カップうどんが消えた日

つとむュー

カップうどんが消えた日

 二◯二△年。

 カップうどんが消えた。

 売上低迷で東日本での販売から各社が撤退し、ついにカップうどんは西日本でしか手に入らなくなった。


 その一年後。


「おーい、孝ィ~。今からお昼?」

「なんだ恵か。今すごく貴重な時間を過ごしているんだ。邪魔するなよ」

「貴重な時間? って、ただのカップうどんじゃない。孝もそれ買ってきたの?」

 なぬ? ただのカップうどん……だと?

 今、恵はそう言ったよな。

 これは許すまじき愚行。伝説のカップうどんへの冒涜だ。

「見ろ! これは一年前に販売中止になった伝説のカップうどんだ。そのストックもこれが最後の一個。賞味期限が今日だから、これからじっくりと味わうのだよ」

「えっ? そうなの……?」

 恵は一瞬たじろいだ。俺は自分の顎に手を当てる。


「今、お湯を入れたばかりだから、これは最後の五分間だ」


 すると恵はクスクスと笑い出した。

「なにをオーバーな」

 オーバー?

 おいおい最後の一個なんだぞ。もうこのカップうどんは二度と食べられないんだぞ。

「恵はわかってないな。どうせ西日本に行けば買えると思っているだろ?」

「えっ? ええ、まぁ……」

「それが素人なんだ。カップうどんの味は東日本と西日本で劇的に違う」

 すると恵は目を丸くした。

「そうなの?」

「地域によってうどん作りや好みが違うように、カップうどんの味も異なっているんだよ」

 そう言う俺もテレビの受け売りだが。

「まず、スープの色が違う。東日本は濃くて西日本は薄い。これは使われている醤油の量や質が異なるからだ」

 恵は俺の説明に圧倒されている。納得するのもあと少しだろう。

「当然、味も違う。西日本のカップうどんには魚介エキスや砂糖が多く使われている。鰹だしと醤油がメインの東日本に比べて、魚介系のちょっと甘めの味付けなのだ」

 すると恵は時計を気にし始めた。

 なぬ? 俺の説明が退屈になったというのか?

 では聞くがいい。衝撃の結論を!

「つまりだな、カップうどんが西日本だけの販売になったということは、東日本用の味付けは全滅したということだ。もう、このカップうどんは二度と食べられないんだ!」


「ストップ!」


 いいところで恵が遮る。

 そして恵は、バッグからカップうどんを取り出した。

 それはなんと――

「お、俺のと同じ伝説のカップうどんじゃねえか! 一体それをどこで手に入れた!?」

「ちょっと待って孝。今、お湯を入れるから」

 素早くビニールと蓋をはがし、お湯を入れる恵。

 カップうどんの蓋を閉じて俺を向く。

「近所のスーパーで売ってたよ。復刻版だって」

 なぬ、復刻版が出たのか!?

「蓋にも書いてあるわ。鰹だしと醤油もマシマシだって」

 むむむ、そんな東日本特別バージョンが発売されたとは。

「それに関東人に合わせて三分になったんだって。孝の説明、途中で遮ってゴメンね。でもこれで一緒に食べられるよ!」

 恵はとびきりの笑顔でタイマーを三分にセットした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カップうどんが消えた日 つとむュー @tsutomyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説