東京はいつも涙味 vol.1「鉛色の街」

Capricorn_2plus5

「鉛色の街」



東京は




何故だかいつも、涙の味だね




あなたの約束




信じたのは、




きっと誰かがそのことを




わたしに教えようとしたのかもしれない








時代遅れだと思ったし




自分らしくないとも思った




だけど、他のどれよりも




わたしは人を傷つける道を選んだ








もう二度とこの場所には




戻れないこと覚悟して




固く口を閉ざし、深夜の列車へ乗り込んだ




二十五になる直前の




雪の舞う夜だった







わたしは、故郷を捨てた




肉親を、




友人を捨てた








それはいつか自分の元に




報いとなり、返ってくるだろう




わたしはあらゆるものに捨てられたとしても




怨みはしない




たったひとつだけを除いては








夜行列車の乗客は疎らで、




故郷を捨てる人は少ないことを知らしめていた




座席に沈み込むようにして目を瞑ったけれど




眠りに落ちることはできない




レールを咬む音は一定のリズムを奏で




永遠に続いていく




愛を慈しみ、賛美する者たちの巡礼歌となって








長い長い夜が過ぎ




明け方になって




東京は急に姿を現した




目の前にコンクリートとガラスでできた世界が




迫っては、次々と通り過ぎていく








わたしには




見えるもの全てが鉛色だった




車窓から眺める大都会は




朝日を浴び、




枯れたように色を落とす街並みだった




でも、だからこそ




そこにいるたくさんの




名もなき人間の息遣いを感じ取ることができた








いつしか頬には




涙が一筋




生きる意味を、なぞっている








色彩のない風景を




わたしは目に焼き付ける




あなたは現れないかもしれない




約束は果たされないかもしれない




繰り返される同じセリフを




数え切れないほど反芻してきた




そして今、やっと解った








例えそれが現実となっても




わたしは責めない




その決意こそが、




この列車を降りる権利だった




東京の霞む街並みが、静かに教えてくれた




本当の、愛の深さを








あなたがそこにいなければ




わたしは鉛色の街に暮らす




名もなきひとりの人間になろう




そして夜には




愛を信じる人々のために




巡礼歌を口ずさもう








すれ違う建物の群れに誓う




誓いはその中に溶け込んでいく




わたしは思う




どんなに心許なく




おぼろげな蝋燭ろうそくの灯りでも




それでも触れ合えること、信じたい




そんな恋も確かにある








思いは巡り、列車は止まる




張り詰めたわたしをドアへ促す




駅のホームは




人と人との隙間を彷徨い続け




少し疲れたような




空気の匂いがした




雑踏に紛れた姿はきっと、




どこからも見えなくなっていたはずなのに








改札の向こう側で




あなたの静かな微笑み見つけたとき








わかったんだ




東京は




涙の味がすることを





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