姉には姉の猫がいた②

 姉は昔、まだフレンズ化間もない頃はこんなに柔らかい性格ではなかったそうだ。

 気ままで取っ付きにくくておまけに腕っぷしも立つので、嫌われるまではいかずともサバンナでは皆怖がってしまい避けられていたらしい。


 あの姉さんが?と流石に耳を疑ったものだ、おおらかで人懐っこい姉さんが?と。


「ただ素直じゃなかっただけなんだけどね?」


 と簡単にその真相を語る。


 尤もフレンズに見境なくケンカを吹っ掛けるみたいなことをしていたわけではない。

 ただ当時の姉は今みたいによく笑う人ではなく、なんだかいつもしかめっ面で睨み付けるような目をしていた為周りのフレンズが近寄りたがらなかったのだ。

 その上昼寝の邪魔をするセルリアンを片付けたりする姿があまりに荒々しいので皆その姿に恐れを抱いたというわけだ。


 そんなぶっきらぼうだった姉はある時、セルリアンから逃げまとうフレンズをたまたま気紛れで助けることになった。


 単にたまたま目に付いたのだそうだ。


 つまり正義感とかでなく、セルリアンは邪魔だしあぁして目の前で泣き叫ばれてはおちおち昼寝もできない、それに何もせずフレンズが食われるのを見るのは流石に寝覚めが悪いとかそんな理由で助けに入ったのだ。


 その時セルリアンは数体いたらしいのだがそれをあっさりと薙ぎ払いまるで単なる作業みたいに片付けが済む。

 そして姉は先ほどまで逃げ回り腰を抜かしていたフレンズを見た。


「どんな顔してたと思う?」


 と姉は俺に尋ねる。

 どんなって?安心したとかそんな感じだろうか?助けてくれるなんて意外といい人ですねー?なんて言われていそうだと俺は簡単に答えてみせた。


 でも違う、真逆だ。



「あ… あ… あぁ…」


「おい、助けてやったんだぞ?なんだその目は?」


「ご、ごめ… ごめんなさ…」


「礼くらい言えないのか?それともあのまま食われたかったのか?」


 姉が余程恐ろしい戦闘でもしていたのかそのフレンズは酷く怯えていたらしい。

 姉が何を尋ねたところで会話にもならず、そのフレンズはただひたすら怯えて続けていたそうだ。


「いやぁぁぁぁ!?」


 とやがて大きな悲鳴を挙げながら彼女は姉の前から姿を消した。


「なーんか、ちょっと傷付いたんだよねあの時… 別に群れるつもりもなかったんだけど、怖がらせるつもりもなかったしさ?でもどーせ私は一人が似合うさ?ってカッコつけてたんだよ… 意地張っちゃって」


 完璧な姉さんだけど、俺みたいに一人寂しい時期があったのか。

 そういうとこを思えばちょっと俺と似てるな~なんて、昔の姉を知ってる人から見れば俺達は義理とは言え姉弟らしく見えているのかもしれない。


 それで…。


 そうした姉の孤独な日々が当たり前に続いた。


 飯食って昼寝して憂さ晴らしにセルリアン倒して、また気紛れでフレンズを助けても同じように怯えられ…。

 そんなことを繰り返しているといつの間にか姉の噂が悪い意味で一人歩きし始めていたらしい。


「いつも機嫌の悪い暴力的なフレンズがいるってね?根も葉もない噂さ?みんなに気に入られようとしてたわけじゃないけどセルリアンから助けてるのに悪者呼ばわり、だんだんそれに加えてジャパリマンをとられた~とか噛みつかれた~とか身に覚えのないようなのまで付いてきてね?あっという間に悪者だよ、流石に悲しかったな…」


 フレンズにもそういうのあるんだな…。

 

 誤解とは言え姉さんがそんな風に言われていたなんてあまりいい気分にはならない、正直聞いてて腹が立つ自分もいる。

 

 自分の境遇に重ねて勝手に共感してるだけかもしれないが、過ぎたこととは言え話くらい聞けよと感じてしまう。


 ノケモノはいないんじゃなかったのかよ。


「おいおい?なんだしかめっ面して?昔のことだよ、誰が悪いって話でもないし」


「そうだけど… やっぱり嫌だよ、そんなのひどすぎる、なんで姉さんがそんな風に…」


 そう言うと姉は「優しいねぇ?」と満面の笑みを浮かべながら俺の髪をグシャグシャと雑に撫でくりまわした、やはり笑顔の姉が一番しっくりくるというものだ。


 そのまま姉の両手は俺の頬を覆うと親指で軽く円を描く、まるで顔をマッサージでもされている気分でどこか心地好い。


「でも… ここからだよ?もちろんそのままでいるはずがないんだ」


 そう言うと姉は膝枕の状態のままグッと俺の顔を覗き込み、同時に両手に力を入れて俺の頬をぎゅっと潰した。


「うぇっ!?」


 ビックリした、チューされるのかと思った。


 っと続きだが…。

 そんな姉の悪い噂を聞きつけフレンズが一人現れたらしい。


 そして彼女こそが後に姉の姉になるという人物。


「その時にねーちゃん… ケープライオンと初めて会ったんだ~?」


 懐かしむ顔は先程から笑みを浮かべているが、その目は既にいないであろう人を思い出し悲しんでいるようにも見えた。


 現れたケープライオンは姉に言ったそうだ。


「ようようお前かー?怖いフレンズってのはよ?ハハハ!確かに目付きわりーな?」


 発言に悪気が無いのか笑いを溢しながらそう言ったケープライオンに対し、姉もまた普段通りに悪態を付いた。


「昼寝中だ、話しかけんな」


「まぁ聞けよ?オレはケープライオン、お前もライオンだろ?昼寝ならオレも混ぜろよ」


 そう言われても鬱陶しいから来るなって姉は言ったそうだ、でもケープライオンは堅いこと言うなよ?って勝手に隣に寝転んできたらしい。


 なんだかおかしなヤツが現れたなって内心困惑したと姉は言う、普段はみんな自分を恐れて避けているのにこのケープライオンというやつはわざわざ距離を詰めてくるのだから。


 隣に寝転んだままケープライオンは姉に尋ねた。


「なぁお前?なんで一人なんだ?つまんねーだろ?みんなで遊んだりすればいいじゃねーか?」


「関係ないだろあんたには」


 まるで学園ドラマの熱血先生とヤンキー生徒みたいなやり取りをしてたんだな… なんて俺は思っていたんだが、次にケープライオンの言ったらしいセリフには少々ゾクッと感じた。


「いやあるぜ?噂を聞いて図書館の博士達がオレになんとかしろって頼んできたからな」


 図書館… 博士…。

 

 それは当時では姉も聞きなれていない言葉だったが、とにかくケープライオンが何をしに来たかは理解できた。

 こいつは自分を倒しに来たのだ、自分は害悪とみなされた… なんとかしろというのはつまりそういうことだと。


 博士達がけしかけたって?俺にはそれが信じられなかったが、パークの長である以上脅威に成り得るものを放っておけなかったということなのかもしれない。


 そしてその時はさすがの姉さんも焦ったって。


 でも噂は噂だ、本当にみんな困をらせたことなど無いつもりだった。

 そりゃ自分はこういうやつだから怖がらせることはあったかもしれない、でも傷付けたことなどない、気紛れとは言え誰かの為に戦ったことだってあったのだから。


 だからまさかこうして刺客が送られてくるなど思いもしなかった。


「おいおいなんだ?やる気か?殺気立ってどうした?」


「お前私を始末しに来たな!その博士とかいうやつに頼まれて!私は悪いことなんてしてない!勝手に変な噂が広がったんだ!私はなにもやってない!でも信じないんだろ?黙ってやられるほどバカじゃない!」


 やられるくらいならやってやる。


 開き直り立ち上がるとすぐに臨戦体勢に入った、隣で寝転んでいたケープライオンもそれを見ると気だるそうに立ち上がり目を爛々と輝かせる姉と対峙した。


「思い出してみてよく考えたらさ、ねーちゃんは“懲らしめにきた”なんて一言もいってないんだよ?もう少し冷静でいりゃあ良かったんだけどね?」


 と姉は当時のことを気恥ずかしそうに俺に語る。


 結果から言うと…。



 返り討ちにあったそうだ。




「昼寝しねーのか?」


「するさ!お前をぶっ飛ばしてからな!」


 野生解放で一気にケリを付ける予定だった、当時の姉だって決して弱くない。

 だがケープライオンはその更に更に上をいく手練れだった。


 姉の繰り出す攻撃の数々は避けられ止められなされてどれも決定打に至らない、次第に疲労する姉に対しケープライオンは息一つ乱れず不適な笑みを止めない。


「やるなぁ!いいぜお前気に入った!」


「チッ!クソッ…!」


「ほらどうした!オレをぶっ飛ばさねぇと昼寝できねーぞ?」


「このッ!」


 容赦の無く振り下ろされたはずの爪は届く前に止められ、次の瞬間腹部にいいのを一発もらい姉の体は宙に浮き上がる。

 と思えばすぐに追撃の回し蹴りが入りそのまま地に着く間もなく木に体が打ち付けられてしまう。


 何度やっても姉の攻撃は届かず、とうとう立ち上がるのも困難になるまで追い詰められた。


「はぁ… はぁ…」


「立てるか?上等だぜ根性あるな?」


 やっとの思いで立ち上がるが今にも膝をついてしまいそうな姉、そんな姉にケープライオンは手を差し伸べた。


 だが姉はそれが疑問で仕方なかった、何故わざわざ手を貸すのか?やるならやってしまえばいい、癪な話だが手も足も出ないのは十分にわかったのだから。


「なんで…?」


「ん?」


「なんで手なんか貸すのさ…?」


 ボロボロになりながら訪ねた。


 ケープライオンはまた笑いながら言った


「オレは“なんとかしろ”って言われてんだよ、戦うのは嫌いじゃねーけどぶっ飛ばすんならぶっ飛ばせって頼まれるだろうからな?でもいいな~お前?マジで気に入ったぜ」


 この時、彼女の言っていた「なんとかする」の意味をようやく理解することができた。

 恐らく博士達は人付き合いを教えてやれという意味でそう伝えたんだろう、いざ話にならないとき対応するために腕利きのケープライオンに依頼したんだ。


 もしかしたら、サバンナの荒くれ者と聞いてライオン種であることも予測した上での依頼だったのかもしれない。


「で、まだやるか?やるんならオレも今から本気出すからな?そんでオレが勝ったらライオン、お前はオレの妹になれ!」


「はぁ?」


「いいから全力でこい?受け止めてやる!」


 本当に唐突で話を理解できなかった、でも妹になれだなんて今まで一人で暮らしていた姉の胸にじわりとくるものがあったのも事実。


 言われた通り全力で、がむしゃらに、そしてまっすぐケープライオンに突撃。


 そしてその瞬間。


 姉に姉ができたのだ。



「そしたら“ねーちゃんと呼べ!”ってさ?右ストレートでカウンターされて見事に返り討ち、にしてもいきなり妹になれだなんて言うもんだからビックリしたよ?」


「いきなりなのは姉さんも同じじゃない?」


「アハハ確かに!イヤだった?」


「そんなことないよ、ありがとう」


 姉はそのまた姉から強い影響を受けているが、もしかしたら本来こういう性格だった姉をケープライオンと関わることでやっと引き出すことができたのかもしれない。


 そうしてケープライオンの妹になることで姉の世界が雲に晴れ間が差すように変わっていった。


 まず何でもかんでも睨み付けるクセを叩き直されてその代わりによく笑うようになった、そうして笑顔が増え印象が柔らかくなることで悪い噂の誤解が解けていき友達もたくさんできた。


 ケープライオンは博士達の依頼通り姉をフレンズとして教育し人付き合いを覚えさせ、大きな群れプライドの中に引き入れた。


 強くて快活、おおらかで器がでかい。


 そんな姉を百獣の王に仕立てあげたのはケープライオンという姉の姉だったのだ。


 彼女はある時姉に尋ねた。


「お前はただ寂しくて不貞腐れてただけだ、ねーちゃんがいりゃあ寂しくねーだろ?どうだ?」


 とても嬉しかったそうだ、ずっと感じていたモヤモヤが寂しさだと気付いたって。

 

 自分のことを自分でだんだんと理解し、変わるというより本来さらけ出すべき自分を見つけることができた。


 精神面だけじゃない、ここまで強くなれたのもケープライオンが鍛えたからだ。


 ただケープ自身が戦うことが好きだった為、姉はそれに付き合わされ自然と戦闘力が付いてきたという感じらしい。


「ねーちゃん強かったなぁ… 今だからだいぶ力が付いたけど正直まだ勝てる気がしないんだよねぇ?ヘラジカよりもずっと強い、思い出しただけで背中が痛いもん」


 ところで俺は姉さんと師匠に手も足も出ない訳だが…。

 その姉さん達よりも遥かに強いってなんだろうか?スペックぶっ壊れてませんかね?チートキャラじゃん。


 なんて。


「私じゃ一生勝てないね… そう一生」


 この時姉はどんなに頑張っても追い付けない背中… そういう意味で言ったのかもしれない。


 でも何故だろう。


 まるでどんなに強くなったとしてももう会うことすらできないことを悔やんでるみたいにも聞こえた。


 実際それほどの存在であるにも関わらず姿が無いというのはつまりそういうことなのだと思う。


 姉や師匠を超える実力者がセルリアンに遅れをとるとは考えにくいが、あるとしたらよほどの理由があるのだろうし、話を聞く限りそれでも何とかしてしまいそうとすら思ってしまう。


 だから多分、そういうこと。


 

 何故今はいないの?



 そんなことは流石の俺にも聞けなかった。

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