誰か、僕の明日を教えてよ

村乃枯草

プロローグ 二〇二五年九月十一日

 学校の生徒の本分はテスト。テストを受けさせられるのは仕方ない。

 でも、このテストは納得がいかない。


 Q.あなたは自分を夢見がちだと思いますか? (1点~5点)

   1 2 3 4 5


 この問題で5点をつける人がいたら、僕は、ちょっと敬遠したい。


 Q.あなたはあなた自身の知ったかぶりに気づくことが多いですか? (1点~5点)

   1 2 3 4 5


 気づくことが多い人はきっと正直者で、本物の嘘つきは反省しないだろう。


 Q.気がつくと時間が過ぎている(数分)ことが多いですか? (1点~5点)

   1 2 3 4 5


 この質問、解離性同一性障害のテストにあると誰かが言ってた気がする。


 このテストは五教科のテストじゃない。心理テストだ。

 父さん母さんは、以前はこんなテストはなかったと言っていた。精神的トラブルを抱える生徒が増えたことに対応するため、心理状態を事前に把握して適切な指導を行う、という触れ込みで、全国一斉に心理テストを行うことになって、僕らの年代は小学六年生のときから年二回受けさせられていた。

 そのテストで心理的トラブルが見つかって指導されたりカウンセリングを受けた子を、僕は見たことがない。

 僕たちはみんな、このテストはどんなに適当なことを書いても注意されることがないことを、とっくに知っている。教室には「授業が一つつぶれて楽だった」以上でも以下でも無いダレた空気が漂っている。左斜め前の男子が、今、あくびをした。

 こんなテストで僕たちの未来の何が分かるのだろう。テストを作った人に聞いてみたい。

 何を書いても反応がないテストだから、別に嘘をつく必要は無く、嘘を考えるのも面倒くさくて正直に答える。

 答えているうちに、退屈だから、頭に白昼夢が浮かんできた。

長い髪が背中に垂れた、切れ長の強い目線が印象的な女の子が目の前で椅子に座っている。

 綺麗な女の子を見たいという不埒な気持ちが叶ったというわけにはいかない。

 その女の子は僕を見て泣いている。

 女の子の泣き顔なんて見たくないのに。

 白昼夢なのだから、もっと楽しい夢が見られればいいのに。


 この物語は先のモノローグをつぶやいた少年を主人公としていますが、この世では事件はいろんな人にバラバラに起こり、それらを組み合わせないと物語になりません。少年のモノローグの隙間を埋めるため、時折、作者が説明を加えることをご容赦願います。

 あるオフィスビルの、広さ八畳ほどしかなく窓もない小さな部屋に、男女が二人で向かい合っている。会議室用机二つが正方形になるように並べられている、そこに向かい合うようにキャスター付きの椅子に座って、互いの顔を見ている。

椎木しいのきさん、スクリーニングテストを止めさせることはできなかったんですか?」

 声を発したのは女性というよりは女の子。なぜなら紺のワンポイントタイが特徴的な高校の制服(夏)を着ている。長い髪が背中まで伸びていて、切れ長の目が気の強さをにじませ、さらに通った鼻筋と切れのある頬のラインがクールな印象を作っている。細い身体にそこそこのメリハリがある、と書くと大人の女性の描写のようだが、顔にはまだ十代の青さも残っている。制服を着ているような年頃なのだから。

新符にいふ君。大人の事情という言葉でごまかすのはよくないが、スクリーニングテストの結果は文科省がまとめて報告する。総務省の、しかも君との窓口を担当している下っ端の私には上奏を止める権限はないよ」

 向かいの男性は、年は三十代半ばくらいか。座っているが背は高そうで、きちんと肩幅が合って腹は出ていない。Yシャツに紺のスラックスは公務員らしいけれど、あえてまとめない髪とフレームレス眼鏡が、納税者が見たら生意気に思うのではないかと不安になる出で立ちだ。

 女性に対して「君」と呼ぶのは、相手を子ども扱いしていることを相手にあえて認識させるためだ。

「何のために私がいるんですか?」

 少しの切迫感と、どこかしら自負を含んだ新符の問いに、椎木は少し渋い顔で返した。

「判断するのは大人だよ。君は言いたいことを言えるだけだ。それに、君は常々、自分の代わりが欲しいと言っていたじゃないか。それがやっと見つかるんだ。喜ばしくもあるはずじゃないか」

 新符の顔が怒りに染まった。

「彼は代わりにならない!」

 一喝した後、新符は自分が言ってしまった言葉の意味に気がついて、小さく

「なれない……」

 と付け加えた。自分の言葉の取り返し方が分からないことが子どもらしかった。子ども相手だから椎木は余裕を持ってあしらえる。

「何もかも自分の思う通りになるわけじゃない。私だって先のことを心配していないわけじゃない。自分だけだとは思わないで欲しい」

 新符は、自分に力が無いことを「小ささ」というのか「幼さ」というのか測りかねていたが、この場で椎木に勝てないことを悟って言葉を飲みこんだ。

 そして彼のことを思い出した。

 記憶の中の、優しげな彼は、「新符さんにも分からないことがあるんだね」と笑いかけていた。

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