冬の休暇は甘さと辛さを合わせて? 15
◇◆◇
メイヴィシアは謹慎を命じられた。
メイヴィシアの所業はあの日、白日の下にさらされることになり、現在彼女はプロムリー領内にある修道院に預けられている。
簡素な室内着に冷たい石造りの部屋。
出される食事はパンと野菜の切れはしが浮かんだスープのみ。
今朝も早くから修道女に起こされ、掃除を手伝わされた後、同じ女から何時間も説教を聞かされた。
メイヴィシアは悔しさに涙を滲ませる。
あの日、自分付きの侍女の裏切りのせいでコーディアの居場所が割れ、彼女を抱きかかえたライルが屋敷へ戻ってきた後。
ライルはその足でメイヴィシアの元へやってきた。
「メイ、コーディアになんてことをした。自分のしたことをわかっているのか?」
今までに聞いたことのない低く冷たい声だった。
ライルはもう一歩前へ詰め寄る。
知らずにメイヴィシアは後ろへ後ずさる。
乙女の部屋に無断で立ち入ることの無礼とか、どうして自分が非難されないといけないのだとかそういう言葉は何も口からでてこなかった。
ライルがメイヴィシアに向ける瞳は凍てついていた。何かを耐えるようにぎゅっとこぶしを握っていた。
「メイヴィシア。あなた、なんてことをしてくれたの!」
ライルの後ろからつかつかと歩いてきて、彼のすぐ脇を通りメイヴィシアの目の前で立ち止まったエイリッシュが手を振り上げる。
一瞬の出来事に呆然とした。
頬を叩く音が聞こえが、まさかそれが自分の身に起こったことだとは思わなかった。
遅れてメイヴィシアの頬を訪れた痛みが、これが現実に起こったことであると告げる。
「なっ! いくら叔母だとはいえプリッドモア家の娘を叩くだなんて!」
メイヴィシアは叫んだ。
どうして、自分が叩かれないといけない。
「メイヴィシア。あなたは自分のしでかしたことを理解しているのかしら。真冬に人を外に一晩放り出そうとするなんて、酷いことを。それにね、コーディアはずっと冬の無い国で暮らしていたの。寒さには弱いのよ。その彼女を井戸の中に閉じ込めて。一晩経って、寒さで凍え死んでいたらどうするつもりだったの!」
「そんなこと、知らないわ! だいたい、外套だって羽織っていたじゃない。一晩くらい外で過ごしたからって人は死にはしないわ。叔母さまは大げさなのよ」
「メイ。いい加減にしろ。彼女にもしものことがあったら、私はおまえを一生許さない。今だって、母上が叩いてなかったら、私の方がおまえのことを叩いていた」
エイリッシュの冷たい仕打ちに抗議するとライルがそう吐き捨てた。
こちらのことなど一切構わないような氷のような声と瞳にメイヴィシアはカッとなる。
「どうして! どうしてそんなにもあの女のことを大事にするのよ」
いつものように癇癪を起してもライルはメイヴィシアを慰めてくれない。
これまでだったら、小さく嘆息をして仕方が無いと許してくれたのに。
「あんな女大嫌いっ! わたくしのほうがライルお兄様に相応しいものっ! わたくし、外国にお嫁になんて行かない。絶対に行かないんだから!」
「おまえの御託は聞きたくない。私がコーディアのことを一番に優先するのは当たり前だろう。彼女のことを愛おしく思っているからだ。彼女に危害を加える者はたとえ従妹であっても許さない」
「なっ……」
「コーディアの元へ行ってくる」
二の句を継げなくなったメイヴィシアを一瞥したライルはそれだけ言ってさっさと部屋から出て行ってしまった。
「ライルお兄様!」
ライルは完全にメイヴィシアのことを見放した。
優しい言葉の一つもかけてくれない。
どうして。
どうして、あんな女のほうがいいのか。
「メイヴィシア。あなたはまだ自分のしでかした事の大きさが分からないようね。あなたが自分の欲望のために今回のことに巻き込んだ下男は職を失うことになるのよ。この意味をあなたは理解しているのかしら」
立ち去ったライルの代わりに叔母であるエイリッシュが再びメイヴィシアに詰問をした。
「知らないわ、そんなこと」
「あなた付きの侍女もそう。彼女は公爵家に返します」
きっと彼女もあなた付きではなくなるでしょうとエイリッシュは続けた。
なにかと便利に使ってきた侍女のニカがメイヴィシアの側からいなくなるだなんて。
けれど、今回のことだって彼女が口を割らなければ露見しなかったのに、と心の中で責任転嫁をする。
メイヴィシアの様子を観察していたエイリッシュは最後通告を突きつけてきた。
「しばらく修道院で暮らしなさいな。今回ばかりはお兄様が何を言ってきても聞く耳を持ちません。大切なコーディアにした仕打ちの意味を理解できるまで、あなたには反省が必要よ」
そう言われたときは意味が分からなかったが、翌日本当に修道院から迎えが来た。
嫌がるメイヴィシアを軽々と抱えて持ち運んだのはデインズデール家の家政頭の夫人だった。
エイリッシュに厳命を受けているのか公爵令嬢に対する遠慮がまるでなかった。
メイヴィシアは高をくくっていた。
自分はプリッドモア公爵家の長姫なのだ。すぐに父か母が迎えを寄越すに違いないと。
だから一日二日と耐えたが、迎えは一向に来なかった。
修道院に入り、寒さの意味を知った。
暖炉の火は昼間は消されるからだ。夜はこれよりもっと冷えるという。部屋の中でも底冷えがするというのに、板張りの床には申し訳程度の薄い敷物しか敷かれていない。それも寝台の横のほんの一部分にのみ。
修道女は、職を失い紹介状も書いてもらえない下男が辿るであろう道筋を懇切丁寧に教えてくれた。
貴族に生まれたという意味を考えるよう、本当の意味での淑女とはどういうものなかのか毎日何時間もかけて聞かされる。
そんな日が数日続いた、大晦日の日。
客人が訪れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます