがとう。でも今日はちょっとだけ調子がいいんだ」

「そうですか……でもご無理はなされないよう」

「うん。それにね……何だか分からないけど、今日はとってもいい日になる気がするの」


 侍女が不思議そうな顔をしていた。そりゃそうか。何言ってるのか分からないよね。でもあたしだって分からないんだ。説明しようがない。


 ホウライを再建した後、身体を壊したあたしは首都アスカから少し離れた郊外に移り住んだ。辺りには何もない。少し離れたところに昔宿屋があったそうだけど、今は半壊してもう何年も廃墟になったままになっている。


 あたしは縁側に立ち、西の空を見上げる。晴れ渡った空に白い雲がぽつりぽつりと浮かんでいるのを見ると、あの日のことを思い出す。約束を果たすため、ダンジョンを訪れたときも、確かこんな天気の日だった。


 ――会いたい。


 ここ半年ほど、その思いがどんどん胸の中で大きくなっていっていた。会いたい会いたい会いたい。りょーちゃんに会いたい。


 でもこの身体では、大陸を横断するような旅はできない。それが分かっているだけに、思いは一層強くなっていく。気づくと大粒の涙が頬を伝っていた。慌てて袖でそれを拭う。


 いい歳して何やってんだか。わがままを言ってもそれが叶えられるわけじゃないことくらい、もうずっと前から分かっていた。だからあたしは自分の手でそれを掴んできた。その結果がこのありさまなんだ。


 もちろん後悔はしてない。反省もしない。間違ったことをやったとは思ってない。でも、それでも……。また涙がぽろぽろと頬を流れ落ちる。あぁ、侍女の忠告を聞いておけばよかったかな。ちょっと身体が冷えて震えてきた。力が抜けていく。もう涙を拭う気力もなくなって、そのままぼーっと空を眺めていた。


 ふと地平線に小さな影が見えた。それは少しずつ大きくなっていく。人? 馬車? 幹線道路からも外れたこんな辺鄙な地には、滅多に人の往来などない。気力を振り絞って、涙を拭いじっと目を凝らす。


 それはまだぼやっとした影でしかなかったが、あたしにはそれが何なのかはっきりと分かっている気がした。



□ ◇ □



「マオウサマ タイヘン タイヘン ボウケンシャ キタ!」


 スケルトンのコツが頭蓋骨を転がしながら大慌てで飛び込んできた。あたしは呪文を唱えスクリーンを表示させると指でそれを操作する。ひとりの青年が映っている。肌はやや浅黒く、剣も盾も持たっていない。背中に巨大なバックパックを背負い、両腕を大きく振りながら闊歩している姿。


 なるほど……あたしは会うのは初めてだけど、確かに父さんと母さんの言ってた通りの容姿だ。間違いない。


「やっと来たか」


 あたしはふぅっとため息をつく。「ドウスル? ドウスル!?」慌てまくっているコツに「いい、あたしが対処する」と、転がっている頭蓋骨をポコンとはめてやる。


「イイノ?」

「あぁ、あれはあたしの客だからね」


 隠し通路を開きゆっくりと進んだ。通路の奥から流れてくる風に、数年がかりで伸ばした真っ黒な髪がふわふわと揺れている。何度か扉を通過したのち、最後の一枚を開くと大きな空洞のような部屋に出た。右手にランタンに照らされてた通路が見える。そこに先ほどの青年が立っていた。


「待ちくたびれたぞ」

「いやぁ、これでも魔導馬車をぶっ飛ばして来たんだぜ?」

「予定だと先週着くって聞いてたんだけど?」

「それがさ、出立の日になって母さんがアレ持ってけ、コレ持ってけってうるさくって」

「……それで、そんな荷物なの?」

「まぁそんなとこ。で、今日から世話になるよ、よろしく」

「いいけど……その前に」


 呪文を唱える。魔法陣がふわりと空中に浮かび上がるのを見て、彼はニヤッと笑う。


「実力を見せてもらうわ」

「そうこなくっちゃ」




 こうして、あたしと彼のダンジョンを再建する長い旅が始まった。

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きみとぼくのダンジョン再建記 しろもじ @shiromoji

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