第3話 消える未来

 あれから数ヶ月が経過していた。俺は振られた当初はどうしようもなく落ち込んで何もかもやる気がおきなかったが、春斗がいろいろ支えてくれたおかげで何とか持ちこたえることができたし、別に大切なものができた…。春斗こいつはそのうちのひとつだし、その中の一番だ。ちなみに優奈からは避けられている…。


 俺はあの後推薦で日本で一番難関とされる大学に推薦で受かることができた。この学園は特につながりがあるみたいで、ほかの学校では1人受かればいいぐらい難しいのだが、ここは5人もの推薦枠が確保されている。それでも成績がそれにふさわしくなければその人数以下になるし、落とされる。しかし、俺は無事に受かった。

 

 これが目当てでこの学園にきたというのもあるが、もし受からなくてもここ出身というブランドがあればほかの大学の推薦にも有利になるだろうし、勉強にも専念できる。さらに優奈もいた……。俺にはこの学園はメリットの塊みたいなものだった。


 落ちかけた俺を支えてくれた春斗には本当に感謝している――――



 ――数ヶ月前――

 だるい。つらい。気まずい。

 優奈のふられ、そのことで春斗にも気を使わせてしまった。今日は学園に行きたくはなかった。しかし、理由もなく休むことは自分のプライドが許さない。それに、もし別の日に体調を崩して休んだとき、これがそのまま推薦枠争いに響いてくる。気が乗らなくても行かなければならない。

 

 俺はだるいと錯覚している健康な体と脳を無理やり起こして、軽い朝食を済ませて家を出る。


「うい。おはよ」


 学園について一番最初に春斗が話しかけてきてくれた。昨日の件があって俺からは正直話かけ辛かったのでよかった。その後はいつもどおりの学園生活が戻った。普通に勉強して、しゃべって、帰る…そんなあたりまえのことが。しかし、俺の気持ちはやはり戻ってはいなかった。勉強?ノートまとめ放棄してずっと空を眺めている。しゃべる?一方的に春斗が話し、俺はそれをただただ聞くだけ。帰る…これだけがいつもと同じ。


 そんな生活を繰り返した結果、俺は小テストの成績が大幅に落ちた。いつもは5位以内には入っているのだが、今回は32人中24位。最悪の結果だ。その後もそんな結果が続いた。もう無理とも思った。

 

 しかし、そんな状況を見ていた春斗が俺の家までに来て、勉強を教えいてくれた。それからは成績が格段ではないにせよ、授受に上がっていく。気がつけばいつも通りの成績に戻っているし、気持ちも明らかに前に向いていた。


「助け合うのが普通のこの世の中でも、それは『常識』じゃない。人には価値観があるからな。けど、大事な友人が困っているときは助けてやりたいって思うのはさすがに『常識』だろ」


 後にしていえば簡単だった。春斗にとって俺が友達だったから。そしてその人が困っていたから。たったそれだけ。俺は、彼に気を遣わせまいと逆に彼に対して失礼なことをしていたのかもしれない。分かり合おうとしていた彼と距離を置き、何かしてあげたくても何もできない状況に持っていこうとしていた…俺は……。

 彼の言葉を聞いて、急に恥ずかしくなった――――――



 それがあったからここまで来た。次は俺が彼を助ける番だ。

 

「あの時はありがとな」


「急にどうした?」


「今はそんな気分なんだよ…そう言いたい気分なんだ…」


 晴れ晴れしい。推薦枠を勝ち取ったのもあるが、こうした日常が楽しかった。

 春斗は「だったらさ」と言い、続ける。


「今度俺の勉強見てくれね?そんでさ、受かったらどっかに旅行行こうぜ。北海道に飯食いに行ったりなんかしてさ…な?」


 飯のためだけに北海道かよ…まあいいか、北海道だろうが沖縄だろうが、それこそ外国でもとことん付き合うさ…金があれば……。

 この会話から10分ほど経過したところでだろうか。


「そういえば、聞いた話なんだけどよ。今のお前になら話してもいいかな」


 思い出したかのように春斗はいつもの口調より少し低めの真剣な声色で話を切り出す。

 ―――わかってる――――


「あの子…優奈さんのことなんだがな――――」


 ―――わかっている―――


「――結婚するんだってさ……」


 ――――わかってた――――




 家に戻るとベッドに全体重をうつ伏せであずける。わかっていた…か。


「なんとなくは予感していたけど、本当に結婚するんだな…」


 思考が白く塗りつぶされていく。

 空っぽな意識。 

 虚無。

 絶望に似た感覚が俺を失望させ、黒い感情が襲う。

 それは婚約相手に対する嫉妬か。

 それは裏切られたことに対する憎しみか。

 それは奪われたことに対することへの怒りか。

 それとも、この世の残酷さへの悲しみか。

 しかし、俺は以前のように自分を見失うようなことはなかった。そうさせてくれた友人がいる。今ある大事なものを過去の出来事で落としていくのはもうやめる。そう決めた。

 

「でも何でかな―――」


 何で―――――


「――何で泣いているんだろう……」


 ――何で泣いているんだろう……



 俺はいつの間にか寝てしまっていたようだ。時刻は12時を回っていた。


「首が痛ぇ…作るのめんどくさいし、コンビニで晩飯を買って食うか…」


 出かけようとしてドアをつかむと、服がまだ制服であることに気づいた。すぐに戻って、簡単な私服に着替える。


「行くか」


 今度こそドアの外へ。コンビニは歩いて5分程度のところに2件あったが、俺の好きなチキンがあるほうに向かった。都会に住んでるといっても、俺のいる地域は夜になると比較的他の街よりも閑散としているため、少し暗い。そういう視点から見れば俺の住んでるのは郊外といっていい。


 もう少しだ。もう少しで着く…というところで、踏切が機械的な繰り返し音と赤い光の点滅と共に俺の行く手を阻む。


「ここでひっかかるか…」


 この信号は長いから嫌だった。見ると、やはり奥にある駅で電車は止まっていた。


「時間かかりそうだな」


 といっても所詮は踏み切りだ。すぐに通れるようになる。そう自分に言い聞かせ、スマホを眺めぼけっと待つ。

 すると、俺の前に影ができてきているのがわかった。後ろからライトが当てられている証拠だ。振り返るとやはり鳥の羽が3枚重なったような紋章のついた黒い車が来ていた。すぐに道の脇に移動し、ぶつからないように気をつける。


「かっけぇ…」


 その車を一瞥し、この時間をやり過ごすためスマホをのぞく。とその時、バタンっ!という勢いのある音が近くから聞こえる。音の方向を見ようと体を回転させるが、その瞬間に2人の黒スーツを着た大柄の男に拘束された。

 

 必死に暴れ抵抗するが、抜け出せない。そのことに必死になる。すると3人目が運転席から出てくるのが見えた。俺の抵抗はここで終わった。やめたわけではない。無意味なのだ。結局3人に持ち上げられ、俺は数メートル移動させられる。そして、タイミングを見計らって俺を線路のほうに投げ入れる。


 ようやく地面に降り立ったその刹那、気づく。光を。

 ガタンゴトンという重い音と共に大きな鉄の塊が勢いよく俺の方向へとせまって………………俺は跳ねr――――――――――――

 

 衝突の鈍い音すらも掻き消えるかの勢いで俺は横から跳ねられ、。めんどくさいことに俺は即死できなかったみたいだ。駅に止まっていたためトップスピードでの衝突を避けたみたいだ。それでも、死には十分な力だった。

 


 ―――――まだ…―――――



 苦しい…。死にたくない…。

 生きたいと願う俺の脳に反して、体は逝きたいとばかりに力を失っていく。動かない体に走る痛みだけが俺の生きているという証明を果たし、映る視界が意識の覚醒を願う。しかし、それもひと時。すぐに俺の視覚は光を失った。存在を証明してくれるはずの痛みさえも徐々に消えていく。

 


 ―――――なんでこんな…――――



 何かふわふわしてきた。死の瞬間は自慰行為よりも気持ちがいいと聞くが本当なのだろうが…。それもすぐわかることだ。



 ―――死ぬわけには……優ナ…はル斗……――――



 なあ…俺何か間違ったかな……一般なりにも努力して、上にいって、成り上がろうとして、世の理不尽と不平等に抗おうとした。そんな俺を神は後押ししてくれると思っていた…。けど、そういうことか……神そのものを込みにして理不尽、不平等、残酷。この世界のゆがみだった…。

 

 優奈は他の男に取られて、春斗にはまだ何も返せてない…俺を都会に送り出してくれた母さんや父さんにもここ最近会っていなかったし。こんなことならもう少し会話なり何なりしておけばよかったな……。



 もうなにもjかいがえられかhsp…。ああ、し…ぬnだ…n。

 



 ――――死ニたクナい―――――

 



 そこで彼の意識はなくなった。かすかに抱いた負の感情も、視界をかすませいた血の赤も、後悔も、何もかもすべてが漆黒に塗りつぶされた。そしてこの瞬間をもって、新垣修哉あらがきしゅうやの命の灯火は消える……。










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