一人で外界へ
朝、俺は一人で起床した。
昨日の美香との約束を守るために。
美香の笑顔を守るために。
朝に起きるなんて、数か月前に「徹夜」ならぬ「徹朝」をしたときぶりだ。
まだ眠くて、頭がぼんやりしていた。
でも気持ちは、何故か晴れ晴れとしていた。
「今日は昼から美香と水族館、今日は昼から美香と水族館……」
呪文のように口ずさみ、俺は布団から這いでる。
服を着替え、髪を整えた。
中学の時も髪を整えるなんてことはなかったから、最近になって、初めてネット動画を見てセットの仕方を覚えたのだ。
美香との約束は昼からだったが、俺の足は、自然と玄関の扉へと向かっていた。
人のいない廊下を通り、そっとリビングを見る。
母がもし家にいたら、決行をやめようと思った。
ひきこもりの俺にとって一番嫌なのは、母に期待されること、そして、母にがっかりされることだった。
もしも外に出ようとして出来なかったら、母は肩を落とすだろう。
もしも外に出られたら、母は諸手を挙げて喜ぶかもしれない。
喜ばれたら、次も頑張らなければというプレッシャーが俺にのしかかって、失敗しないかということだけが気にかかってしまう。
だから、一人の時にだけ試してみようと思っていたのだ。
俺は、襟首を正して、玄関の扉に手を掛けた。
昔は一人で外に出ようと試みただけで、震えが止まらなくなるほどの拒絶反応を起こしたりもしていた。
しかし、今はそれもない。
早鐘のように打つ心臓の音すら、どこか心地が良かった。
深く深呼吸をし、背筋をまっすぐに伸ばす。
思い切って、扉を開いた。
そして俺は、ゆっくりと、家と外への境界線を踏み越えた。
「………出れた」
朝の風を全身に浴びて、俺は目を見開いた。
子供達が学校に向かい、会社員達は、電車に乗ろうと急いでいる。
いつもの姿と正反対だ。
俺は生唾を飲み込んで、額の汗を拭った。
美香の助けがなくても、一人でも家を出れたのだという実感が、全身を覆い尽くす。
胸の底から暖かくなるような喜びを噛みしめるように、俺は長く長く息を吐いた。
「……美香のところに行こう」
早速、成長した自分を見せてやらなければ。
そしてちゃんとお礼を言わなければ。
そんな思いを胸に、俺は美香の家へと道を急ぐ。
昔は一緒に登校していたのだ。
道くらい、覚えている。
しかし、美香の家まで、あと数歩というところで、俺は足を止めた。
引きこもりの主人公は青春したい ゐぬゐゐぬ @inuienu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。引きこもりの主人公は青春したいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます