冬の休暇は甘さと辛さを合わせて? 13


◇◆◇


 その日ライルはプロムリー領の紳士の集まりに招かれていた。

 領地の人間との交流も時期領主の大事な勤めである。

 最近の街の動向や経済など、酒も交えて情報交換に勤しみ、陽が暮れたころに帰宅をした。


「ライル! 大変よ」


 屋敷の中に入った途端に聞こえてきたのはエイリッシュの大きな声だった。

 ライルは眉を顰めた。


「どうしたのです、母上」

「あなた、よくもまあ落ち着いていられるわね!」

 エイリッシュは階段上の踊り場から急いで降りてきてライルの目の前に立った。


「だから、どうしたというのです」

「コーディアがいないの! どこにも! あなた、彼女を失望させるようなことを言ったのではなくって? お母様今なら怒らないわ。白状なさい!」


 ライルは目を見開いた。

 コーディアがいない、屋敷のどこにも。


 あいにくと後半のエイリッシュの言いがかりはライルの耳には入ってこなかった。

 冬の時分である。散歩をするにしても日暮れと共に屋敷に戻ってくるだろうし、外出となればコーディアは侍女を連れて行く。


「メイヤー、どういうことだ?」

 ライルは声を張り上げた。

「夕方になってもコーディア様の姿が見当たりませんでした」

 メイヤーが進み出る。

「わたしのところにも来ていませんわ」

 と、メイヤーの説明に割って入ったのはディルカだ。

 ライルはディルカの方に目を向けた。


「わたしのところにさっき侯爵家の遣いが来ましたの。それで、コーディがこっちに来ていないかなんて質問をされたから。何かあったのねって心配になって」

「他の客人は何て言っている?」

 この場合他の客人とはメイヴィシアとシオリックのことである。


「お二人とも心当たりはないと」

 メイヤーが返事をする。

「そうか」


 ライルは焦燥感に胸を焦がす。

 これまでにもこういうことがあった。

 あのときは行き先をある程度絞ることができたが、今回はどうだろう。


「今はどこを捜索しているんだ?」

「駅にはすでに人をやりました。コーディア様と同じような背格好の女性を見た人物はおりません。主要な街道にも人をやりましたが、こちらに関してはもう分けございませんが検問を敷く前のことになると追跡は難航するかと」


 冷静な声で状況説明をするのは家令のストリングだ。

 ライルは屋敷の外へ出て行こうとする。


「どこへ行くの?」

 エイリッシュが呼び止める。

「もしかしたら庭で迷子になっているかもしれない」


 そう考えるといてもたってもいられなくなる。侯爵家の地所は広大だ。森と一体になった庭園のどこかで道を見失っているのなら。


「それはわたくしだって思ったわ。馬小屋も狩り小屋にも人をやったわ。けれど……いないって」

 エイリッシュはそう言って肩を震わせる。

 外はすで暗闇が支配しており、空気はますます冷えてきている。


「誰か灯りを寄越せ」

 簡潔に命令をするとすぐに従僕らが動き出す。

「わたしも探しに行きますわ」

 ディルカがライルの後を追って外へと続いた。


「女性には暗闇の中の捜索には向かないだろう。中で待っていたほうがいい」

 正直今はコーディアのことで頭がいっぱいで他の女性に気を使う余裕がない。ライルの声が自然と固くなるが、ディルカは一顧だにしない。


「そう言わないで。外で話したいことがあるのよ」

 彼女の言葉を聞いたライルは歩を緩めた。


「あなたたちはメイヴィシアを正面から疑うことなんてできないだろうって思って」

「メイヴィシアを?」


 ライルは立ち止まる。

 ライルは正面からディルカと相対する。彼女は侯爵家の人間であるライルを前にしても平然としている。物怖じをしない人間らしい。


「そう。普通、屋敷の人間がここまで騒いでいるのに、様子の一つも見に来ないなんておかしいじゃない」

 聞けば彼女はずっと部屋に籠っているとのことだ。メイヴィシアがコーディアのことをよく思っていないのは周知の事実だ。

「わたしはコーディの味方だから、ちょっと穿った見方をしちゃうのは自分でもわかっているのだけれど」

 ディルカは肩をすくめる。


「シオリックはどうした?」

「さあ? さっきから姿を見せていないわね。一体どこにいるのかしら。プリッドモア公爵家の使用人は基本的に彼らの味方でしょう」

「しかし彼女は……」

「公爵令嬢はそんなことしないって? そんなのただの幻想だわ。女の嫉妬って怖いわよ。男のそれもえげつないって聞くけれど。女も大して変わらないわよ」


 けれどさすがに屋敷の中だと言えないから、とディルカは付け加える。

 ライルは上を向く。窓の、カーテンの隙間から明かりが漏れている。

 まさか、メイヴィシアが関与しているというのか。本当に?

 ライルはにわかには信じられなかった。

 物の道理のつかない年ではない。彼女は十四なのだ。というようなことを伝えるとディルカは鼻で笑った。


「年齢なんて関係ないわよ。ああでも、あのくらいの年頃の女の子の方が残酷かもしれないわね」

「残酷……だと?」


 聞き捨てならない言葉にライルは眉根を寄せた。その言い方だとまるでメイヴィシアがコーディアに危害を加えるようではないか。


「ええそう。中途半端に大人だから。味方に付いてくれる侍女だっているじゃない。公爵領から連れて来た」

 寄宿学校で多くの女の子と暮らしてきたから、こういう年頃の女の子の表も裏も知っているの、とディルカは続けた。


「まあここで話をしていても埒が明かないのよね」

「メイにも話を聞いたのだろう?」

「ええ。侯爵夫人が。今日の午後はずっと部屋で刺繍をしていたとのことよ。本当だか分からないけれど」


 ディルカはメイヴィシアが関与していると決めつけた話し方をする。

 しかし、感情論だけで断定するには早計すぎる。


「……」

「でも、その証言だって彼女付きのプリッドモア家の侍女しか証人がいないのよね」


 本当に部屋にずっといたのかしら、とディルカは疑っている。

 使用人は用が無い限り屋敷の表に姿を現すことはない。主人一家や客人に極力姿を見せないよう階段も厳格に分けられているくらいである。

 客人も少ないこの屋敷の中を、誰にも姿を見咎められずに出て行くことくらい容易なのである。


「なにか、メイがやったという根拠はあるのか」

「彼女にはコーディアを疎む理由があるっていうことかしら。あとは……そうねえ」

 それからディルカは二三言話を付け加える。


「それでね、わたしちょっと考えたの」

 ディルカの提案を聞いたライルは少しの間考えた。


「白黒はっきりつけるためにもやれることはやったほうがいいと思うわ。これからますます冷えてくるもの。どこかに閉じ込められでもしていたら大変」


 生まれた時から知っている従妹を疑うのは気が引ける。

 それに心のどこかで彼女に限ってまさか、という思いもある。ライルの知るメイヴィシアは多少気分屋なところがあるものの自分の生まれを誇る、躾のされた娘だからだ。

 自分の気に入らないことがあったからとはいえ、八つ当たりをする人間ではないと信じたいし、もしも彼女の仕業だったときに失望したくなかった。


「……わかった」


 しかしコーディアを探す手がかりがない今、自分の感傷を理由に彼女を見つける可能性に目をつぶるわけにはいかない。


 自分の側にコーディアがいないことが今とても心細い。

 コーディアはいまどこにいるのだろうか。

 心細くしてはいないか。寒さで凍えているのならすぐにでも抱きしめたい。

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