狗敷村
唖魔餅
少年Rを襲った悲劇
私は自分の名前が嫌いだ。
この名前を私につけた両親が憎くて仕方がない。
私は物心付く前から両親の顔を見たことがない。
なぜならば、私が2歳の頃に双方の浮気で両親が離婚し、育児放棄した母親に児童養護施設に捨てられたからだ。
児童養護施設での生活はこの両親が付けた名前のせいでいじめられ、苦痛の日々だった。
何度も何度も玩具を取られ、食事を泥で汚され、寝るときも外で寝ていた。
全てはあいつらに付けられたこの忌々しい「名前」だけのせいでだ。
私はそのような地獄のような児童養護施設での生活に限界を迎えるのも、時間の問題だった。
私は憎き両親が「私」を生んだ時と同じ18歳という年齢になったその日、わずかなお金と荷物をまとめて皆に黙って児童養護施設を出た。
ただ、その時私を育ててくれた実の親よりも親らしい、育ての親たる児童養護施設の先生方のことを思うと胸が痛んだ。
しかし児童養護施設を出た私は勉学や運動、そして技術といった「取柄」が何もなかった。
何よりもあの呪われた名前が影響し、案の定仕事に着くことができず、すぐにお金が尽きてしまった。
当然住むところもなく、面接官に名前のことを馬鹿にされ続けた私の心は壊され、自殺することにした。
幸いにも、私には恋人も家族も友人がおらず、心配してくれる人はいないと思っている。
それでもやはり育ての親のことを思うと胸が痛むが、私は生まれてくるのが間違いの人間だから仕方がないのだ。
ただ、私が死ぬことで憎き両親の遺伝子が途絶えることになると考えると、それだけでも心がスカッとした。
私は偽名を用いて、闇金から多額の金銭を借り受けると、早速自殺の準備に取り掛かった。
子供である私が借金をすれば、親に迷惑がかかると考えたからだ。
私はお金を借り受けると、新幹線から路線電車、バスといった移動手段をフル活用し、その日のうちに私は目的地である「私の最後の場所」に着いた。
そこはおそらく誰も住んでいないであろう「
村は何らかの飢饉で捨てられたのか、田んぼは干上がり、雑草は伸び放題と荒れ果てていた。
さらにあちらこちらに倒壊しそうな建物は廃墟当然と言い雰囲気で屋根には苔でびっしり覆われていた。
私はこの寂れた場所で死ぬのがふさわしいと考えた。
早速、私は建物の損壊がもっとも少ないところへ入った。
それでも、木が完全に腐り果てており、あちらこちらに蜘蛛の巣が張っていた。
さらにトカゲやネズミといった生き物がおり、黒い昆虫が何匹もそこにおり、生理的嫌悪感を加速させた。
しかし、それ以上に生理的嫌悪感があった。
それは人間だった。
それも三人もいた。
だが、全員返事をしないし、動作や呼吸も行わなかった。
そう、彼らは死んでいるのだ。
その内、二人は既に白骨化しており、綺麗な骸骨になっていた。
一人は最近死んだのだろう、中年の男性の遺体であった。
ただ、死体はとても見られたものではなかった。
彼の体は色が既にゾンビのように変色しており、異臭を放ち、眼球はどろりと垂れていた。
おまけに彼の体を白い蛆があちらこちらに湧いており、今なお彼の体を貪欲に貪っていた。
その食べられた後からは本来流れるだろう赤い血は流れず、白い骨が疎らに見えており、そこからは濁った液体が流れていた。
普通の人間であれば悲鳴をあげて逃げ出すか、警察に追放する、あまりの嫌悪感に吐き出すといったことが考えられた。
不思議と私は吐き気がしなかった。
これから私も彼の仲間になるのだから。
私はこんな状況になっても、楽に死ねる方法を考えていた。
私は地面にいた虫共払いのけ、まずは一番楽に死ねるであろう方法を実践した。
それは睡眠薬を一瓶に入っている物を全て飲み干すといったやり方だ。
私はそれらを飲み干すと、数分後に強烈な睡魔が襲ってきた。
それをほくそ笑んだ私は届かないであろうが、最後に憎い両親のことを思い、こう声をあげた。
「私を生んだ両親よ!お前らの欲に駆られた末にできた子は今より朽ち果てる!先に地獄で待っているぞ!」
私は盛大にそう叫ぶと、意識を失った。
しかし、私は死ぬことができなかった。
私が目を覚ましてしまうと、信じられない光景が目に広がった。
そこは蝋燭が数本立っており、ゆらゆらと辺りを照らしており、古い民家のようであった。
ただ、私が居る場所は辺り一面壁に覆われており、出られるような場所ではなかった。
私はあまりの状況に唾を飲み込むと、中央の一本の剣に目が留まった。
「七支刀」だ。
これが何故ここにあるかはわからなかった。
私は近づいて、それを見ることにした。
すると、剣はその刀身に何かを映し出した。
それは紛れもなく私の生い立ちだった。
早速、私の赤ん坊だった頃の様子がカメラのフィルムのように映し出された。
当然、そこには私を生んだ憎き両親がそこにいた。
私はすぐにでも彼らを殺しに行きたかった。
奴らが私にあのような名前をつけなければ、私は自殺等しようと思わなかったはずだからだ!
やがて、まだ子供の精神であった両親はお互いに浮気をし、離婚した。
親権は母親が取得したが、すぐに児童養護施設へと捨てられた。
「ままどこいくの?おいていかないで!」と泣き喚く幼き私を捨てた母は泣きも笑いもせず、ただゴミを捨てるように黙ってどこへ行った。
その後、私は児童養護施設で育てられた。
ここで二つの映像が刀身に映し出された。
いじめに耐え切れず、自殺する見たこともない自分と堪えているあの時自分だ。
その時、いじめに耐え切れず死んだ自分を見た育ての親である児童養護施設の先生方のみならず、よく不思議と話した同じ孤児の子が見えた。
私はいたたれなくなったにその場から離れたい気持ちになった。
次に映ったのは18歳の頃の自分だ。
このとき、私は、見ては、いけない、ものを、見て、しまった。
それは、ここで、自殺した、今の、私と、逃げた、後の、私だ。
あそこで死体に臆した私は、その場から立ち去った。
しかし、ここで戻っても、闇金の暴利とも言える借金が残っている。
だが、そのお金で改名することができたそうだ。
私の新しい名前は「太一」と普通の名前になるようであった。
「太一」のその後人生も枝分かれしていた。
名前を変えたことで、ようやく雇われたアルバイト先の人間関係に悩んだり、暴利が原因で自殺未遂したりと大変であった。
しかし、それでも「太一」は普通の人間としての人生を謳歌できたのだ。
中でも以外であったのは、「太一」が結婚したことだ。
「太一」は両親を憎み、結婚をし、子孫を残したいと考えていなかった。
けれども、「太一」は結婚したのだ
自分のとは、真逆に。
「うわあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
私はとうとう叫びだし、その場から逃げ出した。
しかし、それは阻まれた。
私の目の前には怪物がいたからだ。
そいつはこの世のどんな生物にも負けないぐらいの大きな体躯をしており、全身は金色の毛で覆われた狛犬のような怪物であった。
だが、そいつの腹部には眼球が無数にあり、顔には顔らしいものがなく、大きく引き裂けた下品さが感じられる口だけが代わりにあった。
足はムカデのように無数にあり、そこには
私は恐怖のあまりその場から動けなくなった。
そいつは下品な口を開き、こう言ってきたのだ。
「汝の名前は
それは紛れもなく私の名前であった。
私は驚きと、そして怒りといった感情が複雑にドロドロに溶け合ったものが喉元に溜まった。
「ほう、やはりそうか。朕はこの地に治めし、宙より来た神。『狗敷』だ」
私は何を言っているのか、わからなかった。
だが、目の前の怪物が明らかにこの世のものではなかった。
「そう、険しい顔なさるな。朕は汝が魂を救いにきたのだぞ?」
私は何も言っているのか、わからなかった。
この怪物は何をしているのか、さっぱりわからなかったのだ。
「ほう、どうやら気づいていないようだな。貴様は既に死んでいる。謂わば、ここは朕が作った魂の檻だ」
その言葉に驚いた私は自らの体に触れてみた。
私の体は、冷たくなっていた。
「ようやく気付いたか!」
化物は真っ青になる私の顔を見て、大笑いした。
そう、私は自殺に成功したようであった。
このとき、私の中に芽生えてはいけない感情、言葉が生まれた。
(もっと生きたい)
この瞬間、私は恐怖が全身を支配されてしまった。
「ほう、よい表情だ!その恐怖で強張る表情こそ食べ応えがあるものだ!」
「い、嫌だっ…殺さないで…」
私は殺されるのが、嫌がる子供みたいに言ってしまった。
すると、化物はますます笑い出し、
「ガッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!自ら死を選択しておいて何を言うか!そのような愚か者のために朕は『運命の分かれ道』を見せてあげたのだ。もしも、あの時ああしていれば…という奴だ。過去のことを後悔していても、仕方があるまい。だが、未来はどうだ?未来のことなど誰にもわからないであろう!」
と言い、大きな口から長いグロテスク臓器のような舌をだした。
私は必死で逃げようとしたり、抵抗したりとした。
しかし、それらは全て無駄に終わった。
私は長い舌で絡みとられ、そのまま奴に食べられた。
その時、「死にたくない」など「生きたい」等と喚いていたが、これが自殺した者の末路だろう。
私の魂は怪物の腹へと入り、肉体は朽ちていくのを待つだけであった。
◆□
日本のどこかにある「自殺の名所」と呼ばれる「狗敷村」。
そのあまりの不気味さに誰も近づかない。
しかし、自殺志望者たちは来るものが絶えない。
そこにあるもっとも損壊がない建物は怪物の胃袋のようでもあるとも言われている。
その建物で警察が捜索中の少年を発見したという。
少年の遺体はとても見られたものではなかった。
彼の体は色が既にゾンビのように変色しており、異臭を放ち、眼球はどろりと垂れていた。
おまけに彼の体を白い蛆があちらこちらに湧いており、今なお彼の体を貪欲に貪っていた。
その食べられた後からは本来流れるだろう赤い血は流れず、白い骨が疎らに見えており、そこからは濁った液体が流れていた。
その姿はまるで消化中の食べ物ようだったという。
狗敷村 唖魔餅 @343591
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