冬の休暇は甘さと辛さを合わせて? 14
◇◆◇
ライルはディルカから指示をされた通り、庭園の一角に佇む東屋の陰に隠れていた。
外套を着ているとはいえ、冷気が足元から這ってくる。ライルはコーディアのことを考える。
せめてどこか暖かいところにいてくれればと願わずにはいられない。
角灯は別の従僕に取って来させた厚手の布で覆っている。
庭園に設えられたガス灯に灯った灯りがぼんやりとあたりの情景を映し出す。
どれくらい身を潜めていただろうか。
女が一人、屋敷の中から出てきた。
ライルは目を凝らす。
女は後ろを気にしながらも足どりは迷うことなく庭園の奥へとまっすぐに向かっている。
ライルは女の後をつける。
女はろうそくを乗せた小さな燭台を持っている。その頼りの無い灯りのみで足早に歩いていく。
石畳の庭園が終わりを見せ、この先は森へと続く道になったところでライルはわざと物音をさせた。
「だ、誰です?」
女は相当に恐怖を味わったのだろう。声がひっくりかえっている。
その声には聞き覚えがある。
「おまえは、メイ付きの召使だな。どうしてこんな時間にこんなところへ来た?」
ライルは角灯から布を外した。
ライルの目の前に驚愕に目を丸めた女の顔が浮かび上がる。ライルと同じくらいの年代だろうどこにでもいる普通の女性である。
「ライル様……でしたか」
しかし女は突然の侯爵家嫡男の搭乗に表情を緩めることはない。
「どうしてこんな時間に外出をしている?」
「あ、あの……。わたくしも、コーディア様を探すお手伝いを……。メイヴィシア様に命じ……られ、まして」
彼女は動揺しながらも、もっともな理由を口にする。
実際敷地内にはぽつぽつと灯りが浮かんでいる。
万が一を考えて敷地内を捜索しているからだ。
「そうか。一理あるが……。それではこの先は一緒に探そう」
「一緒……でございますか」
女は戸惑った声を出す。
それきり口を噤み、歩き出すそぶりを見せない。
「メイヴィシアは何を隠している?」
無駄な時間を嫌うライルは直接問うことにする。
「な……なんのことでしょう?」
女の声がかすれる。
動揺しているのかライルと目線を合わせることなく、忙しく瞳をきょろきょろと動かく。
「ラントリー嬢からこういわれたのではないか? 森の奥で真新しいりぼんがみつかった。それもコーディアが持っているものではないものが、と」
女の瞳孔が開く。
「それは……その……。メイヴィシア様は今日はずっとお部屋におりまして……」
「別に今日落としたとは断言していない」
「あの……その……メイヴィシア様のものかどうか……も」
「ラントリー嬢のものではないし、ここ最近りぼんをつけるような娘の数は限られている」
ライルの言葉に侍女は黙り込む。
何よりも高圧的なライルにすっかり委縮をしている。まともに目を合わせられないのか下をうつむいて黙り込む。
「自分のものかどうかわからないが、森でリボンが見つかった。土に汚れていない昨日今日落としたような代物が。森という単語に心当たりのあるメイから命じられたのではないか? こっそり確かめに行ってこいと。メイは今日何をしていた? 部屋で刺繍をしていたというなら、完成品があるはずだ。その割には湯の一つも求められなかったと、厨房の人間は証言しているが」
ライルは目の前の女を詰めていく。
ずっと部屋で過ごしていたのなら、茶の一つでも入れるために厨房へ用を言いつけに行くはずだ、刺繍をしていたというのなら何にどんな柄を刺していたのか、などということをライルに助言したのはディルカだ。
冷たいライルの言葉に女の肩が震えだす。
泣き始めたのだろうか。顔をうつむかせているので詳細は分からない。
ライルは「黙っていないでなんとか言え」と一歩女の方へ近づいた。
◇◆◇
「さ、寒い……」
コーディアは両手にはああっと息を吹きかけた。
何時間経過しただろう。
外套を着ているとはいえ寒さは徐々にコーディアをむしばんでいく。足元から冷えていき、ぶるりと身を震わせ、かたかたと歯が鳴る。
コーディアは井戸の中を歩く。
とはいえぐるぐると回るだけだが、動かないよりかはましな気がする。
日はとっくに暮れてしまった。
閉じ込められたあと、なんどかよじ登ろうとしてみたがあえなく失敗に終わった。
しりもちをつくこと数回にして諦めた。
「大丈夫……きっと、ライル様が見つけてくださる」
寒さと空腹で泣きたくなるが声に出して自分を勇気づける。
絶対にライルは駆けつけてくれる。
だって、これまでもそうだったから。
「だから……大丈夫」
それにしても寒い。
歯の根が合わない。
陽が暮れたとたんに気温が低くなった気がする。年中暑苦しいムナガルが懐かしい。
それでもまだましなのは井戸の中のため風が吹き付けないことだろうか。
石壁はひんやりとしているけれど風がまとわりつかないというのはまだよかった。
日が明けるまであとどのくらいあるのだろう。
メイヴィシアは明日になればコーディアの気が変わっているはずだというけれど、そんなことはない。
コーディアはライルのことが好きだし、ライルの気持ちに答えたい。誰に否と言われようともライルが求めてくれているのだからその心に寄り添いたい。
(い、一応……身分的にも釣り合っているはず……? だもの)
これがあからさまに誰の目から見ても身分違いだと言うなら身を引いたかもしれない。
しかし、コーディアにだって資格はある。
だったらもう少し図々しく主張はするべきだと思う。
だからメイヴィシアには申し訳ないが癇癪を起しても意地悪をしてもコーディアは意見を変えるつもりはない。
(で、でも……寒い……。ああだめ負けたら)
目下寒さとの闘いである。
目の前にマッチがあれば、暖かなスープを食べている夢でも見られるかしら、などと思いつつコーディアはずるりと身を地面に下した。
頭上に灯りがともったのはそんなときのこと。
「コーディア!」
聞きなじみのある声が耳に届いた。
「ライル様?」
コーディアは弱弱しくつぶやいた。
「コーディア、この中にいるのか?」
ライルが板の隙間から明かりを照らす。
「ライル様! わたしはここです」
コーディアは立ち上がり声を張り上げた。
「コーディア! 待っていろ。今助ける」
「コーディア嬢、すまない。僕の妹がとんでもないことをしでかした」
続けてシオリックの声も聞こえる。
「シオリック謝罪の前に人を呼んで来い」
「わかった」
男二人は迅速に指揮を執り、やがて井戸の周りに人の気配が増す。
人を待つ間、ライルはコーディアに何度も話しかけ励ましてくれた。
もうすぐだから、すぐに行くからと何度も何度も。
コーディアの心はそれだけで強くなる。
「ライル様。わたしは平気です」
コーディアはにっこりと笑った。
好きな人が迎えに来てくれただけでこんなにも心強い。
やがてはしごが井戸の下へ降ろされた。
ライルが一番初めに降りてきてコーディアを抱きしめた。
力強い抱擁だった。
「コーディア、すっかり冷えている」
「あ、あの。大丈夫です。たしかにちょっと寒かったですが……」
カチカチと歯が鳴ってしまいあまり説得力はないがコーディアは自分が元気であることをアピールする。
「私のせいですまなかった」
ぎゅっと背中に両腕を回されて頭をライルの胸に押し付けられる。まるでそうすれば自分の熱がコーディアに移るというような固い抱擁だった。
「いえ、ライル様のせいではありません」
「私のせいだ。私がもっと前にメイに釘を刺しておけばよかった」
「それでも、ライル様のせいではありません。彼女が、自分の頭で考えて行ったことです」
コーディアは静かにそれだけを言った。
少し冷たい言い方をしてしまったが、メイヴィシアの行ったことにライルに責任を感じてほしくなかった。
たぶん、これもやきもちなのかもしれない。
昔の二人の関係に、少し焼いている。
「ライル兄さん!」
「ああ、いま登る」
上からシオリックの声が落ちてきて、コーディアは慌ててライルから離れようとした。そういえば二人きりではなかった。
離れたコーディアの腰をライルが抱き寄せる。
コーディアは何時間ぶりに井戸の外へ顔を出す。周囲の明かりの色にホッと息をつく。
駆けつけた使用人がコーディアに毛布をかけてくれる。
ライルは毛布にくるまれたコーディアを抱きかかえた。
「ライル様? わ、わたし歩けます」
「寒いだろう。私にくっついていれば少しは寒さも和らぐ」
「え、あ、あの……」
人前で抱きかかえられてコーディアは思わずライルの胸に顔をうずめる。
なんだかとても気恥ずかしい。
それなのに彼のぬくもりが伝わってきて胸の奥がほわほわする。
ライルの熱がコーディアの冷え切った体をゆっくりと温める。
ライルはコーディアを抱いているにもかかわらず力強い足取りで屋敷へ戻った。
「コーディア! 無事だったのね」
「コーディ! 見つかってよかったわ」
屋敷の中に到着するとエイリッシュとともにディルカが駆け寄ってきてくれた。
まさか友人のところにまで知らせが言っていたとは思いもしなかったコーディアは目を見開いたがライルによって足早に階上へと運ばれる。
「再会よりも今はきみの体を温めることの方が大切だ」
真剣な顔つきのライルにこくこくと頷いたコーディアはメイヤーによって支度を整えられる。
自室では湯の用意がすでに整っておりメイヤーが「ゆっくりとお体を温めてください」と頭を下げる。
熱いくらいの湯に浸かり、体をゆっくりと温めているとようやく戻ってきたという実感がわいてきた。
(わたしったら、ディーカもいたのに、普通にライル様にしがみついていた……)
先ほどの場面を思い描くと顔が真っ赤に染まる。たしか、自分から顔を彼の胸に押し付けたような気もする。
後からやってきた羞恥に足をバタバタとさせてしまう。
「コーディア様?」
側に控えていた侍女が訝しがる。
「いえ、なんでもないの」
コーディアは慌てて取り繕った。
湯から上がり部屋着に着替えたところでエイリッシュが訪れた。
彼女は第一声で謝り、それから深々と頭を下げた。
エイリッシュはメイヴィシアのしたことをすべて把握していた。
ライルの詰問に彼女の侍女がすべてを白状し、彼女の悪事に加担をした下男を解雇したことを告げた。
そんな大げさな、とコーディアはとりなしたがエイリッシュは首を横に振る。
理由は何であれ主人一家に危害を加えることに加担をした人間を雇っておくことはできないと。
それからエイリッシュはメイヴィシアにも罰を与えたことをコーディアに伝えた。
一年がもうすぐ終わるという十二月も最後の週のことだった。
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