第3話 新人トーナメント②

「皆さん、お待たせ致しましたぁ! 聖樹暦四六五〇年度第九回新人トーナメントを開始致しますっ!」


 待機部屋で仮眠をとっていたカインは、闘技場の舞台の方から聞こえてくる大音量のアナウンスで目を覚ました。


 新人トーナメントは毎週行われるため、三月初めの今回の開催で、九回目となる。ちなみにこの世界では、暦の数え方はほぼ地球と同じで、七日で一週間、四週間で一か月、十二か月で一年となり、うるう年は存在しない。


「司会は私、探索者ギルド本部所属、ジョージ・アルマンが務めさせて頂きます。解説には本トーナメントの運営委員長、元探索者ランク七八のミハエル・ローマン様より頂きます」


 待機部屋から会場を覗いてみると、観客席の中央付近に特設の座席が組まれ、ジョージと呼ばれるやや痩せ型に見える男性と、ミハエルと紹介された長い白髭が特徴の老人が座っていた。


(あのご老体がランク七十八……英雄目前の超一流の実力者か。年老いたとはいえ、隙など見つからんな。興味深い)


 カインが初めて見た、元とは言え高ランク探索者の物腰に感慨にふけっていると、同部屋にいる者から声をかけられた。


「なぁ、あんた。あの爺さん知らないのか?」


 カインに声をかけたのは、カインよりも明らかに年下の、まだあどけなさの残る少年だった。恐らく、探索者ギルドの登録条件である十五歳ギリギリなのではないだろうか。


「あぁ、この街には一昨日来たばかりで詳しくないのさ」

「なるほどな。それなら仕方ない。教えてやろうか? あの爺さん、この街じゃ有名なんだぜ」

「助かるよ。頼む」

「いいぜ、あの爺さんはな――」


 少年の語ったところによると、あの爺さんはこの街出身で元は平民だったそうだ。

探索者としてデビューし暫くしたころ、とある機会に恵まれて世界樹を通じて神の加護を賜ったそうなのだが、何とその際に直接神の一柱と対面することができたと言うのだ。

 当時の聖女がその事実を保証し、一躍時の人となった彼だったが、彼自身の探索者としての実力は英雄の領域には一歩及ばなかった。

 しかし、彼はそれを悲しむことはなかった。何故なら、彼の加護は導手と呼ばれるもので、直接指導したものを彼と同じ領域に引き上げる事ができるという性質だったからだ。

 無論、誰でもという訳ではなかったが、彼の経験が、人生が、次の世代に確実に受け継がれていくということだ。

 それもあり、ミハイルは自らの限界を悟ると同時に現役を引退し、国の支援を受けながら道場を開いた。

 それから数十年、彼が指導し大成した者達は数知れず、平民だけでなく貴族からも一目置かれる存在となっている。

 ミハイルが毎週行われる新人トーナメントに必ず出席するのは、彼が指導する資格を持つ者がいるかどうか見極めるため、というのは周知の事実である。


「そら、凄い爺さんだな」

「あぁ、俺も華々しくデビューを飾って、爺さんの弟子にしてもらうぜ!」

「その意気だ。頑張れよ」

 

 ミハイルに見出されることを夢見る少年の肩を叩き、激励の言葉をかけると、カイルは先ほどまで寝ていた椅子へと戻った。


 カイルは思う。確かにミハイルは後塵の者たちを引き上げる事に関しては、実績も込みで偉人といって良いだろう。国としても安定した戦力が供給されるとあって、平民の道場開設を支援するという、実質国家事業となっている。

 だが安定して育成できるという事は、質が均一化されてしまうという事。つまりは――


(兵士向けには良いが、それだけだな。面白い奴は育たない)


――という事だ。少年には悪いが、恐らく彼が思い描くような冒険譚をすることは難しいだろう。


(まぁ、目的も夢も人それぞれだ。俺は俺でやってみせるさ――お? 始まるな)


 改めて自分の進む道について考えにふけっていると、司会のルール説明が終わりに近づいていた。


「――以上で説明を終わります。一言でまとめると、最後まで立っていた二人が本選出場です。それでは早速、第一ブロック――試合、開始!」


 遂に、カイルが表舞台に初めて現れた、後世の歴史家にて物議が醸されている、新人トーナメントが開始された。

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世界樹の箱庭 立木 斥 @ohurochann

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