冬の休暇は甘さと辛さを合わせて? 17
◇◆◇
年が明けた二日目。
今日は晩餐会が開かれる。
コーディアが午後の時間を自室でゆっくりと過ごしていると扉が叩かれた。
「どうぞ」
コーディアが返事をすると、入ってきたのはライルだった。
コーディアは慌てて読んでいた本を閉じて、それから素早く後ろに隠した。
ライルは首をかしげた。
コーディアはうっすらと苦笑いを顔に浮かべる。
今読んでいたのはディルカにお勧めをされた恋愛小説だ。
外出禁止令を出されていたコーディアのためにディルカが差し入れしてくれた本である。
「コーディア、少しいいか?」
「もちろんです」
ライルはコーディアの目の前に座る。
その手には薄桃色の薔薇が数輪。
ライルの手に視線が吸い寄せられていると、彼が苦笑する。
「今日の晩餐会に、この花をつけてきてほしい」
ライルの申し出にコーディアの胸がとくんと跳ねる。
「私も胸ポケットに同じ薔薇を刺すつもりだ」
その言葉にコーディアの心臓が暴れ始める。
「そういうのは……好まないか?」
「いえ。あ、あの……慣れていなくて。でもあの……とても嬉しいです」
コーディアは精一杯の気持ちを伝えた。
男の人とおそろいの花を身につけるなんて、恋人同士みたいと考えて、そういえば恋人同士なのだと思い直した。
「体は、なんともないか?」
「ライル様は心配性なんです」
「そんなことはない。寒空の下に何時間もいたんだ。本当に、大事にならなくてよかった」
ライルの真剣な眼差しを受け、コーディアはそれ以上の抗議を言えなくなる。
彼の心配は本物だし、こうして大事にしてもらえるのは実は嬉しかったりもする。
「ライル様との結婚式もまだなのに、風邪なんてひいていられません」
「頼もしいな。でも、何か体調の変化があればすぐに知らせてほしい」
「はい」
それからライルはいくつかの話題を提供してくれ、あまり長居をせずに退出をした。
これからコーディアも晩餐会に向けて準備があるからだ。
ライルが去った後、メイヤーがコーディアの側に来る。
「ねえ、メイヤー。ライル様がこの薔薇をドレスか髪の毛に飾ってほしいのですって。お願いしてもいいかしら?」
コーディアは大事な薔薇の花をメイヤーに託す。
「もちろんでございます」
しっかりと受け取り、丁寧にお辞儀をしたメイヤーにコーディアはにっこり笑みを返した。
◇◆◇
大げさな晩餐会ではないとエイリッシュは言ったけれど、招待客がぞくぞくと到着をし、長い食卓での大勢での食事はそれなりに緊張を強いられた。
コーディアは当然のことながらライルの隣に座ることになり、招かれた未婚の令嬢から少なからず羨望の眼差しを浴びることになった。
この場にはもう一人、パートナーの決まっていないシオリックがいるものの、王家に連なる公爵家の嫡男という肩書はまぶしすぎるらしい。
食事が終わり、コーディアはライルと一緒に広間で踊った。
婚約者と最初の数曲を踊った彼は現在、招待主である侯爵家嫡男の義務として別の女性と踊っている。
コーディアは年暮れぎりぎりにプロムリー領へ到着した父と一曲踊り、そのあとシオリックと踊った。
「何度も伝えてそろそろ呆れられそうだけど、本当に今度のことはうちの愚妹が申し訳ないことをしたね」
実はシオリックはあの日ライルたちとは別行動をしてコーディアを捜索していたのだ。
生まれた時から見守ってきた(というとメイヴィシアは怒りそうだが)妹の挙動の良し悪しなど実の兄にとっては簡単にわかるものらしい。
「いえ。あの、何度も謝られると見の置き場に困ってしまいます」
というかそれよりもライルが時折シオリックに険しい視線を投げつけている。
社交の一環とはいえライルはコーディアが若い男と踊るのは嫌らしい。
「うん、でもさ。あれでも一応僕の妹だからね。馬鹿で癇癪持ちで、ちょっと公爵家の娘の意味を勘違いしちゃっているところもあるけれど、一応愛すべき妹なんだ。甘やかしていたのは僕も同罪だし」
「これからはシオリック様がメイヴィシア様のことを支えてあげてください」
コーディアはにっこりと笑う。
自分にできることはたぶん時間が過ぎるのを待つことくらいだ。
「うーん。それは面倒……いやいや、しっかりと教育を施すよ」
前半の本音の後はしっかりと兄の顔をしてコーディアを見つめ返したシオリックだ。
曲が鳴りやむとシオリックはあっさりとコーディアを離した。
「何曲も僕が独占をすると、ライル兄さんが怖いからね。自分だって、別の女性と踊っているのに、狭量だよね」
いたずっらこのように口の端を持ち上げるシオリックはコーディアには親しみやすくてつい釣られて笑ってしまう。
「ライル様は義務もありますから」
ちょっと嫌な言い方になってしまっただろうか。
「お、余裕だね」
「はい」
コーディアは微笑んだ。
胸元の薔薇がコーディアに自信を持たせてくれる。
シオリックには悪いのだが、彼からは男性特有の威圧感を感じることが無くて話しやすい。
これをライルに言ったらものすごく不本意そうな顔をされた。自分も親しみやすさの研究をすると宣言してきたのでちょっとびっくりした。
続けて踊って疲れたコーディアは壁の花に徹することにする。
そろそろ冷たい飲み物が恋しい。
「お疲れ様、コーディ」
はいこれ、と果実水の入ったグラスを手渡してくれたのは親子で招待されたディルカだ。
パートナーを呼ぶ当てもないしね、と父親のエスコートに甘んじているディルカである。
「ありがとう。ちょうど喉が渇いていたの」
「今日のドレス可愛いじゃない」
「ありがとう」
ドレスを褒めるディルカの目線がある一点をじいっと見つめているようにも感じられてコーディアはつい体をひねって心当たりの箇所を彼女から隠す。
ドレスの胸元にはライルとおそろいの薔薇が飾ってあるのだ。
「あら、どうしたのよ?」
「ううん。なんでもない」
「ほーんと? なにか怪しいなあ」
「怪しくないって」
女の同士の気安い軽口をたたき合っているとライルが現れた。
「あら、ライル様。今日はお招きにあずかりまして光栄ですわ」
ディルカが余所行きの笑顔を顔に張り付けた。
「いや。ディルカ嬢にはとても感謝している」
「いえ、わたしは別に何もしていませんわ。ただ、新しくできた友人が大好きなだけなのですわ」
「ケイヴォンに立ち寄った際はぜひ我が屋敷へも訪れてほしい。コーディアが喜ぶ」
「もちろん」
ディルカの返事を聞いたライルは頷いて、それからコーディアの方へ体を向ける。
「コーディア、少しいいか?」
「はい」
コーディアは首を傾けた。
コーディアが返事をするとライルは広間から立ち去ろうとする。
まだ広間では音楽が鳴り響いているのに大丈夫なのだろうか。
「ほら、行ってきなさいよ」
どうしようと逡巡しているとディルカが小さく背中を叩いた。
とんっと押し出されてコーディアは一歩足を前に出す。
「ディーカ?」
「恋人から抜け出さないか、って言われたら一も二もなくついていくものよ」
「え、あ……」
(そういう、ことなの?)
顔が火照ってしまうのが自分でもよくわかった。
「コーディア?」
コーディアは振り返ったライルの元へ慌てて近づいていった。
どうしよう、心臓がうるさくて仕方がない。
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