第5話 帰り道
チャイムが鳴った。
授業は前世の繰り返しのようなものだったので、正直退屈だが復習としてやってみると案外集中できた。それも先ほどの音によって終わりを告げる。
これが本日最後の授業だった。周りを見渡してみると、ちらほらとまだ授業の内容をノートにまとめている人たちがいた。俺は重要な点をまとめて、メモ程度に簡単にまとめていたので比較的早かった。
荷物を片付け終え、鞄を持ち上げようかとしたとき、後ろから「おーい」とのんきな声が聞こえてきた。
声の主は聞いただけでわかった。櫂だ。
俺は、彼が次に声をかける隙を与えないように会話の先手を取る。
「お前なんでこんなに早いんだ?今日のあの授業は結構ノートまとめ大変だったのに」
昔からそうだったが、また今度聞こう聞こうとしているうちに忘れていた。今回は俺が先に会話の主導権を得たので、思い切って聞いてみる。
もちろん俺は楽したノートまとめをしているので早い。だが、それよりも早い櫂に疑問をぶつける。櫂は「ああそれか」と言ってから、大きく深呼吸をしてから続ける。
「俺ってさ、昔からなんだけど映像記憶できるんだよ。だから、教科書ももう暗記したし、授業内容もばっちり覚えてる」
納得。だから教科書を開いていなくて教師から「また忘れ物か」とか、ちゃんと授業受けてるのか」とか言われていたのか。
……なんだ…この釈然としない感じ?まあいいか。
「便利な才能をもってんな」
「おかげさまで苦労というものを知らない」
櫂は悪ガキのような笑みを浮かべて、「いいだろ」と言いたそうだ。
俺は彼に対して、「ふーん」を鼻声交じりに言って視線をそらすことで返事のようなものをした。俺は鞄を今度こそ持ち上げ、「帰るか」と言って櫂を連れる。
無駄にでかい階段を下りているとき、櫂から話しかけられる。
「なあ、帰りちょっと付き合ってくれね?」
「どこかいくのか?」
櫂は「ああ」と受け答え、視線を前に戻して続ける。
「近所に新しいシュークリーム屋ができたんだよ。一緒に行きたくてな」
「シュークリーム屋ならアイニスあるじゃん」
あそこは
櫂は「いや~」と伸ばして結論を延ばしながら、迷った末に言う。
「あそこって店長変わってから味が落ちたんだよね」
そうだったのか。水無月真琴になってから行ったことがなかったので、知らなかった。今にして思えばあれが春斗と行った最後の場所になるのか。思い出の場所が変わってしまうのは少し悲しい気分になる。
「お前よく行くのか?味覚えてるって事はそれなりに行ったことあるんだろ?」
「まあちょくちょく」
そうこうしているうちに校門まで来た。俺たちが早いのかみんなが遅いのか、この場にはあまり人が多くなかった。
校門を出ると、専用の駐車場に数台のリムジンと普通車が止まっており、そこにいるリムジンの運転手らしき人が俺を視界に捕らえると声をかけてくる。紀子さんだった。如月家で優奈のお世話係だった彼女は現在俺の世話係として水無月家に仕えている。彼女は今年で70歳近くになるが、まだまだ覇気のある元気な人だ。
彼女が近づいてきた。
「お疲れ様ですお坊ちゃま、お車のご用意ができましたが、いかがいたしますか?」
お坊ちゃま…普通なら子供のときから言われて慣れるはずなのだが、生憎俺には修哉としての18年間の記憶が邪魔し、思考が一般人なのでこれには違和感があった。
「あー…その呼び方なんだけど、家の中ならいいんだけど外のときは止めてもらっていい?」
「承知いたしました。では、真琴様。どうなさいますか?」
再び彼女が聞いてくる。車か…確かにいいが、店の駐車場に停められるか?そもそも駐車場があるかもわからないし。
「すみません。今日は櫂と一緒に寄るところがあるから先に帰ってて」
「ああー待って待って」
紀子さんが返事をする前に割り込んできたのは、今まで静かだった櫂だ。
「あの店近くに車停めるところあるから、そこに停めればいいよ」
「これリムジンだけどいけるのか?」
普通の車ならまだしも、紀子さんが乗ってきたのはリムジンだ。いくら停めるところがあると言っても流石に無理ではないか?そう思っていたところに、櫂からの返事が。
「大丈夫近くの店との共有の駐車場だから結構広いし、あそこ住宅街に近いせいかほとんどの人が徒歩か自転車で来るから車が少ないんだよ。だから、店の人に許可取れば普通に止められると思う」
「そういうことなら…でも許可取れなかったらどうする?」
「大丈夫だよ」
俺の質問が不毛と言いたげな得意顔で簡単な回答がくる。内心心配だったが、彼の意見に賛成した。
「じゃあ紀子さん、車出してもらっていいですか?」
軽く頭を下げながら「承知いたしました」言った後、彼女は車のほうに向かっていく。俺たちもそれについて行く。
車の横に着くと紀子さんがドアをあけてくれる。「どうぞ」と言われると、俺はゆっくりと中に入っていく。対照的に、櫂は少し興奮した様子で入ってくる。
「すっげ、これが噂に聞くリムジンってやつか…」
リムジンに乗るのは初めてなのだろう。と言うか、普通に生きててこれに乗ることなんてそうはないはずだ。
「遠くからはよく見るけど、乗るの初めてなんだよ!中はこうなってんのか……なんか予想よりも質素だな。もっとキラキラしてると思ってたわ」
彼は内装を一通り見てから、新しいおもちゃを買ってもらった子供のようなテンションで感想を述べる。うちは厳しいからあまりそういう内装にしないだけで、お調子者の金持ち坊ちゃんはよくやるんじゃないか?と内心半信半疑になりながらも、「うちはそういうのはないから」と軽く答える。
「では櫂様、ご案内をお願いいたします」
「あれ?ナビはついて……あ、店の名前とか言ってませんでしたね。すみません。お店の名前は『リボンス』です。結構近いんで、すぐ着くと思います」
紀子さんがぱっぱとナビに場所の名前を打ち込むと、ルートが出された。
「ここでお間違えないですね?」
櫂は「はい」と簡単に返事をして、俺の方に顔を向ける。ちなみにこの車は、ドアの反対側に普通の車の席を90度回した状態で席が設置してある内装で、運転席に近づくとその反対側にも2〜3人が乗ることのできるスペースがある。そのスペースに彼は座っている。そして、対面に俺。
「さて、今度のテストなんだが…お前は何か対策はしてるのか?」
「対策って言っても、いつも通り普通に復習なりなんなりしてれば高い点数は取れるからな。苦手なとこは少し厚くやっておくけど……お前の方はどうなんだ?」
俺が聞き返したのがおかしかったのか、ニヤッとした笑みを浮かべて言い返す。
「忘れたのか?俺の記憶能力をさ。テストなんて余裕余裕」
「けど、今回のテストは今までのと違って、記憶しただけじゃできない問題も出てくるんだぞ?」
彼の回答に対してすかさず俺が突っ込んだことを言う。それを聞いた櫂は何故だか不思議な表情をして少しの間を置いた。
何か俺は変なこと言ったか?その疑念が頭を、思考をめぐり、時間の流れが少し遅く感じる。逆に命の鼓動は気持ち早く感じる。そして、櫂が口を開き、
「お前何でそんなこと知ってんだ?」
それほど深刻そうな口調でなく、いつもの悪ノリのテンション混じりに櫂は言う。
前世の記憶があるせいか、この時期のテストが普通とは違う形式であることをつい喋ってしまった。しかし、少し焦ったが場の雰囲気というものがある。彼がシリアスな受け取り方をしていない以上、俺はこの場を修羅場なんて思わなかった。俺がここで言うべきは…
「感」
「は……?」
これでいい………かも……知らない……と思う……。
「ふっ……あっはははっ!そいですか、感か!だよなー…まあでも、その感当たりそうだから俺も少しは勉強するわ」
馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったもんだ。気づきや突っ込みはピカイチなのに、その先にある導き出す回答がもやもやだ。霧がかかって何も見えず、ただひたすらに、ガムシャラに前に進もうとする。正しい判断だとしても、行き着く先は結局謎のまま。たどり着くかもしれないがそうでない場合が多い。
「はぁー……なぁ…本当に感か?」
ため息と少しの間を挟んで俺に問いかける。
「本当だよ」
馬鹿と天才は紙一重……か。つまりは俺も馬鹿になるってことか。
そんな話をしていると、車が止まりほんの僅かな慣性が体にかかる。ここまで信号に引っかからなかったのかこれが乗ってから初めて感じる停止の際の慣性。すると、ひとりでにドアが開く。完全にドアが開いたのを見て、俺は外に出る。
「おぼ……真琴様、到着致しました」
「今言いかけなかった?」
確実に御坊ちゃまって言おうとしたな。それに対して俺はすぐに突っ込む。しかし、
「それでは私は駐車の許可を取りに行ってまいります」
この人無視した!?なんか昔の紀子さんと違くないか!?前はもっと細かいことにうるさくて、何が何でも矯正しようとしてた人なのに……年って怖い。
「あーえっと……メ、メイドさん…でいいのかな?」
「紀子で構いませんよ」
「紀子さん…俺達が行ってきますよ。店の中に入るんだし、もし許可が下りなかったらすぐ戻ってきます。戻ってこなかったら許可出たということで」
「承知致しました。では、よろしくお願いします」
そこで俺たちは紀子さんと別れ、櫂と一緒に店に入っていく。
2度目の世界は幼馴染(あなた)の子として るいりん @Rui-nihsi
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