姉には姉の猫がいた③

 強くて優しいケープライオン。


 姉はそんな彼女のことが大好きだった。



「多分もう、どこにもいないんだ…」



 終わりに姉はそう言った。

 そうして寂しげに語る姉を見てればわかる、寿命かなにかで先立ってしまったのだろうと。


 しかも“多分”というのは、姉がその最後に立ち会えなかったことを意味している。


 恐らく誰にも言わずひっそりと姿を消し、誰も知らないところで一人逝ってしまったということだと思う。


 大勢に愛された真の百獣の王は孤高にこの世を去ったのだと。


「しんみりしたね… つまんないだろ?」


「そんなことないよ、面白かった… っていうのもなんか違うけど、だから姉さんは俺の姉さんになってくれたんだね?」


 こんなに寂しげな表情の姉は初めて見た、でも姉さんだって感情を持っているんだ。


 笑ったり怒ったりすることもあれば、泣くことだってあるだろう。


「まぁね、あの時のねーちゃんの気持ちはこんな感じだったのかなってさ?シロのこと気に入ったのもあるし寂しそうで放っておけないのもそう、だからもっと遠慮なく頼れよ?ねーちゃんが着いてるからな?」


「はい、姉さん」


 これで話は終わり、そろそろ起きよう。

 というかいつまで膝枕してもらってんだよっつー話だ。


 この状態に慣れるのもどうかと思うし。


「ありがとう、もう大丈夫」


 体を起こし小さく礼を述べると、俺は姉に背を向けたままぐるりと肩を回し首を鳴らすと大きなあくびを一つ。


 そのままなにも言わず立ち上がろうとした時だ。


「なぁシロ?」


 姉は少し俯きがちに俺を呼び止めた。


「ん?」


 振り返り向かい合うように座り込むと目を合わせぬままこんなことを尋ねられた。


「ねーちゃん… よく私に言ってたんだよ?“海の向こうにオレより強いヤツがいる”って、それでいつかその子を見付けて闘いたいから探しに行くのがねーちゃんの夢なんだって…」


 海の向こう… パークの外とという意味?いや別のエリアという意味か?


 一度姉が黙ったので、俺は「うん」と小さく相槌を打った。


「そしたらいつしかねーちゃんは急に私の前から姿を消した… いつまで経っても帰ってこなくてずっと不安で、だから最初はもう会えないなんて信じられなくてさ?でもきっとそう、海を渡る術なんてないから… ねーちゃんはもうこの世にいないんだと思った、私よりずっと前からフレンズだったみたいだしさ?」


「…」


 姉の雰囲気に飲まれ返事もできなかったが、正直俺もそう思っている。


 そう、百獣の王ケープライオンのフレンズは死んだんだ。


 でも…。


「でももしかしたらさ?あのねーちゃんのことだしさ?本当に海の向こうまで行ったりしたのかな?いやわかってるんだよ私も、でもさ?何も言わずに行くことないじゃん… ねぇシロ?私は間違ってるかな?家族って最後まで一緒にいるもんだろ?」


 無論、俺もそうだと思う。


 ただ母は幼い頃に俺と父を置いて先立ち、俺自身も父の元から離れてパークにいる、だから「そうだね」ってハッキリ答えにくいと感じている自分がいる。


 ケープライオンはなぜ姉さんを置いて消えた?皆に看取られてもよかったじゃないか?


 わからない、俺にはわからない。


 一人になるのも誰かを一人にするのも。


 わからないから、俺からは言えることはこれくらい。


「姉さん… 俺は当時のことハッキリ思い出せないくらい小さい時に母さんを亡くしたし、父さんのことも置いて来てしまった、もう会えないかもしれない… でもだからこそ姉さんがいてくれて俺は嬉しいんだよ?ケープライオンさんがなんでそうしたかは俺にもわからないよ?強いフレンズだから弱ったところを見せたくなかったのかもしれないし、なんらかの方法で本当に海を渡ることができたのかもしれない…」


 互いに目を合わせようとはしなかった、姉は俯き俺はあらぬ方を向いて話していた。


 静かな部屋で、姉弟二人はポツンと座り込み話をしていた。


「きっと最後の時が来たら俺達にもわかるんだよ?姉さんがわからないのと同じで今は俺にもわからない、家族を置いて一人になろうとするなんてさ… だけど姉さん?」


 この時やっと二人で向かい合うと互いの目を見た。

 差し込む夕陽で照らされ、姉の潤んだ瞳がユラユラと幻想的に見えていたのがやけに印象に残っている。


 そしてこの時約束をしたんだ… とても大事な約束。


「もしも姉さんが一人で俺やみんなを残していなくなったとしても、俺は姉さんのこと見付けるまで絶対諦めないから」


 そうだ。


 これ以上家族は離れてはいけない、俺達は家族だ。


 例えその時に姉さんがそれを望んでも、俺は姉さんを探しだしてやる。


 必ずだ。


「えへへ… なんだよ真剣な顔して?ねーちゃんをドキッとさせたな?罰として今夜は抱き枕になってもらおう」


「え!?抱き… いやちょっと待って!?それ待って!?」


「アハハハハ!冗談だよ?カッコ付けてるからからかったのさ?そうだ、やっぱりシロはその方が可愛いよ?」


 その晩抱き枕にはならなかったが、翌朝姉さんが俺に覆い被さり上から見ると十字になっていたとツキノワさんが笑いながら起こしてくれた。 







 結局姉さんも同じだったね?俺達を置いて一人でいなくなろうとしてさ。


 でも約束通り見付けたよ、参ったか。



「ケープライオン、姉さんの姉さんだったフレンズか…」


「おや… ボーッとしてるかと思ったらそんなことを考えていたのですか?というか知っていたのですね?」


 昔のことを思い出しついボソッと呟いた言葉を助手に聞かれてしまった、隣ではなんとか脱出しようと簀巻きにされた若いケープライオンがくねくねと動いている。


 そんな姿を眺めつつ当時の真相を助手に尋ねた。


「昔ね、聞いたことあったなって… 姉さんに会わせたのは助手達なんだって?」


「えぇ、図書館にいれば様々な情報が入るのです… あのフレンズがあれで困っている、あっちでセルリアンが出た、向こうに変わったものを見付けた、そしてサバンナでフレンズが暴れている… と」


 姉の噂を聞いた二人は当時のケープライオンに言ったそうだ。


『サバンナに気性が荒く暴れている子がいて皆恐怖に震えているのです、恐らく大型肉食動物の類いなのでお前が適任なのです』


『大型猫科の可能性が高いのでその時は百獣の王の会で面倒を見るのです、フレンズとしての秩序を学ばせ正しい力の使い方を覚えさせるのです』



 この感じも懐かしいな?ちっちゃいけど博士は確かに長だった。


 ところでその当時に百獣の王会議でリーダーをしていたのはそのケープライオンということだろう、助手からの詳しい話によるとメンバーにはケープライオンのほかにアムールトラ、キングチーター、それにヒョウと黒ヒョウなどがいたとか。


 ちなみに馴染みがある世代として姉の同期にジャガー姉妹、少し先輩にサーベルさん、そしてかばんちゃんが一度海に出た頃現れたのがホワイトタイガーさんなのだそうだ。


 ん?じゃあホワイトタイガーさんはかばんちゃんより年下なのか、なるほどどうりで人付き合いが不器用だと思った。


 世代交代が相次ぐこのご時世、一人だけ残ってくれている理由はそういうことだ。


 さておき。

 ケープライオンの失踪後には当然新しいリーダーを決めなくてはならなくなった。


 平原の城は尤も強く統率力がある者が任せられる。


 当時の王達はケープライオンがいなくなったことで自分達の終焉が近いことも悟っていた、なので今後は若いフレンズにリーダーの立場を任せ隠居するか教育係になると決めていたらしい。


 そして票は満場一致、皆ライオン姉さんがリーダーになることを支持した。


「私も現場に居たのではなく聞いた話なので詳しくは知らないのですが… やはりケープライオンにずっとくっついていたライオンは頭一つ抜けた実力があったそうです、その頃には物腰も落ち着き皆を纏め上げる素質の片鱗も見えていました」


「なるべくしてなった… って感じかな?」


「ただ本人はケープライオンの失踪からくる不安で辞退しようとしてたのです、サーベルタイガーに譲ると言い出したそうですが… サーベルタイガーはハンターとしての仕事もあったので城に籠ることはできないと」


 最終的には皆の猛烈なプッシュとケープライオンの意思を継ぐことに使命感を感じたのか姉さんはリーダーになることを承諾、城を任され平原を守る百獣の王となった。


 やがて三人のフレンズ… オーロックス、アラビアオリックス、ツキノワグマがそのカリスマ性に導かれ部下になる。


 ちなみに師匠とは丁度その頃に会ったらしい、平原でセルリアン大掃除をしたときに師匠が遅れてやって来たそうだ。


 それから姉さんの話では「ライオンーッ!勝負だぁーッ!」と単身突撃してきてはオーロックスさんとオリックスさんに阻まれ2対1になり追い返される日々。

 だんだん頭数を増やして攻めてくるが戦略もなにもあったものじゃない突撃であることに変わりはないので、結局姉さんのとこまで届くことはなかったとのこと。


 我らがかばんちゃんがくるまではね?


「それでシロ?この子はどうするのです?」


 助手と共に未だにジタバタと脱出を試みるケープライオンを見た。


 助手の「どうする」… とは、百獣の王の会で面倒を見るのかあるいはということだろう。


「おいチビ!これを外せ!」


「冗談じゃありませんよ!博士を食べる気でしょう!?そこでイモムシのようにしているといいのです!ベーッ!」


 博士… べーっと舌をだす仕草がなんと似合うこと。


 こうしてケープと博士のやり取りがなんだか微笑ましく見えるのは俺が孫までいる歳まで生きたからだろうか?のほほんと見てられるほどおとなしい子じゃないんだがな。


 さて“どうする”… か。



 ねぇ姉さん?姉さんならどうする?



「ケープ?おいケープ?」


「あぁ?オレか!?」


「そうだ、手を出さずにちゃんと話せるならそれを解いてやる… どうだ?」


 一度黙るとまたジタバタと暴れたが、拘束がどうやっても解けないとわかるとやや悔しそうにそれを承諾してくれた。


 いいんだ、暴れるならまた縛り上げればいいのだから。←得意気


「よしいい子だ、ちょっとは頭冷えたか?」


「チッ!仕方ねぇ、今のオレじゃあテメーには勝てねぇのはわかったからな」


 よしよしちゃんと話せるじゃないか?さっきはフレンズになったばかりで力に酔ってたんだなきっと、絶滅種は元の記憶なんて無いだろうし。


「経験の差だ、いいかケープ?お前はフレンズになったんだ?ただの獣じゃない、それはわかるな?」


「あぁ!2本足で歩けるし力も湧いてくるぜ!」


「そうだ、考えるのもやりやすくなっただろ?その頭で考えろ、お前がやりたいことはなんだ?誰かを傷つけることか?」


 少しは冷静になったのか、ケープは一度黙り目を閉じた。

 今まさに自分のやりたいこと、すべきことを己の心に聞いているのだろう。


 それこそがフレンズになった獣の強味だと思う。


「わかんねぇ」


 だがケープにはその答えが出せなかった。


 まぁ無理もない、そんなに簡単に己のことを決められるような人はそう何人もいないんだ。

 ましてやフレンズ化して間もないであろう彼女からポンと返ってくるようなものでもないだろう。

 

「でも会わなきゃならねぇ、行かなきゃならねぇ… そんな風に体が動くんだ?どこ行きゃいいのか誰に会えばいいのかなんてわかんねーのにだ… だから片っ端からケンカしたんだ?そうすりゃきっとそこに辿り着くって思ったからな」


 へぇ?なるほどな、それでヒートアップしてフレンズぶっ飛ばしまくってたのか。


 ならばOK答えは出た。


 ライに任せようかと考えていたが、アイツはまだ誰かの姉をやるほど立派なもんじゃないし… ここはしっかり我が家で基本を教育することにしよう。


 尤も、この分なら理解は早そうだが。


「わかった、じゃあとりあえず腹減ってるか?ごちそうしてやろう」


「あぁ?いらねーよ!」


「いいから食ってけ?旨すぎて感動させてやるからな?」


 決めたよ姉さん、この子に俺からしてやらなくちゃならないこと… できること。





 食事を与えると初めての料理に偉く感動し何度もおかわりをしていたのがどこか可愛らしかった、これには家族のみんなも思わず笑っていたほどだ。


 あんまり荒れてたんで始めはどうなるかと思ったが、博士とは案外気が合ったのか憎まれ口を互いに叩きながらも仲良くやっているように見えた。


 同じ食卓で飯を囲めば皆家族さ。



 それから緊急集会を開き一応各王達に紹介しておいた。


 案の定ライとはケンカになったが、さすがに生まれたばかりのケープでは敵わなかったようだな?あっさりとまでは言わないがそこには確実に力の差があった。


 俺が鍛えたんだぁ?ドヤァ


 これでケープも世界の広さみたいなものを知っただろう。



 それからさらに数日後。



「じゃあ、これからゴコクに行く… いいか?」


「なぁ、そこには何があるんだ?誰がいるんだ?」


「お前と同じ感情を抱いているであろうフレンズさ?尤も… 彼女も既に代替わりしている可能性があるけど」


 うちに引き入れたってよかったんだ、姉さんが先代ケープに、そして俺が姉さんに拾ってもらったみたいに。

 それと同じように俺とライ達が新しく生まれたケープの面倒見てやるのもよかったとは思う。


 でも、海を渡りたいって先代の夢… そんな強い想いみたいなものが世代を越えてすら形を残していた。


 北のバーバリライオン、南のケープライオン。


 その昔、母も加わっていたらしい百獣の王の一族という集まり… 俺がやってるやつの大元だと思うが。


 それを率いていたのがバーバリライオン、そしてそのライバル… あるいは相棒としてケープライオンがいたと聞く。



 二人は元々一緒にいたんだ。


 なのになんらかの理由で島を跨いだ。



 先代ケープはゴコクにいるバーバリライオンらしい気配を海を挟んでも感じ取っていた、会ったこともないライバルを遠く離れたところですら意識していたんだ。


 恐らくこれはバリーさんも同じように感じていたことだと思う。


 そして今、このケープにもその想いだけが引き継がれている。


「最後に聞こう、向こうに行く気はあるか?もしお前がこっちの方がいいと言うならそれでもいいんだ、どうする?」


 本人の意思。

 それを最後に尋ねた。


「いや、行くぜ?そいつに会いてぇ!会わなくちゃいけねぇ気がするんだ! …でもよー?」


 行くのは心に決めたらしい、しかし俺に一言物申したいようだ。


 でも会話できるようになったなんて成長だよな?聞こう。


「あんたの作るメシ、また食いてぇな」


「なんだそんなことか?お安いご用だ」


 おいおいなんだ?可愛いところあるじゃないか?いいとも望むなら作ってやるさ?





 俺がこの世に存在している間はな…。





 家族を置いたたった一人の最後か。


 絶対おかしい、一生理解できないって思ってたのに…。



 意識してみると、なんとなくわかってしまうもんなんだな。




おわり

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猫はしばしば夢を見る 気分屋 @7117566

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