冬の休暇は甘さと辛さを合わせて? 18
◇◆◇
大勢の客人が招かれていても、ひとたび広間から離れればそこには静寂が広がっている。
ライルはコーディアをサロンへと連れて行った。
あらかじめ使う予定だったのだろう。暖炉には火が入っている。
暖かい部屋の中なのに、ライルはコーディアを自分の腕の中に閉じ込めるようにゆるりと抱きしめる。
盛装をしたライルはどこからどう見ても自信に溢れた貴公子で、コーディアは彼を見上げては先ほどから心臓を無駄に騒がせる。
「こういうことをするのは初めてなのだが……どうしてもきみと二人きりになりたかった」
これまでとは違いライルは少し積極的になったようだ。最近これまで以上に自身の胸の内を明かしてくるようになった。
「で、でも……ライル様が不在だと、いろいろとまずいのではないでしょうか」
「両親がいるから大丈夫だ。それに……」
ライルが言葉を区切る。
コーディアは小さく首を傾ける。
「私たちが婚約者どうしなのは周知の事実だ。二人で姿を消せば察するものもあるだろう」
「ライル様……」
言外に二人きりでいちゃついているのをわざわざ邪魔しに来る人間もいないだろうなどと言われるとなんて答えていいのかわからなくなる。
まさかライルからそんな直球が飛んでくるなんて思いもしなかった。
(わたしが恋愛小説の登場人物のようになるなんて……)
思い出すのは最近読んだフラデニア産の恋愛小説。恋人同士の語らいの場面。
なんだか今の状況と似ているような気がする。
ライルの腕の中に囚われたこの状況だけで体温が上がってしまう。
コーディアが緊張に体を火照らせているというのにライルはいたって平静のまま。
彼はコーディアの胸元に視線を落とした。
「薔薇、つけてくれてありがとう」
そう言うライルの胸ポケットにも同じ色の薔薇が刺さっている。
「いえ……」
食事中周りの客人らの視線を受けて恥ずかしかったが、それでも胸の奥では嬉しかった。
彼とおそろいのものを身につけることができるのは自分だけだと思うと心が沸き立つ。
「コーディア、改めて伝える。私の妻になってほしい」
ライルは胸ポケットの薔薇を取り出し、コーディアの前に差し出し、片膝をつく。
以前も同じように彼はコーディアに求婚をした。
「ライル様……」
「ずっときみだけを愛おしく思っていく。私の側に居てほしい」
ライルはコーディアの手の甲に恭しく口づけを落とした。
コーディアの胸の奥が高鳴る。
「ライル様……わたしも誓います。わたしも、ライル様だけを愛おしく思います。……この先もずっと」
コーディアはそっと目を伏せた。
立ち上がったライルは再びコーディアの背中に両腕を回す。
暖かな視線がこそばゆい。
冷静沈着な彼だけれど、コーディアには優しい眼差しを向けるようになった。
「あの。求婚は以前にもしていただきましたので……改めて言われると照れてしまいます」
至近距離が恥ずかしくてコーディアはついそんなことを言ってしまう。
ライルはコーディアの手に口づけを落とす。
片方の腕はしっかりとコーディアの背中に回されたまま。
「私は、ごっこ遊びだったとはいえ昔別の女性に求婚をしてしまった。数で勝った方がいいとかそういうことでもないのだが。もう一度改めてやり直したいと思った」
「あ……それは……。この前はつまらないやきもちを焼いてしまい申し訳ございませんでした」
「いや、きみが嫉妬をしたのは私のことが好きだからなのだろう?」
しっかりと顔を覗き込みながらライルは問うてくる。
「え、あの……」
口元をあわあわさせるがライルの視線に観念するようにコーディアはこくんと首を下に向けた。
相変わらずの近しい距離でのやりとり。
ライルはコーディアを離す気はなのだろう。
二人で寄り添っているととても温かい。
「なんだか恥ずかしいです」
「どうして?」
「だって、暖かい部屋なのに二人ぎゅっとくっついているなんて。寒ければぎゅってしてても許されるんじゃないかしらって思ってしまうので」
結婚前なのに、適切な距離感ではないと叱られないだろうか。
けれども適切とかそういうことを抜きにして大好きな人のぬくもりを離したくないから寒いからなんて言い訳を持ってきたくなる。
「次は暖炉の火は最小限にしておく」
ライルが大真面目に言うからコーディアは小さく笑ってしまった。
二人は離れようとはしない。
互いに離れがたく思っている。
言葉が無くても二人が同じような気持ちであることは伝わってきて、コーディアはそのままライルを見つめる。
ライルの眼差しが心地よい。彼の灰茶の瞳から熱が伝わってくる。
コーディアは目を逸らすことなく彼の瞳の奥に吸い寄せられる。
どれくらいの時間だったのか。二人はどちらからともなく顔を近づける。
そっと目を閉じると唇に暖かな感触を受ける。
それが口付けだとわかるが、コーディアは瞳を閉じたまま。ライルにすべてを任せるように少し体を傾けた。
きっと恋の物語の主人公たちもこのような気持ちだったのだろう。
互いに離し難く、熱を求め合うように唇を絡ませ合う。
星の瞬く日の出来事だった。
二人きりの夜はどこか罪悪感があり、けれどそれが蜜のように甘くて。
コーディアとライルは互いに好きだという気持ちを交換するように何度も口づけを交わし合った。
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