最終話 ケイトウのせい
~ 八月二十四日(金) 化学、保健、情報、英語、歴史、古文、家庭 ~
ケイトウの花言葉 色褪せない恋
クーラーの効いた日帰り合宿所。
夏の勉強に最適な、おしゃれな新築一戸建て。
いつかはこんな家に住んでみたい。
そう思わせる、独立独歩をこの上なく促す環境で。
「という形で、おじいちゃんはピンチを乗り切ったの」
「……はいOK! あとは、印刷するだけ~」
「しゃべるだけで、どんどん宿題が終わってくの。真面目にやって来た今までがバカみたいなの」
音声認識装置。
自動レイアウトソフト。
それらを自在に使いこなすまーくん。
この三種の神器におんぶに抱っこで。
あっという間に宿題を片付けていくのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、羽ばたく翼のようにセットして。
その頭上には。
ニワトリのトサカのような、ケイトウを束で植えていたので。
俺は、朝も早くから。
悪ふざけが過ぎるおばさんに説教することになりました。
ひだひだのお花がぎゅぎゅっと丸くぼんぼりに咲いたケイトウ。
俺は綺麗だと思うのですけど。
これを頭に挿した穂咲曰く。
「脳みそが出てきちゃったみたいなの」
……そんなこと言わないで。
大丈夫。
まったくそんな風に見えないから。
だって。
入ってないものが出て来るはず無いのです。
「しかし、穂咲がベッドに脳みそを置いてくる日が続いたので、絶望的だと思っていたのですが。なんというチート装備なのでしょう」
「チートなんて言うなよ。そのうちこれがスタンダードになるさ。だって俺が小さな頃はさ、シャーペンや携帯は学校持ち込み禁止だったんだぜ?」
「たしかに。辞書とか、全部持ち歩いたのですよね?」
そんなの、重くてしょうがない。
信じがたいお話です。
とは言いましても。
世間で一般的に使われる道具を勉強に使わないことは。
ナンセンスだとは思うのですが。
これはちょっとやりすぎのような気がします。
だって、日記の英語訳については。
自動翻訳ソフト使ってましたからね。
「穂咲ちゃんは滑舌がいいし、ゆっくりしゃべるから変換しやすい」
「へえ。機械が認識しやすいってことなのですか?」
プリンターから吐き出された提出書類を掲げて。
満足そうに鼻を鳴らす穂咲を指差しながら、まーくんに尋ねると。
「お前さんだって、ゆっくり話す英語なら分かっても、一気にまくしたてられたら
意味分かんねえだろ」
「なるほど、そういう理屈ですか」
おっしゃる通り。
誰だって、慣れていない言葉を理解するには。
ゆっくりはっきりしゃべってもらわないと困るのです。
……あれ?
じゃあ、ひょっとして?
ここ数日ずっと悩み続けていた謎。
その答えが、ようやく見つかったような気がします。
俺の膝の上で。
まーくんのそばに行きたくて、いつものイヤイヤで暴れる小悪魔ちゃん。
そんなひかりちゃんに。
俺は、ゆっくりと。
そして優しく話してみました。
「パパは、お仕事してるの。お仕事の、邪魔をするのは、良くない事です」
「おしおと? じゃんま? めー?」
「そう。邪魔は、めーです」
「……いいこは? どれ?」
「静かに、俺と手を繋いでいるのが、いい子です」
「そーする!」
もぞもぞと、膝の上で俺の方を向いたひかりちゃんが。
俺の指をぎゅっと握ってくれたので。
右へ左へぷらんぷらんさせると。
きゃーきゃーと、楽しそうに笑い始めました。
難しいことも。
ゆっくり話したら分かってくれた。
「やばい。ひかりちゃん可愛い。マジ天使」
「現金な奴だな」
まーくんが苦笑いでこちらを見ていますけど。
でも、ぐっと親指を上げて。
俺の成長を祝福してくれました。
さて、そんなまーくんは。
穂咲と共に、次の宿題へ取り掛かります。
古文の現代語訳は。
問題文をスキャンして、変換ソフトにかけたのですが。
どうにも変換がおかしなところが多いらしく。
穂咲が、意訳したものをマイクに向けて話しながら修正していきます。
……でも。
修正前のまま出した方が良かったのでは?
だって平安時代に終電を気にする人はいないでしょうし。
あと、シャワーは借りれないと思いますよ?
しかもね。
俺が訳した限りでは。
そんな大人向けな恋愛ドラマじゃ無かった気がするなあ。
「うはははは! すげえ面白くなった! いいじゃんいいじゃん! ……でもさ、穂咲ちゃん。お前どんだけ宿題残してるんだよ、無計画だな。俺みたいに、計画と実践が当たり前のようにできる大人になれよ?」
「うう、はいなの」
心から反省している様子の穂咲ですが。
計画と実践、どちらも出来ていなかったですものね。
しかし、計画と実践とはいい言葉なのです。
それが当たり前に出来てこそ大人なのか。
まーくんの事、見直してしまいました。
「……でも、それを穂咲に教えるためには甘やかしちゃダメだと思うのですけど」
「しょうがねえだろ、明日から一泊旅行なんだから。道久君も宿題終わらせて、計画的に準備しとけよ?」
「はあ、ここでも計画ですか。……で? どこに行くのでしたっけ?」
「まだ決まってねえ」
「無計画っ!」
……さすがまーくん。
値上がりした株が、一瞬で大暴落です。
そんなまーくんのへらへらした笑い顔を。
ひかりちゃんの手をゆーらゆらさせながら、半目でにらんでいたら。
マイクに感動的なハッピーエンドを吹き込んだ穂咲が。
椅子を跳ね飛ばして立ち上がりました。
「終わったのー! 道久君ばっかずるいの! あたしもひかりちゃんと遊ぶの!」
「こら。家庭科の宿題がまだです」
「それは旅行中にやるからいいの」
「……終わらなくても知りませんよ?」
俺の膝から、ひかりちゃんを取り上げて。
先ほどから熱心に段ボール箱へ穴をあけていたダリアさんの元へ走ると。
ひかりちゃんと一緒になって、穴に紐を通して遊び始めたのですが。
でも、俺もあんまり偉そうなことは言えないのです。
実は訳あって、家庭科の宿題終わっていないのですよ。
とは言えひとまずは。
「本当にありがとうございました。穂咲の宿題、今年は諦めていたので」
「いいってことよ。可愛い姪っ子のためだ」
まーくんは、穂咲が創作した恋愛ドラマを印刷すると。
一枚一枚確認しながら話を続けます。
「……それに、ひかりのためでもあるわけだしな。ありがとうな、あいつに楽しい思い出をいっぱいくれて」
「お礼を言ってくださるのは嬉しいのですけれど。大きくなったら忘れちゃうのではないですかね。実際、俺は二才の頃の記憶なんか無いですし」
二才どころか。
三才まで手掴みでご飯食ってた記憶なんか、まるで無いのですから。
そんな俺のつぶやきに。
ニヤリと笑ったまま、返事もしないまーくんなのですが。
代わりとばかりに。
穂咲が俺に話しかけてきたのです。
「変な道久君なの。覚えてないの?」
「君に言われたくないですよ。なんでもかんでも忘れちゃうくせに」
「覚えてるの」
「ウソおっしゃい」
「だって、泣いたらパパが必ず来てくれたの」
君が、いつものタレ目で俺を見つめながら言った言葉が。
俺の胸に、深く突き刺さりました。
ほんとだね。
なんでだろう。
二才の頃の記憶。
君に、イチゴを取り上げられたこと以外何も覚えていないというのに。
泣いたら、おじさんがそばに来てくれる。
……それだけは。
はっきりと覚えているのです。
不思議なもので。
どう考えても、母ちゃんが来てくれた回数の方が多いはずなのに。
俺が泣いたとき。
そばに来てくれるのは、おじさんな気がする。
どうしてだろう。
いや。
考えるまでもないか。
……優しさって。
きっと、いつまでも忘れないものなのでしょうね。
「ねえ、ひかりちゃん。俺の事、覚えていてくれるかな?」
そう、心からの願いを口にすると。
俺をじっと見つめていたひかりちゃんは。
小さく。
こくりと頷いてくれました。
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 13.7冊目♪
おしまい♪
……
…………
………………
ひとつの約束。
俺に小さく頷いたひかりちゃんが。
にへっと笑いかけてくれると。
俺は、胸がいっぱいになって。
瞳を潤ませながらまーくんへ視線を向けました。
するとまーくんは、ゆっくり頷いて。
今度は穂咲へ微笑みかけるのです。
優しさのキャッチボール。
みんなの胸で、風船のように膨らんだ幸せは。
最後に、穂咲が俺ににっこりと微笑みながら。
「ぴかりんちゃん、道久君の事なんか忘れちゃうに決まってるの」
ずたずたに割り裂いてしまうのでした。
「最悪っ! ……いや、確かに、そこまで楽しい思い出を作ってあげることが出来たとは思えませんが」
「思い出とかじゃなくって、小さい頃の事なんか、忘れちゃうに決まってるの」
「君はほんとにさあ。俺を落として落として、どこへ連れて行く気なの?」
じゃあ今までの会話は何だったのさ。
「だってあたしなんか、これのことも思い出せないの」
穂咲はそんなことをぶつぶつと言いながら近付いて来て。
ポケットに入れっぱなしだったせいで。
少し折れてしまった写真を撮り出します。
そこに写っているものは。
黄色の濃淡だけで描かれた波のようなもの。
「ああ、金ぴか写真な」
「違うの。金ぴかの中に赤いのがあると、綺麗なの」
「この写真のどこに赤色が写ってますか」
俺が口を尖らせると。
穂咲がぷくうと膨れますけど。
ほんとに何を言いたいの?
ひかりちゃんの言葉より分からないのです。
「なんだそりゃ?」
そんな、タコとフグの大決戦を割るように。
まーくんが顔を出して、写真を手にします。
「俺たちにもさっぱり分からないのです」
「あたしんちのアルバムにあったの」
「穂咲ちゃんの家に? この日付………………。ああ、思い出した」
え?
俺が穂咲と同時に。
目を丸くさせながらまーくんを見上げると。
「連れてってやったじゃないか、湖畔のキャンプ場に。その日付だな」
湖畔のキャンプ場?
まーくんが連れて行ってくれた?
……まったく思い出せませんが。
でも、そういう事ならば。
俺は穂咲と顔を見合わせて。
こくりと頷きました。
「それより、明日っから行く場所決めねえとな。どこに行きたい?」
「「そこ!」」
俺と穂咲は。
目を白黒させた、まーくんが持つ写真を。
同時に指差しました。
次回、秋立13.9冊目は恒例、スペシャルバージョン!
2018年8月25、26日連日公開!
題して、
『金色の海に浮かべた花は色褪せて』
どうぞお楽しみに♪
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 13.7冊目♪ 如月 仁成 @hitomi_aki
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