死にかけの伝言

PURIN

死にかけの伝言

 頭が痛い。


 意識が戻って最初に思ったのはそれだった。


 目を開く。自室の壁の模様が見えた。いつの間にか左半身を下にして床に寝転がっていたようだ。


 本当に頭が、後頭部が痛い。割れるように痛い。濡れている気もする…




 思い出した。

 憎いあいつが突然私の家に押し入ってきて、何か重いもので私の頭を殴ったんだった。

 あのまま気絶してしまったわけか。


 あれからどれくらい時間がたったのかは分からないけど、あいつはもうこの部屋にはいないみたいだ。誰の気配もしない。


 でも身体に力が入らない。動けない。

 そもそも、動いたら頭がもっと割れそうで怖い。


 スマホは隣の部屋で充電しっぱなしだし、声は出ないし、助けも呼べない。


 最後に見たあいつの顔を思い出す。

 あいつお得意の、ニヤニヤとした、人を馬鹿にした笑みを浮かべていた。


 私、あいつに殺されるの?

 私は痛い思いをしながら死ぬのに、あいつは幸せに生きていくの?

 

 そんなの… 許せない。




 神様。お願い。5分でいい。

 あと5分だけでいいから、私の意識を途切れさせないで。

 それだけあればきっと充分だから、だからお願い。




 右腕を上げようとする。思うように上がらないし、震えが止まらない。

 でも、諦めない。


 後頭部に手を回し、あふれ出る血を指先につける。

 やっとの思いでその手を床に伸ばし、書き始めた。

 憎い憎い、あいつの名を。




 一画一画、思い出しながら。

 できる限り大きく、丁寧に。

 多少乱れてしまっても、他の人に読めるように。


 一文字目だけでかなり時間がかかった。難しい漢字だからな。

 頭がますます痛い。手が疲れた。


 でもダメだ。もう少し生きて、続きを書かなきゃ。もう一度指に血を付ける。




 こんなに思いを込めて字を書いたのは初めてかもしれない。

 こんなに誰かに気持ちを届けたいと思ったのは初めてかもしれない。


 二文字目を書き終えた。体感でもう4分はたった。

 でも大丈夫、あと1分もあれば書き終わる。




 あんた、憎い私を殺して、幸せに生きたかったんだよね?

 犯人だと思われることもなく、いつも通りに生きていきたかったんだよね?


 残念だったね。そうはならないよ。

 こんなところにお前の名前が書いてあったら、みんなお前を疑うよ。


 そうなったらどうなるか… いくらバカなお前でも分かるだろ?


 お前の破滅を見られないのは残念だ。

 でも最高の気分だよ。これでお前を不幸にできる。

 まあ、厳密にはお前の自業自得だけど。




 あいつの名前の、最後の一文字を書き終えた瞬間、視界が大きくぼやけた。

 意識が永遠の静寂に落ちていくのを感じる。




 …最後に考えたのが大好きな人達のことじゃなく、あいつのことだったなんてな。


 その悔恨が、私の最後の記憶だった。

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