冬の休暇は甘さと辛さを合わせて? 16
◇◆◇
侯爵家から馬車を走らせること数十分のところにその修道院はあった。
コーディアの自宅軟禁が解けたのがちょうど大晦日の今日で、コーディアはエイリッシュの許可をもらってメイヴィシアの元を訪れることにした。
通された応接間で待っていると、ほどなくしてメイヴィシアが現れた。
頬を膨らませた彼女は笑顔を見せない。
コーディアは背筋を伸ばした。
「お久しぶりです、メイヴィシア様」
「あなた、わたくしを笑いに来たの? よかったわね、ライルお兄様に見つけてもらえて」
自嘲気味に笑ったメイヴィシアである。
コーディアは腹に力を込めた。
これはコーディアが決着をつけなければならないこと。
ここで逃げたら駄目。
「わたしは、メイヴィシア様に伝えることがあったので今日ここに来ました。遅れてしまったのは、今日になってようやくライル様から外出禁止令を解かれたからです」
「なあに、それ。あなたは被害者なのでしょう。どうしてあなたが外出禁止なのよ」
メイヴィシアは心底分からないといった顔をする。
「ライル様は心配性なのです。わたしがあのあと風邪をひいてはいないかと気を回しすぎまして……。ずっと部屋から出してもらえませんでした」
「なあに、自慢じゃない。ただの」
ただの事実を言っただけなのだが、彼女には自慢に聞こえるらしい。
実際ライルの心配性はいささか度を越していた。部屋は四六時中温室並みに温められていたし、少しでも廊下に出ようものならメイヤーが毛布片手に近寄ってきたし、くしゃみをしようものなら医者を呼ばれた。
ちなみに遊びに来たディルカに相談したらそれって惚気ってやつ? と呆れたように突っ込まれた(ついでに部屋の中暑すぎよとも言われた)。
「元気ならよかったじゃない。わたくしのせいで体調を崩されたら……まあ少しは寝覚めが悪いもの」
「暖かくしていたおかげで大事には至りませんでした。わたし、思うのですが自分は体が頑丈な方ではないかと」
「……ああそう」
メイヴィシアは心底どうでもよさそうな声を出した。
コーディアは出されたお茶で口を潤した。
コーディアが黙るとメイヴィシアもそれきり口を閉ざした。
茶器を戻す音が部屋に響く。
コーディアは心の中でライルの名前をつぶやいた。
ちゃんと自分で決着をつけること、これが今のコーディアの目標。
「メイヴィシア様。わたしは……ライル様をお慕いしています」
メイヴィシアは黙ったままだった。
コーディアは続ける。
「わたしは、ライル様の隣に立ちたいのです。ですから、ライル様をお譲りすることはできません」
「なに、それ。そんなことを言うためにここに来たっていうの?」
メイヴィシアの顔が歪む。
「……はい。自分の言葉できちんとお話したいとエリーおばさまに説明をしました」
コーディアはまっすぐにメイヴィシアの瞳を見つめる。少ししたのち、彼女の方から視線を外した。
「先日、あなたにライル様を譲ってと言われたとき、わたしはつい逃げてしまいました」
コーディアは静かに語りだす。
「でも、それは間違いだと思いました。ちゃんと、わたしの言葉でライル様への想いを語らないといけないと気づきました。なので、今日ここに来ました」
「わざわざわたくしに、ライルお兄様を譲れないって言うために? いい性格しているわね」
メイヴィシアはどこか不貞腐れているようでもある。
「はい。喧嘩は本人同士でするものです。他人を巻き込んではいけません」
たとえライルの親戚の娘に反対されても引け目には感じない。
彼が求めてくれる限り、コーディアはライルに寄り添う。そう決意したから。
「わたしはライル様に恋をしています。ライル様が求めてくださるなら、いいえ、わたしはライル様の隣に並ぶのにふさわしい女性になって、ライル様を支えたいと思います」
彼のことを思うと胸の奥がふんわりする。知らずに微笑むくらいに、彼のことが大好き。
メイヴィシアはライルのことを語るコーディアの柔らかな顔を眺める。
コーディアの決意の言葉を聞いてもメイヴィシアは口元をぎゅっと引き結んだままだった。
別に返事を求めたわけでない。コーディアが自分の気持ちを伝えたくらいで、何かが変わるわけでもないことくらいわかっている。
それでもちゃんと自分の口から決意を述べたかった。
自分にとってもライルは大切な人で、失いたくないと。だからもう彼女に対して申し訳ないとかそういう気持ちを持つのは止めた。
コーディアは立ち上がった。
長居するつもりはなかった。
「……わたくしは……認めないわ」
背中越しに小さな声が聞こえてきた。
「わたくし、ずっとずっとライルお兄様のことだけをみてきたのよ! いずれ外国にお嫁に行くですって? そんなの知らないわ。いつか、きっとライルお兄様が本当の求婚をしてくれるって……それなのに……もう少しでお兄様に釣り合う年齢になれるって思っていたのに……」
最後は嗚咽に変わった。
メイヴィシアは瞳に涙を浮かべて歯を食いしばっていた。
「あなたなんて大嫌い」
「はい。わたしも、メイヴィシア様と無理に仲良くなりたいとは申しません。嫌いならそれでよいのです」
コーディアは静かに答えた。
「嫌いよ。わたくしからライルお兄様を奪っていく人なんて」
「それでも、メイヴィシア様は反省しなくてはなりません。自分の想いのはけ口のために他人を巻き込んだことに」
コーディアは最後に付け加えた。
上の立場に立つ人間として、彼女には責任を持ってもらいたかったから。
メイヴィシアは唇を噛んで黙り込む。
生意気なことを言った自覚ならある。
コーディアは目礼をして、そっと部屋から退出をした。彼女はもう何も声を掛けてくることはなかった。
あとはメイヴィシアの心根しだい。
誇り高い彼女なら、きっと理解できるはずだと信じている。
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