心霊踏切
十五 静香
ミカコ
踏切で、特急電車にはねられて死んだ。
美人で優しくて、何でもできた美華子。
野球部の真面目そうな男の子に、仄かな恋心を抱いていた美華子。
私のたった一人の親友だったあの子は、二度と帰ってこない。
満開の桜の花みたいに華やかな笑顔も、いつか叶ったかもしれない初恋も、全て永遠にこの世から消えてしまった。
事故の目撃者たちの話では、美華子は自ら遮断機を潜り、轟音を立てて迫ってくる特急電車の前に出たという。
状況から見て、警察も美華子の家族ですら、彼女の死を自殺だと認めた。
だが、私は納得していない。
美華子が自殺なんかするはずない。
美華子は殺されたのだ。
犯人もわかる。
犯人は、あの踏切で、今までも沢山の人達をあの世に連れ去った地縛霊だ。
私たちが物心つく前から、あそこは曰く付きの場所だった。
30年以上前に自殺した女子中学生の地縛霊が、生者を死へと誘うという噂は、この街の人なら誰でも知っている。
地縛霊になることが、どれだけ辛く寂しいことなのか、私は知らない。
知っても意味はない。
かわいそうだから、無関係な生者を殺しても良いなんてはならない。
霊だからと有耶無耶にされるのもおしまい。
新しい犠牲者に美華子を選んだ時点で、奴も運が尽きた。
私が、たった一人の親友を殺した犯人を許せる訳がない。
私から美華子を奪ったそいつを、ぶち殺してやる。
死霊をぶち殺すというのは変な表現だけど、私の語彙の中で、一番しっくりくる言葉だったので、目を瞑って欲しい。
昔の新聞の縮刷版を漁り、地縛霊の名が『
ママに怒られながらも、夜遅くまでパパのパソコンを占領して蓄えた知識を生かし、私は着々と準備を進めた。
そして、ある日の深夜、家を抜け出して、あの踏切の前に仁王立ちした。
私は白装束代わりの白いワンピースを着て、首からはお守りを下げ、腕には左右合計10個の数珠をはめていた。
馬鹿みたいな格好だけど、自分では完全武装したつもりでいた。
踏切周辺は家も少なく、人気がない。
蛍光灯の切れかけた街灯がチカチカ光っていた。
でも、私は怖くなかった。
破魔矢を握った手が震えているのは、武者震いだ。
遠く駅の方から、終電が近づいてくる音が聞こえた。警報機がカンカンと鳴り響き、線路の上に真っ白いモヤを纏ったセーラー服を着た女の子が現れた。
ママの中学時代みたいな肩までのパーマヘアに、青白い薄幸そうな顔。
痩せて小柄な体を包むセーラー服は、隣の学区の中学の旧式制服だった。
間違いない。薄井幸子だ。
自殺関連の記事の写真以外にも、彼女が通っていた中学の卒業アルバムで、どんな外見だったのかは確認していた。
降りた遮断機の向こう、幸子は私と目が合うと、薄っすら頬を緩め、透き通った右手でおいでおいでをした。
私はありったけの憎しみを込め、幽霊を睨みつけた。
けど、幸子は笑ったままだった。
それどころか、風のさざめきみたいな奇妙な甲高い声を上げた。
『あなた、面白い子ね。まさか、生者の分際で、私を除霊しに来たの?』
挑発的な態度に、目の前が真っ赤になった。
私は『うおおっ!』とおよそ女子中学生らしくない、猛牛のような雄叫びを上げ、遮断機を無理矢理跳ね除け、私の美華子を殺した仇に踊りかかった。
最終電車のヘッドライトが視界の端に映ったけど、どうでも良かった。
身構えもしない幸子の右目に、破魔矢を突き立てる。
が、手応えがない。
もう一発くれてやろうと振りかぶった時だった。
私は何物かに強くお腹を突かれ、後ろに吹っ飛んだ。
衝撃で、口から大きな黒い塊が飛び出た。
私の体は放物線を描きながら、線路脇の植え込みに落ちようとしていた。
幸子のおぞましい笑顔が遠ざかっていく。
吐き出した黒い塊だけ、幸子のいる方向に飛んでいくのが見えた。
ファアンッ
耳をつんざく警笛と眩いヘッドライトの灯り。一直線に飛んでくる黒い塊を見上げ、引きつった幸子の顔。
ここで意識は途切れた。
目覚めたのは、病院のベッドの中だった。
危うく電車にはねられそうになったところを保護されたとお医者さんから説明された。
両親にはものすごく怒られた。
幸い怪我は軽い脳震盪だけだったので、数時間後には帰宅できた。
その夜、夢を見た。
制服姿の美華子と、誰もいない教室で話をした。
窓の外は良く晴れていて、桜の花びらが待っていた。
また会えたのが嬉しくて、でも、すぐにお別れしなきゃいけないのが悲しくて、私たちは抱き合って沢山泣いた。
私の無茶に腹を立てながらも、美華子は仇打ちの成功を教えてくれた。
薄井幸子と彼女が引き込んだ悪霊は、まとめて私が吐き出した黒い塊に食われ、消滅した。
復讐の準備中、匿名掲示板の都市伝説スレに書いてあった方法で、私は悪魔に願った。
美華子を殺した薄井幸子の悪霊を抹殺する手助けをしてくださいと。
儀式を行った翌日、契約成立の証拠の痣が左乳房の内側、ちょうど奥に心臓がある辺りにできた。
お腹を突かれたと感じたあの時、口から悪食の悪魔は飛び出し、薄井幸子を食らった。
契約の代償として、私は一生この身に悪魔を宿す。
けど、構わない。
美華子の仇討ちができて、心の底から満足だ。
夢の中の美華子は、神々しい光に包まれて消える直前、私にこう言った。
『ありがとう、さやか。いつかまた会おうね』
※※※※※
踏切の前で、私は5歳の娘と手を繋いで電車が通り過ぎるのを待っていた。
夫が参加する草野球大会の応援に行く途中だった。
20年前のあの夜から、この踏切で事故は起きていない。
私たちの目の前を、去年導入されたばかりの特急電車が轟音を立てて通り過ぎていく。
不意に娘が何か言った。
「し……わせ……よ。ありが……う」
聞き取れなくて、もう一度言ってとお願いしたが、娘はいたずらっぽく笑ってごまかした。
少し汗ばんだ小さな手を、私はぎゅっと握り直した。
あなたのことは、何としても私が守る。二度とあなたを失うものか。
「ママ、手痛いよ。強すぎ」
娘の
心霊踏切 十五 静香 @aryaryagiex
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