テスト
第4話 母と子
真っ暗な闇の中にもはっきりと俺の意識は存在していた。俺はそれが疑問でならない。俺は無残に死んだのだ。何者かに電車がすぐに通るであろう踏み切りに投げ出されて車体が生み出す轟音と踏み切りの単調な甲高い音を最後に聞きながら吹き飛ばされた。結局頭を打ったのが俺の命に止めをさした。
なら今俺はなぜこんなにもはっきりとした存在感を認識しているのか?ネットで見たことあるが、死んだ後は『無』にかえるのではなかったか?俺は神様の存在を信じている割に、これだけは『無』説を信じていた。しかし、この今俺がおかれている現状を考察するに、『無』ではないみたいだ。ここで五感を研ぎ澄まして情報を集めてみることにした。
視覚……何も見えないし、一切の光はこの暗闇の中感じるはずがない。
嗅覚……何も感じない。臭いも、いい香りも、おいしそうなにおいも。
聴覚……何も聞こえない。自分の声も、周りの声も、なにも。
味覚……もちろん何も感じない。まず、口の感覚がない。
触覚……口の感覚がない同様、腕の感覚も、足の感覚も感じない。
浮遊感に襲われていてどこが上でどこが下。さらに文字通り右も左もわからない。以上の情報から、もしかしたら体の存在が『無』であり、魂は存在しているのかも知れない。
魂の存在が確認できたからといって、そこに命はない。魂とそれを受け止めるからだがあってこその命。生きていくもとの力。結局、『死』には変わりなかった。
「何もないな……」
本当に何もない。
「うっ…あれは、光?」
ここに来てようやく視覚が取り戻されたのだと錯覚した。光が見えたのだ。しかし、依然としてその光以外は見えないので俺の視覚は戻ったわけではないのだろう。
「え?うわ!!」
光に吸い込まれる。いや、どちらかというと暗闇の世界に光が満ちてきている。それと同時に俺の意識はもう一度失われようとしていた。
薄く…
薄く……
薄れて………
――――消えた―――――
―――――次に意識が覚醒したとき、目の前には色があった。まだはっきりはしていないが、これはしっかりとした景色だった。
「――――――――う」
視覚はある。だが、うまくしゃべることができない。それでも、発声しようとすれば発生できることから聴覚もあるし、しゃべることもできるみたいだ。
ふかふかした感触が感じられる。俺は寝ているのだと理解、背中をなにやら柔らかいものに支えられながら上品なつくりをした天井を見ている。同時に、触覚が存在していることも把握した。
「あーうー……」
やっぱりうまくしゃべることができない。
それに、今しゃべったことで体が酸素をほっしていた。俺は鼻から呼吸をして、体に必要なものを取り込んだ。何の花だろうか…心地のよい香りが感じられる。
何が起きているのかはわからなかった。しかし、この短い間に俺は確かな『生』を感じた。
しばらくして、人の気配がした。どうやらこちらに向かっているみたいだった。
徐々に…徐々に……足音は近づいてくる。はっきりとしない視界が動く色を捕らえる。そして、
「よしよーし、元気にしてた?」
俺の体を難なく持ち上げて、その女性は自身の柔らかく大きく育ったものに軽く押し付けた。
「(え………)」
その人の顔がすぐ近くに来たとき、近視のようにはっきりと視界に映った。それは、最後に見たときは暗く悲しいものだった想い人によく似ていた。しかし、彼女と違うのは、表情の明るさだけではない。童顔が強かった彼女に大人っぽさが加わった立派なレディというか…。
正直俺は混乱している。
何がどうなって……
「うあー」
やはり言葉にはできない。この女性の手の中は温かかった。気持ちがどんどん落ち着いていくのがわかる。
そのとき、女性が来た方向から若い男の声が聞こえた。
「おーい優奈!いとしの息子は元気にしてたか?」
………………
「もうせっかく落ち着いてきたんだから、もう」
いとしの息子?
優奈?
ばらばらのピースが当てはまっていった。と同時に、追いつかなかった理解が圧倒的な現実の事実に後押しされ、ひとつの結論が嫌でも導き出された。
俺は今、『赤ちゃん』である…
俺は今、『優奈の息子』である…
そして……
「そろそろおっぱいあげなくちゃ…ほら、あなた出て行って」
「わかったよ」
ある意味で『ピンチ』である。
それからというもの、苦労の日々だった。体は子供、頭脳は大人なんていうのはアニメで見たことがあるが、あれはあの主人公よりもっと下の赤ん坊からの始まりだった。しかも母親があの優奈…俺の初恋の相手であり想い人。授乳するときなどは、性欲がないのか体は反応しないが俺の意識はがっちりと反応していた。
それに、赤ん坊なのにまったく泣かないということで、病院にも連れて行かれ、いろいろと検査をされた。一年を過ぎてからは比較的楽になった。優奈のおっぱいを吸う必要もなく、離乳食、普通の食事(子供用)へと変わっていく。体にも変化があり、歩くことはもちろん、だんだんと話ができるようになった。読み書きも指先の感覚が出てくるとともに上達していく。
もちろん中身が高校生なので、普通の幼児よりも驚異的なペースで能力が覚醒していくことに親や世話係の人たちは驚いていた。正直悪い気はしなかった、むしろ優越感が心を満たし、日々何かしらの幸せを感じている。
さらに都合のいいことに、この人生の俺の体は運動能力が高かった。前世の『新垣修哉』として努力で培ってきた知識とこの身体能力。まさに理想のハイブリットだった。
それだけではない。親が両家ともお金持ちの跡取りでその子供なので、お金はあり、優奈の子供とあって鏡で見る俺の顔は客観的に見ても綺麗なほうだった。それに……優奈も幸せそうだった…………家庭環境はまさに完璧で、順風満帆だ。
神様は前世の俺が悲惨だったことを見ていてくれたらしい。今回の俺は前回の俺が持っていなかったものをすべてくれた。金も、地位も、才能も、うれしかった。
――1番大事なものは失ったまま――
…………うれしかった……。
彼は、自分の頬に伝って落ちていく水滴の存在に気づかない。気づけない。気づいたら縛られると感じて。なぜ縛られるのか、本当はそれに気づいていながら――――――
こうして、2度目の人生――
2度目の人生、かつ精神年齢が18歳からスタートしたというのもあって、時間の経過が回りのみんなよりも早く感じていた。周りのみんなとは学園の友人である。俺はあれから年をとり、高校生2年生にまで成長した。進んだ高校は東能学園高等部だった。というのも、今回の人生では俺はお金持ちの家に生まれているわけであるから、小学校も中学校もこの学園だった。しかも、一般入試ではなく推薦で入ることができた。両親が
俺は見慣れない教室に入った。
「ここが2年生の教室か…
国立大学のような階段式になっている生徒の席は自由に座れ、大型のモニターまでもが存在していた。一人ひとりの席はかなりのスペースを確保しており、机の脇には超薄型のノートパソコンが板のようなものに乗っており、それをスライドすることで机から上に10cmほど高くなった状態で前に出てくるようになっている。ちなみにテストのときはテスト用の教室が用意されているので、カンニング等の問題はない。
「おはよう!」
必要以上に大きな声で俺に挨拶をしてきたのは、
「――――――?」
ちなみにこいつとの出会いは小学2年生だったかな。彼の母親は早くに亡くなって、父親と二人で生活をしていたのだが、その父親が急にいなくなってしまったのだ。手紙を一枚残して…。その手紙の内容は、よく一緒に行動している俺でも話してはくれなかった。中学のときに聞いてみたが本人曰く、「覚えていない」とか。
今のこいつを見ていると嘘に聞こえるかもしれないが、彼の過去はこれがすべてであり真実だった。
「どした?おーい」
「お前がうるさいからびっくりしてただけだよ」
いつものことじゃねーか、といいたいのか櫂は少しにやっとする。それが返事だったみたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます