08 デートか鬼探し

 かにしんはその日の朝、最寄りの警察署に行き自首した。


 結局、蟹江について地理の牛島が話していた噂は大体合っていたようで、地元ネットワークは恐ろしい。

 供述によれば、パワハラで野球部からの実質的追放が決まった日の夜、退勤した蟹江は交際相手に暴力を振るい、警察を呼ぶと言われて逃走。かつてよく自主トレしていた河原に来ると、そこで中塚に遭遇した。

 河原に面した中塚の家の縁側に招かれて麦茶を飲み、悩みを打ち明けようとしたが、中塚は自分の部活話と自慢話しかしない。苛々を募らせながら帰り際にガレージを通ったとき、中塚は蟹江にこう言ったという。


「うまくやってるんだろ? まあ水品みずしなと同じようにやれば問題ないわ。

 とにかく、俺に恥をかかせるなよ」


 蟹江はそれで、激昂した。

 その場で中塚を殺し、中塚の車で死体ごと逃走。山中のダム湖に車を落として市街地まで戻り、ネカフェで西鵬せいほう理事会に提出する言い訳文書を書いていたという。

 ダム湖からは車と六発殴られた中塚が引き揚げられた。

 暴力を振るわれた交際相手は骨にひびが入る怪我をしていたらしく、蟹江はまじでクズだ。殺人容疑で取り調べが始まったことを聞いてから、交際相手は被害届を出したという。取調室でそれを聞いた蟹江は、なんでだよ、嫌いでやったわけじゃねえよ、とぎゃんぎゃん泣いた。交際相手の名前を呼んで直接話したい電話させてくれとわめき続け鼻水を垂らして、まあお巡りさんもドン引きのきったねぇ光景だったわ。



 何で私がそんなの見てたんだって?


 それはつまり、





 * * *




「怒るところじゃないだろ。ていうか、毎回そうしてるだろ、定期試験の度に」


「だって意味がないじゃん」


 二学期中間試験が終わり、採点と答案返却も済んだこの日、私は久し振りにあらたちゃんと顔を合わせていた。

 新ちゃんは頭が固いので、私に手を出さないし、試験期間中は会いもしない。お前が鬼か。何度でも聞きたい、なぜ私の在籍する高校に赴任した。バカじゃねえの。


「忘れないでほしいんだけど、新ちゃんのその試験期間ルール守ってんのは単なる私の好意だかんね! 私はね、いつだって出られるんだよ、新ちゃんが試験問題作ってるその場にも試験中の教卓の上にも採点中の背後にも、どんな鍵を掛けた密室でも!

 こちとらなんだよ機動力なめんな」


「うん、でも言えばりょうは約束守ってくれるだろ」


「はー。前に試験中呼び出してきたことがあーりーまーしーたあー」


「あれは悪かった、本当に」


「どうせ私は都合のいい女ですよーだ」


「言い方……」


「その通りじゃん」


 ぷーっとふくれて見せると、新ちゃんはちょっと苦笑する。ずるい。きゅんとする。ああずるい。惚れた方がけなんだよな。約束された敗けだ。ちくしょう。


 昼過ぎの病室で、私はカーテンのそよぐ窓際に座っている。横の椅子には新ちゃんが座っており、私たちの前のベッドには

 以前私が鬼の目として割と大きめの事故を起こしたというのが、これだ。無理な夢見が祟って目覚められなくなった。

 新ちゃんはそれで、おじいちゃんからこの世の終わりのような叱られ方をした。鬼の目を使い潰すようなやり方しかできないなら鬼切には相応ふさわしくないと。その怒り方が半端じゃなくて、おじいちゃんちの離れはリアルに崩壊。今でもクレーターっぽくなってる。

 けれどもおじいちゃんには予想できなかったのだ。私が、身体は目覚めないまま生き霊として鬼の目をやれるということ。そうするために新ちゃんから私に、鬼祓いの名指しの機能が移っていること。それ自体が新ちゃんのとんでもない能力の大きさを示しているということ。私とだけは双方向の会話ができること。

 そして、そんな例外的な運用を続ける他には、私が目覚める可能性もないということも、私たち二人しか知らない。

 眠りからいつか再び浮かび上がる力を得るために私は、新ちゃんが祓った鬼の角を喰べ続けている。


「今回の角、サラダせんべい的な味だったわ」


 いつもの嘘を言うと、新ちゃんもいつも通り取り合わなかった。


「どんな感じ。顔色は悪くないみたいだけど」


「もう一押し、いつ目が覚めても不思議じゃないって先生は言ってる」


「そうか。もうちょっとかな」


「生き霊のままの方がいつでも新ちゃんと話せて楽なんだけどなあ」


 早く目覚めないとお母さんが心配するだろ、と新ちゃんは言う。私が事故って以来、お母さんは新ちゃんを人殺し扱いしているというのに、長年の恩があるからとずっと礼儀を保ってくれている。

 実際、生き霊の私としょっちゅう会っているんだからわざわざ病室の本体を見に来る必要もないんだけど、新ちゃんはこうして定期的にやって来る。私が生き霊になって新ちゃんの側にいることを知っている人は他にいないから、来なければ来ないで薄情なんだって。面倒くさいよね。


 はーあ、と私は息を吐いて背中から窓の外に落っこちた。平気だ、私に重さはないし、飛べるもん。

 窓の外をふよふよと漂いながら私は、新ちゃんデートしよー、と言った。しょっちゅう一緒に出歩いてるだろ、と返事があって、あれは鬼探しじゃん、と私が答える。これも、いつものやり取り。


 まあいいんだけどね、鬼探しでも。二人っきりの狩猟みたいで、私は気に入ってるよ。

 単方向シンプレックス同士の組み合わせで、うまくやっていこうぜ。

 とにかく新ちゃんと一緒にいられるなら、私は何でもいいんだから。



 で、次は?

 どんなのいた?





(了)


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GHOST & SIMPLEX 鍋島小骨 @alphecca_

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