第98話「終わったの?」
私の下した決断。それを彼らに見せてはならない。
「アルエル、ここは私だけでいい。皆で丘の下へ行き、できるだけ多くの人を救ってやってくれ。まずは僧侶から――」
私はできるだけ手順を事細かく、彼女に指示する。アルエルは多少混乱しながらも、何度もうなずき私の話を黙って聞いていた。「さぁ、行け」と言うと、皆を連れ立って丘を下りていく。だがひとり、キョーコだけはその場を動こうとしない。
お前も行け、と目で合図を送るが、私の顔をじぃっと見つめて微動だにしない。この強情者め……。
私は呪文を唱える。カールランド7世の顔に、少しだけ驚きの表情が浮かぶ。だがすぐに口元を歪めると、小さな声で「王は……死なぬ」とつぶやいた。
いいや、この男は生かしておいてはいけない。カールランド7世にとって、国民も他国の人間も盤上の駒のようなものなのだろう。己の才覚を示し、欲望を満たすためだけの道具に過ぎない。
他者がどのような考えを持ち、どのような思いで行動したのかすら、彼には関心の対象外なのだ。そんな人間が人の上に立つことはあってはならない。そんな人間が国民を導けるはずがない。
それはこれまでの私であれば、決して下さない決断だった。いかなる理由であれ、このようなことが許されるべきことではないことくらいは理解していた。だがそれでもやらなくてはならないと本能が告げている。
もしこの場を取り繕って帰国したとする。その場合、王を説得しホウライに対する考え方を変えることができるだろうか? いや絶対にできない。彼はそんな言葉に耳を貸すような人間ではない。対立する人間は徹底的に叩き潰す、話し合いなどありえない。そんな人間だ。
呪文の詠唱を続ける。いつの間にか隣にキョーコが立っていた。もう一度私の顔を真っ直ぐに見つめて、ゆっくりとまばたきをする。不思議と迷いはなかった。彼女がそばにいてくれて、私のやるべきことを見ていてくれる。それだけで体の奥底から、力が湧いてくるように感じられた。
それはアルエルが魔力を分け与えてくれたときのそれに似ていた。でもちょっとだけ違う。アルエルは私を全肯定し包み込むような力だった。それに対しキョーコは……上手くは言えないが、私の手を取って共に一緒に進んでくれるような……そんな感じだ。
どちらが良いとか悪いという話ではなく、どちらも私にとってかけがえないないものだと思う……だが。
呪文の詠唱を完了する
今の私に必要なのは――。
魔法陣が鮮やかな輝きを放ちながら現れる。
やっぱり、きみの方なんだっ!!
フルパワーの『
凄まじい風が吹き荒れ、思わず両腕でキョーコを抱きかえる。
「ちょっ、ちょっと! 何してんの!?」
「黙ってろ! 吹っ飛ぶぞ」
「だからって……ひゃっ、変なとこ触らないでよ」
「なっ、変な声出すなよ」
「だって」
そんなやり取りをしていると、いつの間にか風は収まっていた。辺りを覆う土煙で、周囲は何も見えない。ローブでそれを払いながら、ゆっくりと前へ進む。圧縮された大量の空気で地面はえぐり取られ、大地には草すら残ってはいない。蘇生が困難なほどのダメージを与えたと確信する。
が。
前方で何かがうごめくのが見えた。咄嗟にキョーコを両腕の中に匿う。
「見るなっ!」
私がそう叫んだのも仕方がないことだった。そこにあったのは潰されかけ、かろうじて原形をとどめている王の首。それを血まみれになった腕……正確には腕だけになった物体が掴んでいた。周囲には臓物が飛び出した胴体。それらはまるで生き物のように動きながら、元の形に戻ろうとしていた。
「バルバトス……よ。もう一度言うぞ……王は死なぬ……ククク」
首はそう語る。腕がそれを胴にくっつけ、自らも元あった場所に収まっていく。もう一方の腕、足……身体のあらゆるパーツが、みるみる元通りに修復されていく。それはまるで出来の悪い映像を見てるかのような不自然さだった。
胃から酸っぱいものがこみ上げてくる感触を覚える。それをグッと我慢しながら、キョーコの身体をグッと抱きしめる。
最早……人ではない……。恐ろしいほどの寒気が身体を襲うが、それでも私はかろうじて理性を保ち続けることができた。それは腕の中にいる……彼女のお陰だったのかもしれない。きっと一人だと、この壁は超えられなかっただろう。
「派手にやってくれた……な」
王は既に立ち上がれるほどに回復していた。どう考えても先程よりも蘇生のペースが早い。王は自身の身体を擦りながら、腕を回してみたり首を左右に曲げてみたりしている。
「余の身体に埋め込まれた魔導器は7つ。その全てを同時に破壊しない限り、残った魔導器が魔法を発動。どれほどの損傷であろうと必ず蘇生する……」
王はわざとらしいほどの仕草で両腕を掲げると「このようにな」と私を見下すかのような視線を向けた。
だが私にとって、そんなことはどうでもいいことのように感じられていた。
「そうだ、思い出したぞ。その目。その余に対する嫌悪と哀れみの目。お前の父親、先代バルバトスも初めはそういう目をしていた」
……父。そう言えば父は王の手助けをしていたと聞いていた。
「しかしそれもいつまでも続かない。ダンジョンの生殺与奪が余の手の内にあると理解したとき、奴は従順な余の配下へとなったのだ。お前もすぐに分かる」
お前は父のことを何も分かっていない。父はとても優しい人だった。だから少しでも私やクルーたちの危険が及ぶことは避けたかっただけなんだろう。
「バルバトスよ、余を王国に連れ帰れ。そして余に絶対の忠誠を誓うのだ。さすれば今回の件は不問に付そうぞ」
父を侮辱されたことに対する怒りはあった。何度でも魔法を打ち込み、細胞ひとつたりともこの世に残らないほどにしてやりたいとも思った。だがそれではこの男と同じだと思い直す。
父は素晴らしい人だった。それは最も彼の近くにいた私がよく知っている。でもひとつだけ間違いを犯した。この男を野放しにしたことだ。無論、当時の状況下では仕方がなかったことなのかもしれない。だから私がここでそれをやらなくてはならない。
子は父を超えなくてはならないからだ。
呪文を詠唱する。王は「それをやれば取り返しの付かないことになるぞ」と言う。決して脅しではない、まるでそれが事実であるかのような口調。隣でキョーコが心配そうに私を見つめている。分かっている。分かっているさ。言葉には出さず目でそう言うと、彼女はコクリとうなずいた。
私は王を……この男を許すわけにはいかない。この男に国を任せていてはいけない。しかし殺すことはできない。私は――。
魔法を発動する。魔力が指先から放出され、一直線にカールランド7世の元へ向かっていく。彼は両手を大きく掲げ、目を見開き、自信に満ち溢れた表情をしていた。そうだ、そうだろう。彼は魔法に絶対の自信を持っている。どれほど強大な魔法であろうと、必ず生き残ると信じている。
それは私が彼を殺すと思っているから。
魔力が彼を包む。両腕を上げまっすぐ私を見つめて……カールランド7世は静止する。
『
彼の時間はこれからしばらく停止する。最早、指先一つ動かすことも、何かを考えるすらもできないだろう。私はこれからこの魔法を定期的に彼に掛け続ける。王国に帰ったらニコラにこの魔法を封入した魔導器を作らせる。彼は何が起こったのかすら分からないだろう。
永遠に。
「終わったの?」
ニコラの持ってきていた鎖で、念のためカールランド7世を拘束したキョーコがつぶやくように言う。私は「そうだな」と、短くそれに答えた。本当は終わってなどいないと思っていた。これからのことを考えると、むしろ始まったという方が適切だとも感じていた。
国に帰り、王の所業を糾弾する。だが目撃者は誰もいない。国民や国の重鎮たちは信じてくれるだろうか? 恐らく無理だろう。ひとりのダンジョンマスターが訴えたところで「はい、そうですか」とはならない。それほど甘くはないだろう。
しかしそれでもやらなくてはならない。ハクの元へ歩み寄り、彼の喉元に手を当てる。脈はなかった。例え敵対者であっても彼の証言があれば、多少はマシになると思っていたのだが。
「バルバトスさまっ!!」
アルエルが丘を駆け上がってくる。私の命令通りに、エルを中心に蘇生を続けていると彼女は報告してくれた。カールランド軍に僧侶が多かったので、後は任せておいても大丈夫だとのことだ。
よかった、と安堵しつつも私の心は晴れない。不思議そうに見つめるアルエルと、王を拘束したキョーコに、今後のことを話した。いつの間にかエルやラエ、チーロンたちも集まってきていた。彼らは私の話を聞いて「私たちも証言します。それなら」と力説する。
嬉しい言葉だと思う。だが彼らは言ってみれば私の身内。やはり説得力に掛けるだろう。せめて国の中でも力を持った人物が、事の詳細を語ってくれれば……。
「それならワシの出番かの?」
不意に背後から声が聞こえた。振り返るとそこに立っていたのは、ダンジョン協会会長レンドリクス。いつの間にそこに……と言うか、この戦いに来ていたのか……?
「無論、可愛いダンジョンマスターたちを戦場に送っておいて、ワシだけ影に隠れておくわけにはいかんからの」
「いや、しかし……。戦場にはいらっしゃらなかったではないですか」
「じゃが、現にワシが生き残っておったお陰で、お前の役には立てそうじゃろ?」
「役に……とは」
そう返したところでハッと気づく。証言者。そう会長なら証言者として十分な立場の人物と言える。そう考えると彼が身を隠し、全てを観客として見ていたことが正しいということになるのだが……。
「それにしてもいつから見ていたんですか?」
やや納得が行かず追求すると「無論、全てを、じゃよ」とニヤリと笑った。
「そこのダークエルフの娘が空から降ってきたことや、そこのお嬢さんと魔法にかこつけてイチャイチャしていたこともぜーんぶな」
「なっ! イチャイチャって!?」
「バルバトスさまっ、キョーコちゃんに何をしたんですか!?」
「って、アルエル。してない、何もしてないよ?」
「りょーちゃん、急に変なとこ触るんだもんなぁ」
「キョーコ! お前は黙ってろ!!」
まったく……。あー、暑い暑い。なんだか今日は妙に蒸し暑いな……。ローブをバタバタしながら、ふと隣を見るとキョーコと目が合う。彼女は頬を染めてプイッとそっぽを向く。
「ホッホッホ。なかなかお似合いではないか、バルバトス。お前もいい歳なんじゃから、そろそろ身を固めてはどうかの?」
会長の冗談に思わず突っ込みそうになる。だが……彼女は……。もう一度キョーコを見る。瞳を半分ほど閉じ、顔をややうつむき加減にして、彼女は少し悲しそうな顔をしていた。
私は空を仰ぐ。
本当にそうなればいいのに。
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