小学生の女の子に、恋人のふりを頼まれたので

@yu__ss

小学生の女の子に、恋人のふりを頼まれたので

『誰かに頼まれごとをしたら笑顔で引き受けましょう。情けは人のためならずを実践しましょう』

 自室のベッドで横になりながら読んでいた『あなたを変える17の魔法の言葉〜実践編〜』にはそんな一文が書かれていた。そもそも誰かに頼られる事が無い人はどうすれば良いんだろうかと、心の中で途方にくれる。

 間も無く始まる就職活動を前に、なんとか自分に自信をつけようと読み始めた自己啓発本は7冊目になる。のだけれど、読めば読むほど虚しくなる。

 自己啓発本を読むこと自体に意味はない。読んだ後、自分の行動を変えることが重要なのだと、頭ではわかっている。わかってはいるのだけれど、そんな簡単に行動を変えられたら、そもそも自己啓発本とか買わない。

 それこそ自分を変えてくれる魔法のような言葉を探しているんだけど、まあ無いよね。

 自然と溜息が出て寝返りをうつと、がちゃりと自室のドアが開く音がした。

日和ひよりちゃーん」

 ノックもせずに入って来た幼い少女は、私の名前をちゃん付けで呼ぶ。

「あの……りりあちゃん、ノックしてね」

「今度ね」

 悪びれもせず、謝りもせずにさらっと私の忠告を流すりりあちゃん。

 この女の子、高宮たかみやりりあちゃんは、マンションのお隣に住む高宮家の10歳の一人娘。お隣の高宮家も我が葉山はやま家も両親が共働き。なので、親がいないときなど、たまにりりあちゃんは遊びに来る。

 親同士はわりと仲良しで、私も高宮夫妻にはお世話になっている。りりあちゃんとも、出来れば仲良くしたいのだけど……。

「こんにちは、りりあちゃん」

「ねー、日和ちゃん聞いてよー」

 挨拶を無視される。まあいつものことだけど。

「んー、どうしたの?」

 りりあちゃんがサイドテールを揺らしてベッドに腰掛けるので、私も起きあがって隣に座る。

「今日クラスの友達とね、誰が一番ギャルっぽいかって話したんだけど、みんなりりあだって言うんだよね」

「へー」

 確かに。

「そんなことないよね?」

「……そうだね」

「だよねだよね、なんだよー」

 腹立つなー、とりりあちゃんは口を尖らせる。

 ……りりあちゃんは、なんというか、ちょっとギャルっぽい。

 サイドアップテールの髪型と太腿が露出するショートパンツのせいかもしれない。

「まーりりあって結構誤解されやすいとこもあるしねー」

 ……。

「そうかもね」

「だよねー、日和ちゃんもそう思う?」

「そーだねー」

 きゃははっとりりあちゃんは手を叩いて笑った。

 ……はー。

「それでさー、結構みんなからギャルっぽいよねーとか言われてさー、マジかって感じでさー」

「ふーん」

「はー、日和ちゃんみたいにもっと地味な服が似合うようになりたいなー」

「え」

 ……嫌味かな。

「りりあちゃんは可愛いからなんでも似合うんじゃない?」

「んー、やっぱ顔が派手めだから? 全然似あわないんだよね」

 はーあとりりあちゃんはわざとらしくため息をついた。

 うーん……。

 どうにも、私はこの子が苦手だ。10も歳下の小学生相手に苦手意識を持つのもどうかとは思うのだけど。

「ねー日和ちゃん」

「ん、なあに?」

 ちゃん付けで呼ばれるのも、内心では思うところもあるけど、注意とかはできない。

 色々理由はあるんだけど、一番の理由は、りりあちゃんの方が「つよい」からだ。

 りりあちゃんは明るくて可愛くてオシャレで友達も多い、私とは正反対。

 せめて勉強が苦手とかなら、少しは私にも勝ち目があるのだけれども、りりあちゃんはクラスで一二を争うくらい勉強ができるらしい。

 じゃあ運動ができないのかと思ったらそんな事はない。私は逆上がりは人生で一度も成功した事はないが、りりあちゃんは軽々とこなすらしい。

 私がりりあちゃんが苦手なのは、その辺の劣等感もあるのかもしれない。




「ねー日和ちゃん」

「ん、なあに?」

 りりあちゃんは私の目の前に身体を寄せて、可愛らしく両手を合わせた。

「お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」

 上目遣いのりりあちゃん。……とっても嫌な予感がする。

「……どうしたの?」

「あのね、ちょっと言いにくいんだけどね……」

 こんなに言い澱むなんて珍しいな。まあ、そもそも私にお願い事なんてする時点で珍しい。

「今日友達と話してて、つい、そのね」

「うん」

「大学生の恋人がいるって、嘘ついちゃったんだ」

「え、なんで?」

 りりあちゃんは唇を尖らせると、不機嫌そうに答えた。

「だって……前に告白された時、つい恋人が居るっていっちゃって」

 告白、された? 小学生で?

「……そーなんだ」

 また劣等感を刺激されるような話だけど、住む世界が違いすぎて悔しいとも思えない。

「それがみんなに広まっちゃったみたいなんだよね」

「えー、それは酷いね」

 やっぱりモテる子は大変だなぁ。

「だから、その、日和ちゃんにね、こ、恋人になって欲しいんだよね……」

「ん?」

 どーいうこと??

「まあ、フリだけで良いんだけど」

「いや、その……え?」

 なんで私?

「次の日曜日、りりあの家に友達が遊びに来るの。その時だけで良いから、ね?」

「い、いや、ダメでしょ?」

 りりあちゃんはきょとんとしている。

「だって私、男の子のフリとかできないよ?」

「あ、それは大丈夫、りりあ女の子が好きな設定だから」

 設定って……。

「日和ちゃんおねがーい」

 両手を前で合わせて、懇願するりりあちゃん。断りづらい。

 うーん……、受けたくない。

 私が悩んでいると、りりあちゃんは小首を傾げて可愛らしく言った。

「もし聞いてくれたら、日和ちゃんのお願いも聞いてあげるから、ね?」

「ええ……」

 そんなこと言われてもなぁ……。

「一回だけでいいから」

「一回?」

「そのあとは別れた事にするから、ね?」

 うーん面倒だけど、でも親同士の関係とかもあるしなぁ……。

 私はため息をついた。

「しょうがないなぁ、一回だけだよ?」

「ホント? ありがとー」

 パッと表情を明るくするりりあちゃん。

 私はもう一度、わざとらしくため息をついた。




 渋々承諾した私にりりあちゃんは満面の笑顔で語りかける。

「それでね、日和ちゃん。日和ちゃんのキャラなんだけど……」

「キャラ?」

 どういうこと?

「日和ちゃんがりりあの恋人役をやる時のキャラ」

 んー。よくわからないけど、恋人にキャラクター設定があるのかな。

「あ、もしかして、すごいお金持ちとか、すごく頭がいいとか、そういう感じ?」

 と、思いついた事を言ってみる。ドラマとかで恋人のふりをさせられる人ってそんな感じだったような。

 でも、りりあちゃんは難しい顔をしている。

「うーん、まあちょっと違うんだけど……」

 どうも違うらしい。

「じゃあ、どういうキャラ?」

「えーっと、りりあの恋人の大学生は、りりあより算数ができなくて九九はりりあが教えてあげたっていう設定なの」

「えっ」

 ……何それ。

「ほんとに?」

「そーだよ? 日和ちゃんも算数苦手でしょ?」

 まあ、確かに数学は苦手だったが、流石に九九くらい出来る。七の段は若干怪しいが。

「りりあちゃんはそれでいいの?」

「何が?」

 りりあちゃんは小首を傾げてきょとんとしている。

「だって、りりあちゃんの恋人がそんな人だったら嫌じゃ無いの?」と、当たり前のことを聞いたつもりだったのだが「そんなことないよ」とあっさりと否定される。

「りりあは歳上でも頼りないくらいの人が好みなんだー」

 と笑顔で返される。

「……そっか」

 りりあちゃん大丈夫かな。将来ダメな人に引っかかりそうだけど。

「だから日和ちゃんは変にお姉さんっぽくしなくても大丈夫だからね?」

「……あ、はい」

『理想の恋人』みたいなやつじゃ無くて、むしろ逆なのかな。

「うん、あと日和ちゃんはお部屋の掃除が苦手で、掃除はりりあがしてるって設定ね」

「……うん」

 ……確かに掃除は苦手だけど。

 思わず自室を見渡す。読んだ本が本棚に戻って無かったりするくらいで、そんなに汚れてはいない、と思う。

 なんだか、架空の恋人の話のはずなのに、自分がすごく情けなく感じてきた。

「それとりりあが初めての恋人っていう設定ね」

「……はい」

 すごくリアルだ……。泣きたくなる。

「それから、就活も上手くいってないの」

 もう……もうやめて。

 本当に、泣いてしまいそう。





「じゃあ練習しよう」とりりあちゃんは言ったので、土曜日に私は公園のベンチに座っていた。

 えー、つまり、デートをすることになった。なんでかは私にもよくわからない。練習するらしい。なんの練習だろう?

 よくわからないが、私は人生で初めてのデートをすることになった。相手が小学生で、しかも恋人のふりをしているだけなのだけど。

「日和ちゃん?」

 呼ばれて、りりあちゃんがベンチ脇に立っていることに気づいた。

「りりあちゃん、おはよう」

「おはよ! 日和ちゃん今日はメイクしてるの? 可愛いね」

 りりあちゃんはにっこりと笑う。

「そう? ありがとう」

 と余裕ぶって答えるのだけど、内心少しどきりとした。

 実は昨日は深夜まで、始めてまともにメイクの勉強と練習をしてしまった。

 りりあちゃんにバカにされないように予習したのだけれど、褒められると逆に照れ臭い。

 ……実は、私服も結構悩んだりしたのだが。

「フレアスカートも似合ってるよ、可愛いね!」

 ……これは、恥ずかしい。りりあちゃんからしたらただの社交辞令みたいなものだろうけど。

 変に気合いを入れて準備した分、気付かれるとなんだか気恥ずかしい。

 とういか、普通に嬉しい。10歳の子に気付いてもらっただけなのに、それが嬉しい。でも嬉しいことが、すごく複雑だ……。なんか悔しい。

「あ、あのさ、喉乾いてない? ジュース買ってこようか?」

 なんとかオトナの経済力でマウントを取ろうと試みる。

 が、りりあちゃんは小脇に抱えたバッグから水筒を取り出す。

「喉乾いたの? 日和ちゃんの好きなほうじ茶ラテ淹れてきたよ」

 あれ……?

「……あの、ありがとう」

 コポコポと冷たいほうじ茶ラテを淹れてくれるりりあちゃんからカップを受け取る。

「美味しい?」

「……うん」

 りりあちゃんはにっこりと笑った。

 ……可愛い。

 いや違う違う。なんとかお姉さんらしいところを見せないと。

「えーっと、りりあちゃん、暑くない?」

『暑いー』『喫茶店にでも入ろうか。奢るね』という脳内会話を繰り広げる。

「日和ちゃん、もしかして暑い?」

「え、あ」

 早速想定が崩れて若干焦るもの、大人の余裕でなんとか立て直す。

「そうだね、ちょっと暑いかなぁ」

「そっかぁ」

 ちょっと待ってねと言って、バッグを漁るりりあちゃん。少しして差し出された手には、小さな保冷材が握られていた。

「水筒冷やすのに使ったの。首とか冷やすと良いよ」

「え、あ、ありがとう」

 ……なんか、いつものりりあちゃんと違くない? すごく優しいんだけど。

「暑いと思うけど、もう少し付き合ってくれるかな?」

「あ……はい」

 ……わがままな子ども(私)が大人(りりあちゃん)に文句を言ってるみたいになってる?

「じゃあ練習しようか?」

「え、あ、うん……」

 何やるんだろう。

 うんうんとりりあちゃんは頷いたあと、大きく手を広げた。

「じゃあ日和ちゃん、あまえて?」

「へ?」

 いやいやいや。甘える?

 りりあちゃんは腕を広げたまま小首を傾げている。

「あの、りりあちゃん?」

「なあに?」

「私、20歳だよ?」

「しってるよ?」

 それが何か? というように天使のように微笑むりりあちゃん。まじか。

「日和ちゃんは私の恋人だよね?」

「……はい」

「りりあの恋人は、りりあにあまえたいと思ってるっていう設定だよ?」

「え……」

 そうなのか。りりあちゃん、なんでそんな設定にしちゃったんだろう……。そういう人が好みなのかな。

「さ、どうぞ?」

「……うん」

 周囲を見渡すと、幸いなことに誰もいない。

 固唾を飲み込み、覚悟を決める。ゆっくりとりりあちゃんの胸に頭を預ける。あっ、いいにおい。

 りりあちゃんは優しく私の後頭部に腕を回す。

「……どう?」

「あの……」

 なぜだろう、すごく癒される……。ハグをするとストレス発散になるというのは本当みたいだ。

 でも、素直にそれを口に出来なかったのは、やっぱりちょっと悔しかったからだろうか。

 それでもりりあちゃんは、優しく私を抱きとめてくれた。

 しばらくの間、りりあちゃんの腕の中。

「……りりあちゃん、今日はいつもと違うね」

 私が疑問を呟くと、りりあちゃんは少しだけ抱きしめる両腕を強くした。

「……大切な人と一緒だからかな」

 りりあちゃんは、耳元でそう囁いた。




 翌日の高宮家、りりあちゃんの部屋にて。私、りりあちゃん、りりあちゃんの友達の女の子の三人が集まっていた。友達の子もりりあちゃんほどではないけど、若干派手な感じだ。最近の小学生は、みんなこんな感じなのだろうか?

 なぜ三人で集まっているかというと、りりあちゃんに恋人がいる事を証明するためだ。りりあちゃんの友達に会って、恋人だよーと証言するのが私の役目だ。まあ、嘘なんだけど。

「この人がりりあちゃんの恋人なの?」

「そうだよー、葉山日和ちゃんでーす」

「ふーん……」

 りりあちゃんの友達はいかにも怪しい人を見る感じでこちらを見ている。まあそうだよね。

「……こんにちは、葉山さん」

「あ、こんにちは」

 にっこりと笑顔を作るが、どうにも不審がられる。

「あの、葉山さんはりりあちゃんと付き合ってるんですか?」

 完全に不審者を見る目つきだ。

「あー、うん。そうだよ」

 私が言うと、りりあちゃんは満足そうに頷いた。

「ほらね?」

 それ見たことかと言わんばかりの表情をしている。どや? って感じだ。

 一方、りりあちゃんの友達はますます怪訝な表情になる。

「葉山さんは部屋と掃除とかしてますか?」

 あ、これは予習したやつだ。

「あーその、恥ずかしいんだけど、りりあちゃんにやってもらってるんだ」

 これは、本当に恥ずかしい。

 一応りりあちゃんは満足気に微笑んでいる。友達の方はなんだか考え込むような表情をしているのだが。

「あの、あんまりこういうこと訊きたくないんですけど、葉山さんはロリコンなんですか?」

 ……そーだよね。そう思うよね。

「違うよ、たまたま好きになった子が年下だっただけだよ? 10歳差とか、歳とったらあんまり気にならないしね」

 言い訳になってないなと我ながら思う。小学生でも、たぶん誤魔化しきれないだろう。

「……そうですか」

 りりあちゃんの友達は、当然のように納得していない。

「あの、もう嘘付かなくていいですよ。りりあちゃんそういうとこあるし」

 一瞬で空気が凍った。

 さっきまで笑っていたりりあちゃんの顔からも、表情が消えている。

「りりあちゃんよく嘘つくし、周りの迷惑も考えないし」

 彼女の語りは続いていく。よっぽど腹に据えかねていたのかもしれない。

 件のりりあちゃんは茫然としている。心なしか顔色も白く見えた。

「葉山さんだってりりあちゃんに合わせてあげてるだけでしょ? 葉山さんも迷惑ですよね?」

「……」

 問われて、言葉が出なかった。

 確かに、全て彼女の言う通りだ。りりあちゃんは嘘をついているし、私は迷惑している。

 りりあちゃんを見ると、不安そうに私を見ていた。見たことのない表情で、今にも泣いてしまいそうにも見えた。

 だから私は、恋人として精一杯のことをすることにした。

「……これ以上、私のりりあのこと悪く言うのやめてくれないかな」

 たぶん私は、怒っているんだと思う。

「私はロリコンだとか言われてもいいんだけど、りりあのこと悪く言うのはやめてほしい」

 なんでかは、私にもよくわからないが。

「りりあは確かに周りから勘違いされやすいけど、本当はとっても優しくて可愛いの」

 こんな風に言うのは、自分らしくはないのだけど、でもまあ、きっとりりあちゃんの恋人なら、こんな風に言ってあげるんじゃないかな。

 だって、りりあちゃんを好きになった人だもの。

「そんなりりあを、私は心から大切に思ってるの。だから私の特別な人を悪く言わないで」

 りりあちゃんは、終始驚いた顔をしていた。





 結局、りりあちゃんの友達は怒って帰ってしまった。

 まあ、私が怒らせてしまったのだが……。

 りりあちゃんの部屋に残された二人で、並んでベッドに座っていた。

 りりあちゃんは立腹しているようで、顔を赤くしてじっと私を見つめていた。

「……ごめんなさい、りりあちゃん」

 小学生相手にムキになって上から目線で気持ち良く説教しちゃうような生ゴミでごめんなさい。

「ううん、大丈夫」

 ……なんだか怒っていると言うよりは、ちょっと呆けているいるような感じだろうか。

「あの、りりあちゃん?」

「……なあに? ひよりおねえちゃん」

 ……おねえちゃん?

「あの、りりあちゃん、大丈夫?」

 おねえちゃんなんて、一回も呼んだことないでしょ?

「うん、おねえちゃんが守ってくれたから……」

 ……あれ、もしかして感謝されてるのか。

「そう? ならよかった」

 まあ怒ってないならいいか。とりあえず一件落着といったところだろうか。

 と思っているとりりあちゃんがきゅっと私の手を掴んだ。

「あの、私ね、前からひよりおねえちゃんのこと守ってあげたいなって思ってたの……」

 あれ?

「だから、ひよりおねえちゃんの恋人になれたらいいなって思ってて」

 ……もしかして、告白されてるの?

「だからね、あんな嘘をついちゃったの」

「そ……か」

 りりあちゃんの顔は、どこか夢を見ているような表情をしている。

「でも今日のひよりおねえちゃんはとってもカッコよくて、その」

 えーっと、どうしよう。

「今までよりもずっと、好き」

 ……初めて、本当の愛の告白をされてしまった。相手は小学生だけれども、りりあちゃんは真剣だ。

「だから、ちゃんと、ひよりおねえちゃんとお付き合いしたい」

 握っていた手を離したかと思うと、今度は肩を捕まえれる。

 顔が近い。

「あの、りりあちゃん、ちょっと待って」

 小学生の小さな手と、大して強くない握力。振り解こうと思えばできるのだけど。

 りりあちゃんの蕩けるように上気した顔に、どうしてもそれができない。

 それは、すごくかわいくて、それでいて、どこか艶っぽかった。

「りりあは、本気だよ」

 りりあちゃんの告白は、自分でも驚くほど嬉しかった。だから私も、本気の答えを用意したかった。

「……りりあちゃんは、なんでもお願い聞いてくれるって言ったよね」

「……うん」

 確か、恋人のふりをやり遂げたら、りりあちゃんは私のお願いを聞いてくれるといった。

「もう少しりりあちゃんが大きくなるまで、私のこと好きでいてくれる?」

 それは儚い願いだと思うけど、りりあちゃんは笑顔で頷いてくれた。

 ……それにしても、やっぱり私、ロリコンなのかな。




『小さな子・自分より立場が弱い人、困ってる人は、積極的に助けてあげましょう。見返りを求めてはいけません。』

 自室のベッドで横になりながら読んでいた『あなたを変える17の魔法の言葉〜実践編〜』にはそんな一文が書かれていた。

 うーん、まあ言いたいことはわかるんだけど、助けるにも勇気がいるじゃん。知らない人に声とかかけられないし。

 とそんなことを考えていると、コンコンとノックの音が聞こえ、続いて「日和ちゃーん、入るね」とりりあちゃんの声が聞こえた。

 起き上がりながら「どうぞ」と答えると、りりあちゃんが控えめな様子で入室してきた。

「いらっしゃい」と言うと、はにかみながらりりあちゃんは微笑んだ。

「また来ちゃった」

 りりあちゃんはゆっくりと近づいて、すとんとベッドに腰掛ける。りりあちゃんは顔を近づけると、耳元で囁いた。

「今日は、家の人は誰もいないんだね」

 わざとらしく艶っぽい声を作るりりあちゃん。顔が赤くなるのが自分でもわかる。

「……りりあちゃん、からかわないで」

 りりあちゃんは口を開けて笑う。

「ごめんねー、照れてる日和ちゃんが可愛いからさぁ」

 結局、私とりりあちゃんの関係にあまり改善はなかった。

 未だに会話の主導権はりりあちゃんが握っている。

 まあ、それでも、以前のように嫌な気分にはならない。

 りりあちゃんの気持ちが、以前よりわかるからだろうか。

「もう少し大きくなるまで待っててね。日和ちゃん」

 ふー、と溜息をつく。

「……りりあちゃんが大きくなるの待ってたら、私はいくつになると思ってるの?」

「大丈夫、責任とって幸せにするから」

 小学生にそんなことを言われても嬉しくない……、はずなのに、顔がついにやけてしまう。

「嬉しい?」

「……うん」

 りりあちゃん微笑むと、私の首に両手を回して抱きしめた。

「今は、これで我慢しようね、日和おねえちゃん」

 耳元の甘いささやきに、また私は顔が赤くなるのを自覚した。

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