第99話「戴冠式」

「本当にいいのか?」

「はい。私たちはどこまでもバルバトスさまについて行きますよ」


 私の問いにアルエルは満面の笑顔で答える。


「ソウダヨー。ムシロ オイテイクナンテ ソッチノホウガヒドイヨ」

「うむ、ボンもなかなか良いことを言うじゃないか」

師匠サキドエルに褒められましたね、ボンくん」

「あらあら、そんなに頬骨を赤くしちゃって。少し冷やしてあげましょうか?」

「デモ……ボンノ イウトオリ」

「えっ、ロックくんがしゃべった!?」

「ロック イガイト シャベルヨ?」

「まぁ、いずれにせよ。そうと決まれば早速準備に取り掛かるのじゃ」

「ふん、やっとここに落ち着いたと思ったら、また王都へ行くのかい」

「おばあちゃん、しょうがないでしょ?」

「マルタ、もし嫌なら――」

「今のご主人はあんただからね。文句は言うけどちゃんと従うさ」

「さぁ、それじゃみんな頑張って荷造りしましょう!」


 アルエルが右手を挙げて、皆が「おー!」とそれに応える。


 ホウライから帰還して半年がたとうとしていた。多くのホウライ兵の命は救えなかったが、連合軍、カールランド軍のほとんどは蘇生させることができた。彼らに事情を説明したが、その反応は今ひとつだった。


 それもそうだろう。自分たちが行っていた戦いは正義のためのものであり、ホウライは敵で連合軍の国々、カールランドは味方であった。いやそう信じ込まされていたというべきか。だから彼らがダンジョンマスターの言葉に素直に耳を傾けるわけがないというのも、当たり前の話だ。


「それにしてもあのときはどうなることかと思いました」


 馬車の荷台に腰掛けたエルが、ほっと息を吐き出す。


「ジン以外の王都親衛隊の多くが、致命傷を負っていなかったことが幸いだったな」

「そうですね。怪我を負いながら王とバルバトスさまのやり取りを聞いていた彼らの証言がなかったら、もっと混乱していたのかも」

「でも何でジンは彼らを生かしておいたんだ?」


 憮然とした表情をしながら、ラエがエルの隣に座る。


「それは……いくら仮のものだったとしても、部下を刃にかけるのは彼とて本望ではなかったのだろう」

「なんだか悲しいですね……」


 そうだな、エル。長というのは本当に……。


「バルバトスさま、準備ができました!」


 いつぞやの倍ほどあるバックパックを背負ったアルエルが荷台に乗り込んでくる。


「おい、ちょっと待て」

「なんですか?」

「その荷物は何だ?」

「何って……私物ですよ?」

「私物ってなぁ……前にも言ったが、お前もそろそろ――」

「あー! いえいえ、違いますよ。これは私のとラスティンくんのですよ」

「あぁ……そういやあいつは後から合流するんだったっけな」

「はい。ニコラくんの魔導馬車が完成したら来るって言ってました」


 数週間前、アルエルとラスティンが、揃って私の私室を訪れた。


「僕たち結婚することになりました!」

「えっ」


 ラスティンの言葉に、文字通り椅子から飛び上がった。彼は宣言した通り、戦争から帰りアルエルにプロポーズしたらしい。やるじゃないか、ラスティン……。


「これからもよろしくお願いします……お義父さん」

「誰がお義父さんだ、お義兄さんだろそこは」

「え、そうなの?」

「そうですよ、ラスティン。バルバトスさまは……ずっと私の兄でしたから」


 そこで私が号泣したのは内緒にしておいて欲しい。


 鞭を叩く音に我に返る。車輪が土を噛むゴロゴロという音が聞こえてきた。


「お前も頑張らないとね、バルバトス」


 隣に座っているマルタがニヤニヤしながら肘で突っついてくる。


「おばあちゃん! その話は……」

「おっと、そうだった。ちょっと配慮が足りなかったね」

「いや、問題ないぞ、マルタ。それよりも今後のことだ」

「そうですよねぇ。バルバトスさま……国王さまになっちゃうんですもんね」


 よっこらしょと荷物を下ろしたアルエルが、感慨深げに言う。そう、私はカールランド7世の後を継ぐ形で、国王になることになったのだ。正確には国王に担ぎ上げられた、というところだが。


 国に帰った私たちは国民に対して、今回の件を説明する必要があった。カールランド7世はある意味確かに有能な指導者だった。彼の治世で王国は繁栄し、人々の生活は豊かになった。ただその影にホウライからの搾取の影響があったことは、多くの国民が知り得ないことだった。


 私とレンドリクスは国に戻ると、王国の帳簿を調べ上げた。驚くことに国庫に入っているお金の半分以上が、ホウライから奪ったもので占められていた。それは国の重鎮たちでさえも完全に把握できておらず、カールランド7世がいかに独裁体制を敷いていたかの証拠とも言えた。


 私たちはそれを包みか隠さず、全て国民に公表した。結果としては短期間の間、国の中で混乱が生じた。自分たちの築き上げてきた繁栄が、他者を踏み台にすることで達成できたという事実に対し、嘆く者、王国を糾弾する者、ホウライへの支援を訴える者、自暴自棄になる者など、様々な対応が見て取れた。


 ただいずれも元王朝は存続すべきではない、という意味で世論は一致していた。そして彼らは新しい指導者を求め始めた。そして白羽の矢が立ったのが私というわけだ。


 カールランド7世を拿捕したこと。戦争を集結させ、多くの軍人を蘇生させ国に無事帰したこと、そして何よりダンジョン協会会長レンドリクスの影響力が大きかった。彼は私を英雄に仕立て上げ「バルバトスこそが、今後王国を導いていくに値する人物である」と喧伝して回った。


 1ヶ月もすると、それは最早回避できぬ既定路線として定着してしまった。私はその意見が出始めた当初から一貫して固辞し続けたのだが、それすらも「謙虚な人物だ」と受け取られ、ますます私への期待は高まっていった。


 私は国民にある案を提示するつもりだったのだが、既にそれは叶わぬほどの流れになってしまっていた。そこで私は考えを改めた。


 そして今日、新生バルバトス王朝の始まる日。戴冠式が行われる日の早朝に、私たちは馬車で王都ヘと向かっているわけだ。


 徐々に小さくなっていくダンジョンを、馬車から身を乗り出しながら皆が見ている。当然のことであるが、ダンジョンは閉鎖することになった。クルーには「国に帰ってもいいし、私の後継としてダンジョンを継いでくれてもいい」と言ったのだが、皆の返事は「ついて行きます!」だった。


 王都への旅は賑やかなものだった。アルエルを冷やかしたり、ダンジョンでの昔話をしていると、あっという間に王都へ到着した。もう少しゆっくり話したい気持ちを抑えて、私は馬車を降りる。


 周囲には多くの国民が詰めかけており、私は割れんばかりの歓声に包まれた。腕を上げてそれに応えながら、目の前にそびえ立つ建物を見上げる。


「久しぶり……じゃないのに、久しぶりな感じがします」

「あれから1年ほどしか経っていないなんて嘘みたいだな」


 口をぽかーんと開けて感動しているアルエルにそう返事をする。王都の中央に位置する円形状の巨大施設『闘技場』。あのときのことが、まるで昨日のことのように思い出された。


 戴冠式をするにあたって、私はこの闘技場を式場に指名した。ひとりでも多くの国民に戴冠式に参加して欲しいと思ったからだ。巨大な通用門を抜け、地下へと降りる。アルエルが「またあれを使うんですか?」と呆れていたが、いいじゃないか。あれかっこいいし。


「それでは起動します」


 係員の声にうなずく。装置がうなりを上げ、天井がゆっくりと開いていく。同時に足元の床がきしむような音を立てながら、ゆっくりと上昇していった。降り注ぐ太陽に思わず目を細める。先ほどよりもっと大きな歓声が辺りに鳴り響いた。


「これより新生バルバトス王朝、国王戴冠式を執り行う」


 数十分後、ようやく静まり返った闘技場に、元老院のひとりの声が静かにこだました。闘技場の中央には旧王朝の重鎮たちが整列している。真紅のカーペットが敷かれた奥には豪華な作りのテーブルがあり、その上に金色に輝く王冠と王笏が置かれていた。


 私はゆっくりとした足取りでそこへ向かう。会場の国民の視線が一手に集まっているのを感じ、そこでようやく自分のしていることの実感を覚えることができた。所定の場所に着くと、同じようにゆっくりとした動作で膝をつく。


 先ほど宣誓をした元老議員が、テーブルからやや仰々しい動作で王冠を掲げ、私の頭に乗せる。王笏を受け取ると慎重に振り返ると、天の太陽に向かってそれを振りかざす。と同時に、再び歓声がわぁっと沸き起こった。


 熱狂的に腕を振り上げる国民ひとりひとりに目を合わせるかのように、ぐるりと観客席を一望した。大きく息を吸って精一杯の声で、私は彼らに語りかける。


 私たちは長らく王という存在を受け入れてきた。王により守られ、王により導かれ、王により生かされる。それが当たり前だと思ってきた。


 本当であれば100年前……そう、ホウライ襲来の際に、私たちは違う道を選択することができたはずだった。だが我々の先祖はそれを選ぶことはなかった。それを責めることはできない。なぜなら生まれたときから専制政治下に置かれ、それがずっと以前から存在し最早変えることのできない真理であると思えるほどに、当たり前の存在になっていたからだ。


 そして今日、私たちは再び選択のときを迎えている。私たちは先達より良い選択を取らなければならない。私たちが進化しているのだと示すことこそが、彼らに対する敬意を表すことになるからだ。


 私は――私たちは自分の足で立つべきときがきた。王という絶対的存在に頼らず、自分たちで悩み、自分たちで決め、自分たちでその責任を負う。それこそが新しい形の国の姿だと私は思う。


 よって私はここに宣言する。


 新生バルバトス王朝は本日を持って終焉し、我が国は新しい時代へと踏み込むことを。

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