第97話「白夜の栄光」

「……陛下っ!?」


 思わず上ずった声になってしまう。彼が生き返ったことに驚いているのではない。現代では蘇生自体は極当たり前のことだ。無論、遺体の損壊が激しかったり、それこそ燃やされ灰になってしまうような状況であれば、生き返らせることは困難になる。


 だが魔法の研究が進み、陛下のように首をはねられただけであれば、高位の僧侶プリーストでなくとも、比較的簡単に蘇生させることは簡単になった。だから私は陛下が殺されたとき驚きこそしたが、事態を収集した後、問題は解決できると思っていた。


 だから私が驚いていたのはそこではなく「誰が陛下を蘇生したのか?」という点だった。陛下が殺されたとき、彼の周りには数名の従者がついていたのみだった。その者たちも全てジンによって殺害されていた。周りには当然僧侶はおろか、魔法を使える者も残ってはいない。


 一瞬「もしかしてあれは影武者であって、本当の陛下は無事だったのではないか」と思ったのだが、陛下の首筋には赤黒く濁った血がこびりついており、切断された箇所はくっついてはいるものの、やや浅黒くその跡が残っている。


 混乱している私の心情を察したのか、陛下はおかしそうに笑う。「バルバトスが驚いておるのも無理はない」と首筋をさする。クックックと肩を揺らしながら、私の顔を横目で見る。全身で笑いを堪えているようにしているのだが、その目だけは氷のように冷たかく思えて、私は思わず身震いする。


白夜の栄光キング・オブ・キングス


 陛下は目を細めハクに突き立てられた剣を抜く。


「この魔法の名前だ、バルバトス」


 今何と言った……? この魔法、だと?


「そう、魔法だ。ホウライの魔法が肉体を強化するように、この魔法も肉体そのものにかけられ作用する」

「いや、しかし、それは……」

「ありえない。そう言いたいのだろう」


 その通りだ。魔力というのは生きている人間の体内にのみ存在できる。だからホウライの魔法が術者の肉体を強化することはあったとしても、死んだ時点で肉体からは魔力は消え、いかなる魔法であっても効力を持つことはない。


 例えば肉体以外に魔法を蓄積するようなものが……蓄積……。


「気づいたようだな。そう、魔導器。正確には魔力蓄積装置。余は体内にそれを複数埋め込んでいる。それには常に余の体内から魔力が注がれており、それが途切れたとき強制的に体内への魔力の供給を始めるようになっているわけだ」


 そのようなものの構想はかつて存在したことがあると聞いたことがあった。だが実際に実用化されており、理論通りに機能するということまでは知らなかった。今は伸びているニコラが聞いたら、よだれを垂らしそうな話だな。


 しかしそれならそれでよかったのかもしれない。陛下が健在なら、他のことを優先すべきだ。丘の下は相変わらず靄がかかっており、はっきりと見ることはできないが、恐ろしいほどに静まり返っている。それから察するにホウライ軍、連合軍、カールランド軍は既に瓦解しているのだろう。


 ここは一刻も早く戦場へ駆け戻り、まずは全軍の中から僧侶たちを優先的に蘇生する。彼らを使って、できるだけ多くの者を蘇生しなくてはならない。そのためにも陛下のような存在が必要だ。


「陛下っ!」


 私が振り返ると、カールランド7世は引き抜いた剣を手に、横たわっているハクをじっと眺めていた。私もその状況に彼の命が既にないものだと思いこんでいた。だが、一瞬ハクの口元が小さく動いた。胸がゆっくりと上下し呼吸しているようにも見える。


「生きている!? アルエル、薬草の残りはまだあるのか?」

「はい、バルバトスさま。残り少ないですが」


 腰に付けたポーチからアルエルが薬草の束と包帯を取り出す。ホウライ兵には蘇生や治癒は効かない。だが薬草が持っている本来の治癒能力なら、多少は効果があるかもしれない。


 駆けつける私をカールランド7世が手で制する。「陛下……?」戸惑う私に一瞥もくれず、陛下は苦々しい顔でハクを睨んでいた。


「まだ生きておったか……この死にぞこないめ」


 剣を大きく振り上げる。


「陛下っ、お止め下さいっ!!」


 叫びながら駆け寄る。だが間に合わない。頂点に達した剣先が、音も立てずにハクへと振り下ろされ……彼に当たる寸前で止まる。驚いた顔の陛下の隣に、いつの間にかキョーコが立っていた。陛下の手を握り、剣の動きを封じている。


「貴様……ホウライの皇女、アリサだったな。何をしている?」

「うちの魔王が止めろと言っている。あたしはそれを忠実に実行しただけだ」

「バルバトスが何故、余を止める? この者は反逆者なるぞ」


 それは確かにそうなのだが……それでも傷を負って、死にかけている者を殺すことを看過できるわけがない。ハクが罪を犯したというのであれば、おってそれを償わせればよい。この場で処刑のような形で殺すことなど、例え王であっても許されることではない。


 できるだけ丁寧に言葉を選びながらそう告げる。カールランド7世は無表情でそれを聞いていたが、やがて「もういい、離せ」と剣を手から離す。それに合わせてキョーコも手を引いた。


 踵を返し、二歩、三歩と歩いたのち、カールランド7世は立ち止まった。ゆっくりと振り返ると私の顔をまっすぐに見据える。それはあのとき、王都で見た顔――感情のない、おおよそ人が見せる表情ではないものだった。


 再び背筋にゾクリとした悪寒が走る。この王には何かが欠けている……人としての大切な何か。そんなことが理屈抜きで理解できたような気がした。


「バルバトス」


 カールランド7世の声にごくりとツバを飲む。


「100年前の大戦のことはもちろん知っておるな?」


 黙ったままうなずいた。


「彼の国は大陸を席巻し……我が王国、カールランドをも支配下においた」

「ですが陛下、彼らはもう十分にその代償を払っていると――」

「代償だとっ! 彼らがしたことがそんなものだけで償われたとでも!? そんなことはありえない! 彼らはこの世に存在する限り、償い続けなくてはならないのだ」

「しかしそのような考えこそが、今回の事態を生み出したのではないですか」

「そうだ、その通りだ。私は甘かった。もっと徹底的に潰しておかなくてはならなかった」


 片手を腰に回し、逆の手を握りしめながら熱弁を続ける王の言葉は、確固たる信念を持って発せられているように聞こえた。それは曖昧で、他人の意見に左右されるようなものではなく、どんな状況でも――例えば今現在のような逆境に置かれても変わらぬものに思える。


「二度と我がカールランドに逆らえないほどに、再び大陸へ侵攻しようとなど微塵も思えないほどに、完膚なきまでに叩き潰しておくべきだったのだ」


 続けて発せられる言葉に、私はそれを肯定することはできないと思った。確かにカールランド7世は、我が国の王だ。だが非常に危険な男でもある。ジンやハクのしようとしたことは間違っていたのかもしれない。けれどその状況を作り出したのは、カールランドを始め、連合軍たちの行ってきた弾圧と搾取の施策の影響もあるのではないか。


「バルバトスさま……」


 いつの間にか隣にアルエルが立っていた。その周りにはサキドエル、エル、ラエ、チーロン、剣士四人組などもいる。私はこれからひとつの決断をしなくてはならない。これまでよりももっと重く、そして残酷な決断だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る