第2話 コクハク
放課後。
夏前ということもあって、昼間と変わらないぐらいに明るい。夕日が見える時間帯でもないし、まだまだ日差しがうっとうしいくらいだ。俺は掃除当番でごみ捨てのために後者裏の廃棄場まで足を運んでいた。いくらお嬢様お坊ちゃま学校でもこういうところは一般と同じみたいだ…というか校長がそうしたのだとか。
「――――――す」
なにやら声が聞こえた。女の人の声。ごみ捨て場をさらに奥に進んだところから聞こえてきたが、あんなところに人がいるなんてことは珍しかった。というか、用もなくあそこにいるなんてことは絶対と言っていいほどない。おそらく告白かいじめでもしているのだろが、優しい感じの口調だったし、後者は無いだろう。
顔を少しのぞかせる形で見てみると、やはり告白だった。日のあたらない薄暗い校舎。そこには二人の男女の影。それが確認できたところで俺はすぐに顔を引っ込める。
ここで告白なんてよくあることだ…と、自分に言い聞かせ立ち去ろうとするが、どうしても気になってしまう。俺も過去に告白した身だし、告白の大変さは重々承知のつもりだ…あれ?あの時は、優奈のほうから告白されたような…。
「ごめんなさい……」
結局俺は気になって盗み聞いた。昼に廊下でしたことをまたやってしまった。口は堅いことは自負しているが、そういう問題ではないということはわかっているつもりだ。告白した彼には申し訳ない。
罪悪感を感じ始めたときふと気づく。この声…優奈だった。
彼女は彼に対する返事を言った後、続けて言う。
「私には好きな人がいるの…それに……」
その後の言葉は出てこなかった。
俺はうれしかった。高校1年のときに再会してから、ずっと連絡を取っていろいろやり取りしてきたが、ここ最近受験勉強のためか連絡が取れなかったからだ。ともあれ、彼のこともあるから全力では喜べないが、それでも昼間とは反対で安心感などが心を満たす。
俺はすぐにその場を離れることにした。告白失敗した今の状態の彼にあってしまってはまずいと思ったからだ。
近くにあったゴミ箱を右手で持ち、音を立てないよう努力しながら泥棒のようにその場から立ち去る。
教室に戻ると春斗がかばんを持ちながら待っていた。
「ほら」
「うおっ…って、人のかばん投げんな」
冗談交じりに言う。あのことがあって遅れてきてしまったのに律儀に舞ってくれていたのだから正直に言えばありがたいし、うれしい。
さて、
「帰るか」
「そうだな。お前遅かったし、帰り何かおごれよ。あっ、新しくできたシュークリーム専門の店あったろ?あれでいいぞ?」
前言撤回。余計な事言わなければいいものを…。けどまあいいか。
「わかったよ、一番安いのでいいよな?」
悪がきのような笑顔を含んだ表情で春斗をからかう。
「いいよ」
あれ?何だろう、思った反応と違う…。
「なんかやけに素直だな。どうした、頭でも打ったか?」
「お前が遅れている間に俺は今日出された宿題を終わらせていたので、正直あまり待った気がしないだけだよ。集中して早く終わったし、時間もつぶせた。これでさらにデザートつくとか最高だろ」
こいつっ!
少しして学園を出る。はめられたとはいえ、言質をとられたからには目的の店…シュークリーム専門店:アイニスに向かった。
結局、言いくるめられて高い『ミックスフルーツシュークリーム』をおごらされてしまった…
△ ▲ △ ▲ △ ▲ △ ▲ △ ▲ △ ▲ △ ▲ △ ▲
家に戻ってから優奈に連絡をいれた。その後、晩御飯を自分で作りささっとそれを片付ける。優奈を追って田舎から都会に出て、今は一人暮らしをしているためだ。
その後は宿題やら予習復習やらで時間をつぶし、受験勉強をしていたら12時を越えていたので英語の単語帳をぱらぱらとめくって暗記し寝る。受験の近い最近はこんな生活が続いていた。やることはやっているので悪い気はしない。ただ、心がつぶされないように適度に遊ぶようには心がけている。
「さて、寝るか」
部屋の電気を落とすと、パソコンの近くにおいてあったマウスの放つ緑の光以外は見えなくなった。電源切るの忘れていたな…。すぐにマウスの電源も切り3,4歩歩いた先のベッドに向かう。勢いよくベッドにもぐりこみ、布団をかぶり目を閉じる。そこから眠りに入るまでに時間はかからなかった。
次の日の朝。
早朝の学習を終え、朝ごはんを食べてからしばらくして学園に向かう。いつもの朝だ。出かける前に何気なくスマートフォンを見てみると、連絡が入っていた。優奈からだ。
『放課後に校舎裏に来て』
いまさら告白というのはおかしいし、何か伝えることがあるのかな…。正直嫌な予感しかしなかった。
昨日いろいろあったにもかかわらず、ここにきてまた不安に襲われる。嫌な汗が流れるとともに、久々に再会した悪魔が握手を求めるかのように俺の心臓上部にいやな圧をのしかけてくる。またあの嫌な痛み。
何もわからないまま家の扉を開けて、学園に向かう。
「…………―――」
その日の授業はあまり集中できなかった。もちろん朝の件が原因である。
帰りの準備が出来次第、俺はすぐに目的の場所に向かった。
ちなみに今日は掃除当番はない。
校舎裏についたがまだ優奈はいなかった。今日は曇りだったせいか、夏前にしては肌寒い感じがする。しばらくして、俺の来た方向から人の気配と足音。こちらに向かってきている。振り向くとそこにいたのは、もしかしていなくても優奈だった。彼女の顔色はあまりよくなかった。俺と視線を合わせてくれない。
俺の悪い予感はあながち間違っていなかったのかもしれない…いや、間違っていなかった。
「―――もう終わりにしましょう………」
たったそれだけの言葉で、俺の世界と心は白く染まっていった…。
―――痛い…――――
正確にはしろというよりも空……からっぽ………。何もない。最初何があったのかわからなかったとかそんなものはなかった。
―――いたい…―――
すぐに反応し、理解した。俺たちの関係が終わったのだと。
―――イタイ…―――
おそらく朝の時点でこうなると本当はわかっていたのだろう……いや、もしかしたらもっと前に……。校舎裏のじめっとした雨臭さがいつも以上に嫌に感じた。
――いたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたい…………痛ぇ………――――
――ドウシテナンダヨ――
それからお互い何も声をかけずに離れていった。彼女は理由を言わなかったし、俺も理由を聞かなかった。優奈の表情はひどく暗かったし、辛そうだったからだ。聞いたところで彼女はおそらくこう答える、「言えない」と。わかってる……家の事情だろう……こればっかりは仕方ない……仕方ないのか?……優奈との関係は仕方ないで片付けていいほどのものなのか……?
結局追いかけもしなかった。
教室には戻らず、無駄に立派な校門を出ようとした時、後ろから声が聞こえた。かなり近い距離。
「おい、忘れ物だ。どうした?なんか暗いな」
春斗だ。教室に忘れた鞄をわざわざ届けてくれたらしい。今の俺の心境に響く思いやり。心の底からありがたいと思ったし、嬉しかった。目の周りが熱くなってきた…周りがぼやける…しかし、俺はそこで堪える。春斗に悟られたくなかった。もう手遅れかもしれないけど、とにかくごまかすしかない。
でないと、春斗は俺に気を使う…そうしてしまったら俺は本当にこの先にいってしまうかもしれない。だから必死で堪え、必死で騙す。
「なんでもないよ、今日の小テストの結果が悪かっただけだよ…」
「そういえばお前、今日ずっとぼけーっとしてたもんな…………本当に大丈夫なんだな…?」
見透かされてるのか……流石だよ。けど、引くわけにわいかない。泣きたい……けどダメだ。……ダメだ。やめてくれ……今の俺にそれ以上優しくしないでくれ…。
「本当に大丈夫だって。よくあるだろ?物思いにふけるっていうかさ」
「ならいいけどさ……まぁ、暗いことがってよりもテストの点が悪かったってのが気にならんだよな……普段のお前は完璧に近い…勉強分野のみだけどな。そんなお前があのテストで悪いってのは……やっぱ何か―――」
「本当に大丈夫だからっ!!……まじで……大丈夫。ケアレスミスだからさ」
「そっか………」
なんだろう…苦しい。握りつぶされてるような、不安が胸を駆け巡る心の痛みとは違う……もっと別の……あぁ、これは春斗を傷つけたかもしれないという罪悪感からくる悲しみの痛みか。
最後の春斗の表情はひどく印象的で、鮮明に記憶に残った……。
透明な箱の中身を当てろと言われた時のような呆れと、疑念の顔はおそらく一生忘れないだろう――――――
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