【ファイアドラム】〜異世界古道具屋のドロップダウンストーリー〜

ボンゴレ☆ビガンゴ

ファイアドラム

「わたしもあなたのことが好きです……。あなたのためならどんなことだってします。だから……抱いて……。


 なーんて歯の浮くようなセリフ、このわたしが言うわけないでしょ、このコンコンチキ!

 見くびらないでよね。こちとら、王都デレッサの老舗古道具屋『ガッパーニ商会』四代目、マリシュ・ガッパーニよ! そこいらの可愛いだけの娘っ子と一緒にしてもらっちゃ困るわ! 恋愛なんて二の次、三の次。商売が第一なの。だから、あんたみたいなスットコドッコイの相手をしてる暇はないのよ! 冷やかしなら帰ってよね! 水まくよ! 水! ほら、濡れたくなかったらさっさと帰る! 二度と来るんじゃないよ!」


 一気にまくし立ててナンパ男を追い出して、バッシャーンとバケツの水をぶん投げて、プンスカ怒って黒髪ストレートをかきあげて店の椅子にどかっと座ったら、奥から弟のトールが何事かと顔を出す。わたしより三つ下だから、いま十五歳だったかな。これがまた子供のくせに妙に枯れた感じの生意気な弟なの。


「ミニスカートでそんな座り方するなよ。なに、姉さん。またお客さんに逃げられたの?」


 ため息交じりにこれよ。ね。可愛くないよね。


「違う!ただのナンパ野郎!この前、サンダネ山に現れた巨石龍「ストルンドラゴ」を倒すためにわらわら集まってきたハンターのひとりよ。『こんな汚い店なんて放っておいて遊びにいこうぜ』なんて冗談じゃないッ。巨石龍はとっっっっくに倒されたんだから、早くこの街から出てきゃいいのに」


 腕を組んで鼻息を吐き散らかす。マリシュちゃんはゴキゲン斜め35度だよ。


「まー、まー、落ち着いて。ハンターが来るから僕らみたいな古道具屋も仕事が出来るんじゃないか。奴らが持ち込む武器とか古代の化石とか巻物とか魔法具とか。なかなか良い値になるんだよ」


「そんなことはわかってるわよ」


「でも姉さんさぁ。女は若いうちが花だっていうし、店は僕に任せて、たまには彼氏でも作ってデートにでも行ってみたら?」


「大きなお世話ッ! 父さんも母さんも死んじゃったんだから、しっかりこの店を守っていかなきゃダメでしょ」


「だからこそ言ってるんだけどな。姉さんは商売の才能がまったくないんだから、店のことは僕に任せて、とっとと嫁いで行ったほうが天国の両親も喜ぶと思うけど」


「何よ! 人聞きの悪いことを言わないでよ!」


「だってそうじゃんか。仕入れて来る商品はヘンテコなものばかりで全然売れないし」


「そんなことないでしょ! わたしの目利きは相当なものよ! 市場のおじさんにも、『マリシュちゃんは金にならなさそうな物ばかりを狙って持っていくよなぁ。すごいなぁ』って尊敬の眼差しで見られてるのよ」


「それは尊敬じゃないよ。呆れられてるんだよ。ったく、おだてられるとホイホイ買ってきちゃうんだから。もうちょっと仕入れを抑えてよ。姉さんが仕入れに行くようになってからというもの、店の商品は増える一方じゃないか」


「そりゃそうよ。品揃えが豊富な店ってのは良い店の第一条件だからね」


「ちがうよ、売れてないだけだよ! ぽんぽこぽんぽこワケのわからないものばかりを仕入れて来てさ。『英雄王の尿瓶』とか、の『大賢者ルラールナ様の極厚ブラパット』とか、そんな変なのばっか仕入れてくるんだから。うちは伝統ある古道具屋なんだよ? これじゃキワモノ骨董屋だよ! どういうセンスなんだよ。ほら、これ! この前買ってきたこの短剣も! なんなの、この子供が学校の授業で作ったみたいな、みすぼらしい短剣は!」


 そう言ってトールは壁に立てかけられている古ぼけた剣を指差す。


「何って、聖剣よ、聖剣。かつて異世界からやって来た勇者様が魔神と戦った際に装備していたと言われる伝説の剣よ。魔神を倒した後は聖地ゴラウル神殿に厳重に保管されているって学校で習ったでしょ」


「ちょっと待ってよ! なんで厳重に保管されてるはずの聖剣が小汚い骨董市で売りに出されてるんだよ。あからさまな偽物だろ。聖剣は長剣で有名じゃないか。こんな刃こぼれしまくりのミニスケールの剣なわけないって、ちょっと考えればわかるでしょ。それにこの汚い剣が、もし、仮に、万が一、ホントに、聖剣なんだったら聖なる心を持ったものにしか抜けないはずだろ。見てよ。簡単に鞘から抜けるだろ! それに、この前掃除してた時、ちょっとどかそうとして鞘を持ったら急に刀身が抜け落ちて、足に突き刺さりそうになったんだよ。こんなゆるゆるの鞘の聖剣があるわけないだろ。危ないから刃物はそこらへんに置いとかないでくれよ!」


 トールはいつもこう。頭が硬いのよ。頭でっかちで理屈理屈でもっともらしい事ばっか言ってさ。話していてもつまんない。つまんないから女の子にモテないのよ。顔だけならわたしに似てないこともないから美少年のはずなのにね。勿体無い。


「これでいいのよ。色々な商品があったほうがお客さんだって見ていて飽きないでしょ」


「足の踏み場もなくなってきてるのに? お客さんも入りにくいって不評だよ。それに、姉さんはあれだよ。客とのやりとりも下手くそすぎるんだよ」


「何よ。藪から棒に。そんなことないでしょ」


「そんなことあるよ! ありまくりだよ。この前、そこの盾を見に来たお客さんがいたでしょ。そう、その無駄にゴツくて気味が悪いドクロの意匠が入った盾。姉さん、自分がどんな接客したか覚えてる?」


「もちろんよ。『お目が高いですね。この店でも一番の品ですよ』って言ったわ」


「そこまでは良いよ。でも、そのあとになんて言った? 『十年もこの店にありますからねー』って言ったよね!? それって売れ残りってことじゃないか! 余計なことは言わなくていいの! でも、まあ、それもまだいいよ、許すよ。お客さんは『試しに装備させてくれ』って言って来たもんね。買う気だったんだよ。それなのに姉さん、なんて言ったか覚えてる?『いいですけど、たぶん呪われますよ?』って。なんでそんな不安になることをいうんだよ、『一度つけたら外せなくなるみたいでねー。まえに試着した人が外れなくなって腕を切り落としたってことがあって。あはは。お客さんも腕、切り落とします?』なんて言いやがって! そんなこと言われたら、やっぱ要らないですって言うに決まってるだろ! 安値でも売っちゃえばよかったんだよ、あんな気味の悪い盾!」


 トールは一気にまくし立てて、はぁはぁと肩で息をしている。


「あんた本当に細かい男ね。モテないよ?」


「今はモテるとかモテないとか関係ないだろ! もうちょっとちゃんとやってくれよ。もしくは、なにもやらないでくれよ。父さんの手伝いで僕が店頭に立ってたときのほうがちゃんと商売になってたよ。店のことは僕に任せて、姉さんはハイスクールの脳みそ空っぽ女子たちと、喫茶店巡りとか、魔法屋とかアクセサリーショップで何時間も無駄に見て回ってその度に、かわい~って叫んだりして、夜まで遊んでればいいんだよ。で、彼氏とか作って楽しくしてくれよ! そっちの方が絶対に店は儲かるよ!」


「優しさなの? 馬鹿にしてんの?」


「どっちもだよ!」


 どっちもか。意外と姉思いの子ね。でも、大丈夫。トールはわたしのことを過小評価してるだけ。すぐにその評価は覆してやるわ。なんたって今日仕入れて来た品は、かなりの大物なんだもん。


「……で、その風呂敷に包んである丸っこいのは何? 昨日までなかったと思うけど」


 トールが目ざとく気づいて指をさす。


「ふふふ。よく気づいたわね。なんだと思う?」


「わかんないけど、ろくなものじゃないことはわかるよ」


「失礼ね。これは今日市場で仕入れてきたものよ。古代兵器らしいわ」


「古代兵器? まーた胡散臭いものを……。なんでそんなもん買ってきたんだよ」


「露天の主人に『そこの前髪ぱっつんの可愛いお嬢ちゃん、これ売れ残って困ってんだ。安くするから持ってってよ』って頼まれたの。商売ってのは持ちつ持たれつだからね」


「はぁ? 店を構えてすらいない路肩の露天商が古代兵器を扱うわけがないだろ。姉さんが馬鹿面下げて歩いてるから押し付けられたんだよ! で、いくら? いくらで仕入れたの?」


「金貨3枚よ」


「金貨3枚!? ちょっと! なんでそんなバカ高いもの買ってくるんだよ!?」


「古代兵器よ? 金貨3枚なんか安いものじゃない」


「本物ならね! でも、それ絶対偽物だろ。一応どんな物か見てはみるけど」


 ため息をついて、トールは風呂敷を開く。で、「うわぁ、きったねぇ……」と顔をしかめた。包みから出て来たのは平べったい円柱型で材質はたぶん木と皮で、ま、わかりやすく言えば小太鼓って感じの打楽器。色褪せた胴は所々剥がれ、面に貼り付けられた皮は日に焼けて黄ばんでいる。


「なにこれ。全然古代兵器じゃないじゃん。ただの太鼓じゃん。埃まみれだし。けほっけほっ。汚いなあ」


「汚いんじゃないの。時代がかかってるのよ。古代兵器なんだから汚れてて当然でしょ。この汚れが古の時代の証よ。歴史の生き証人よ。浪漫よ」


「ったく、屁理屈ばかり達者なんだからさー。どこが古代兵器なんだよ。古代兵器と小太鼓を聞き間違えたんじゃないの? 姉さんはおっちょこちょいなんだから」


 ぬぬぬ。トールはなんでこんなに捻くれちゃったのかしら。小さい頃は素直で「お姉ちゃんお姉ちゃん」ってわたしの後ろをちょこちょこついてきて可愛かったのに。よく夜中に怖い話をして泣かせたり、龍の巣から卵を取ってくるように命令したりして仲良く遊んだのになぁ。


「ったく。売るにしても埃をはたかなきゃ並べられないよ。あーあ。姉さんが持ってくるのは金にならない仕事ばっかりだ」


 たらたら文句を垂らしながらハタキを取りにいくトール。ぶつくさ言いながら持ってきたハタキで小太鼓をはたき始めた。こういうところはマメなのよね。


 ドンドンドン。

 ドンドンドン。

 ドンドンドンドン、ドンドンドン。


「ちょっと、トール。遊んでんじゃないよ。叩いてどうすんの、ハタキなさいよ。別にあなたのオモチャを買ってきたわけじゃないんだよ」


「ちがうよ。はたいてんだよ。なのに変なんだよこの太鼓。僕がはたいてんのは胴だよ、面じゃないよ。なのにドンドンって音がするんだよ。ほら」


 そう言ってトールが胴を軽くはたくと確かにドンドンと小気味のいい音がする。


「なんか楽しい気分になって来たわね、なかなかいい音じゃない」


「そうだね。よくわかんないけど、叩くと楽しい気分になってくるね」


 ドンドンドン、

 ドンドンドン、

 ドンドンドンドン、

 ドンドンドン。


「なんかテンション上がるわね。あんた太鼓の才能あるんじゃないの?」


「うん、よくわかんないけど、楽しい。なんでだろうね。楽しいね」


 ドンドンドン、

 ドンドンドン、

 ドンドンドンドン、

 ドンドンドン。


 楽しい。楽しいよこれ。ハートに響くこのビート。震えるわ。ああ、楽しい。


 ドンドンドン、

 ドンドンドン、

 ドンドンドンドン、

 ドンドンドン。


「……おい、失礼するぞ」


 トールの太鼓に合わせて体を揺らしていたら、背後から突然、声をかけられた。我に帰り振り向くと、甲冑姿の兵士が立っている。


「ああ。すみません。いらっしゃいませ。ガッパーニ商会へようこそ。貴重な品が目白押しなんでね、どうぞ見てってください」


 慌てて接客に入る。が、甲冑姿の兵士は手を突き出して、わたしの言葉を遮った。


「いや、店を見にきたのではない。今しがた、太鼓を打ち鳴らしていたのはこの店か?」


「……へ?」


「祭事のために陛下一同の馬車がここを通ったが、その時、太鼓を打ち鳴らしていたのはここの店かと聞いておる」


 あ、ヤバい。ヤバイって! そうだそうだ。そうだった。今日は年に一度のコンデレッサ王国の一大行事『暑さを吹っ飛ばせ! 魔神封印記念 大盆踊り大会』の日だった。コレははるか昔に異世界から来た勇者様が魔神を封印したのを機に、勇者様の地元世界で行われる死者を葬うためのお祭りを模した行事で、へんてこな踊りを夜通し踊るクレイジーだけど大真面目な祭りなのだ。国のお偉いさんから兵隊さんから、行列になって街外れの丘の上にある『チート勇者記念広場』へ向かうために店の前の大通りを通行するってお達しが出ていたんだった。まずい。まずいわ。国の偉い人達が往来する時は平民は静粛にしてなきゃいけないのに。太鼓なんて叩いてたら、怒られるに決まってる。不遜だ不敬だってひっ捕らえられちゃうかも! ピーンチッ!!


「す、すみません! お聞き苦しいものをっ! 今朝、市で仕入れた太鼓がございまして、店に並べる前に弟に埃をはたくように言ったんですが、ちょっと頭の弱い子でして、を間違えて音を鳴らしてしまったものでして。大変失礼いたしました。はたくとたたくって一字違いですけどえらい違いですものね。あはは」


「……なるほど、やはりお主の店であったか」


 仏頂面のまま兵士は言う。やばい。言い訳しなきゃ。


「じ、実は数年前にですね、父母が不慮の事故で亡くなりましたもので、それから弟と二人でなんとか、この道具屋を営んでおるのですが、弟はショックだったんでしょうねぇ、父母が亡くなってから頭が少しばかりおかしくなってしまいまして……不憫でなりません。大きく見えますけど、まだ11歳の子供なんです。図体ばかりでかいのですが、どうか子供のやったことと、お見逃しくださいませ。ははーっ」


「ちょ、姉さん何を言って……フガフガ」


 トールの口を無理やり塞いで頭を下げる。


「いやいや、別に太鼓の音を咎めに来たのでない。実はな、ちょうど馬車の中に宮廷魔術師のルクハイド殿がおられてな。太鼓の音を馬車の中から聞いて、いたく興味を示されたのだ。大変貴重な太鼓の可能性があるぞ、と申されてな。気になって国家行事など参加できぬと駄々をこねてな。この私が使いに出されたと、そういうわけなのだ」


 宮廷魔術師のルクハイド様と言ったら、魔術の腕と容姿だけは超一流って噂の魔術師で、コンデレッサ四英雄のひとりじゃない。


「ルクハイド殿は行事をサボる口実が欲しかっただけなのかもしれぬが、そういうわけで、すまぬが後ほど、その太鼓とやらを城に持ってきてはくれぬか? もの好きのあの魔術師殿のことだ。お買い上げになるかもしれぬぞ」


「……へ?」


「へ、じゃない。何を白子龍ハトが豆鉄砲食らったような顔をしておるのだ。魔術師殿が褒めるくらいだから、どうなんだ? 良い品なのだろう?」


「あ、はい。そうですそうです! あはは。さすが魔術師様、お目が高い! そうなんですよ。きっと値打ちがわかる方が通るんじゃないかなーって弟が言いましてね、こうして音を鳴らしていたわけなんですよ。 商売上手の頼れる弟なんですよ。今年15歳になりましてね。将来が楽しみですよ。えへえへへ」


 腕の中で、また何か口にしようともがくトールを奥に突き飛ばす。


「さっき11と申しておらんかったか?」


「いえいえ、11歳だった時もあったという話でして。あはは」


「なにをよくわからんことを言っておる。まあいい。では伝えたからな。後ほど、よろしく頼むぞ」


 言うだけ言うと、ガシャンガシャンと甲冑を鳴らして兵士は去っていった。


「……はぁ。心臓が止まるかと思った。ひどいや姉さん」


「でも、見たでしょトール! お城の魔術師様が興味を持ってくれたのよ! やっぱり凄いお宝だったんじゃない! ふふふ。吹っかけて高い値段で売ってきてみせるわ!」


 意気揚々とトールに言うのだが、トールはやれやれと首を振った。


「よく考えてみてよ。こんな汚い太鼓が売れるわけないでしょ。いいかい、その魔術師様は馬車の中からこの太鼓の音だけを聞いて、さぞ立派な太鼓だろうなって思って使いを出したんだよ? 金色に輝く美しい太鼓だと思ってるかもしれない。それがどうよ。実物はこんなに汚い黄ばんだ太鼓だよ。持っていったらどうなると思う? 『こんな小汚い太鼓を持ってきおって! 騙したな! ええい、不敬だ! 不敬者だ!この不敬者を捉えよ!』なんて叫ばれて、兵士にとっつかまるよ。宮廷魔術師のルクハイド様と言ったら陰湿でオタク気質の変態だって噂だからね。姉さんなんかグルグルグルーって縄に縛られちゃうよ? で、魔術師の部屋なんて床に魔法陣とか書いてあったりして、その魔法陣の真ん中に貼り付けにされちゃうよ。で、ニヒニヒ気持ち悪い笑みを浮かべた魔術師様に、触手生物かなんかを魔界から召喚されて身動きの取れない身体中を這わされたり、魔法陣を縁取るろうそくをあんなとこやこんなとこに垂らされたりして、媚薬かなんかを無理矢理飲まされて、快楽漬けにされて廃人にされるかもしれないよ。恐ろしいね。じゃ、頑張って行ってきなよ」


「……どこで得たのよそんな知識。そんなこと言われるとちょっと怖くなるじゃない。あんたが城に行ってよ?」


 さすがのわたしもほんの少しビビったけど、トールは口の端を歪めて笑って、


「冗談だよ、冗談。噂なんて所詮噂だから。姉さんが僕をはめようとしたから仕返しで言っただけだよ。さすがにそこまではされないでしょ」と言った。


「でもね、吹っかけて儲けようなんて欲を出しちゃダメだよ。見せにいくだけ。見せにいくだけだって思って行ってくるんだよ。姉さんはバカなんだから。もし、万が一、売って欲しいと言われても、姉さんは商売が下手なんだから諦めて、金貨3枚で仕入れた物なので、金貨3枚で結構ですって言って引き取ってもらうんだよ。わかった?」


「どーせわたしはバカですよ」


「そうだよ。姉さんはバカでお調子者なんだから、決して欲を出しちゃダメだよ。あんな汚い太鼓、呪われた盾どころの話じゃないよ。店に置いてたら僕がおじいちゃんになるまで売れないんだから。なんならタダでもいいです、献上しますからって言って置いてきちゃいなよ」


「……わかったわよ。うるさいな」


「よし、そうと決まれば。埃だけでも払って持って行きなよ。汚ないのはどうしようもないけど、埃まみれってのはまずいだろうから」


「はいはい。わかりましたよ」


 仕方がないから、ハタキで太鼓の埃を落として、風呂敷に包み直して背中に背負った。足取りは重いけど、気合を入れて店を出ようとする。

と、トールは店の奥から「ちょっと待ってー。コレもついでに持ってってよー」なんてドタドタと駆けてきた。あの呪われた盾と、聖剣(偽物)を持って。


「どーせ店に置いてても売れないし、お城なら呪われた盾なんかも何かの研究材料として引き取ってくれるかもしれないし。こんな時じゃないと処分できないからさ。持ってってよ」


 他人事だと思って、気楽に言いやがって。


「嫌よ、そんな呪われた盾なんか持って行きたくないよ! 重いし!」

「持ってって!」

「嫌だって!」

「持ってってって!」

「いーやーだって!」


 そんな押し付け合いをしてると、ゴトンと盾が地面に落ちた。

 プシューーーっとドクロの目が真っ赤に光り、口から紫色のやばそうな煙が出てきて、店の中に充満したかと思うと、窓の隙間から空に向かって勢いよく飛んで行った。


「……っくりしたぁ! 何よ、今の! 毒ガスでも出て来たのかと思った! トール、なんともない?」


「だ、大丈夫。びっくりしたぁ。なんだろ、煙幕でも出す機能があったのかな?」


「もう、ただでさえ気味が悪い形なのにあんなの出て来たら怖すぎでしょ!」


「だから、お城に持って行って処分してもらってよ! この店に置いておく方が気味が悪いでしょ!むしろ、十年間誰もその機能に気付かなかったことが驚きだよ!」


「うう、わかったわよ!」


 トールに押し切られ、盾を押し付けられ店を追い出された。なんだって、わたしがこんな目にあわなきゃいけないのよ。ヤバイ盾と駄剣を持って背中に太鼓を背負ってさ。


「……ったく、これだけ荷物があるなら、トールも付き合ってくれたっていいじゃないの。歩いてたらイライラしてきた。なんなのよ、あいつ。わたしのほうがお姉ちゃんなのよ。ちょっと前までは泣き虫でいつもお姉ちゃんお姉ちゃんってビェービェー泣いてたのに、わたしより身長が大きくなったからって偉そうにして。反抗期かしら。思春期に両親共に亡くしたからいじけてるのかしら。でもそんなんじゃダメよ。一回ビシッと言ってやる。わたしが奴の父親がわり、母親がわりなんだから、しっかりしつけなきゃ。あ、古物商のケビンさんこんにちわ。今日も暑いですね。ええ、ちょっと商いで。え? 違いますよぉ。大荷物ですけど夜逃げじゃないですよ。昼に夜逃げするバカがどこにいますか。え? マリシュちゃんならやりかねないですって? もう、ケビンさん褒めたって何も出ませんよー。はい、じゃあまたお店行きますね。はーい、さよなら。……ふふ、ケビンさんたらわたしのこと過大評価よね。トールもあの人くらいわたしのことを敬って欲しいわ。よーし、帰ったらお姉ちゃんらしく叱って尊敬の念を抱かせてやる。トール!そんなひ弱な体じゃモンスターの一匹も倒せないわよ! うん、こんな感じね。トール! 筋トレしなさい!勉強しなさい!そんなんじゃいつまでたってもモテないわよ! いいわね。こんな風にビシッと言えばトールも心を入れ替えるかもね。よしよし、もうちょっと練習しよ。トール!あんたねえ! あ、お城の門番さん。こんにちわ!」


「……なんかブツブツ独り言をいう変なやつが来たな。おぬし何用じゃ」


「はい、魔術師様に太鼓をもってこいと言われた道具屋でございます。ついでに売れ残りの盾と剣も引き取ってもらおうと持参しましたー」


「ずいぶんと馬鹿正直な者であるな。まあいい。話は聞いておる。入れ。魔術師殿は西の楼閣にいらっしゃるぞ」


 むきむきマッチョの兵士が指差す方を見上げると、城壁の向こうにとんがった塔が見える。あそこにこのおんぼろ太鼓を見たいと言った奇特な魔術師がいるのね。


「城内に入り、突き当たりを曲がればすぐである。それと、今は国王一同、国家行事で留守にしておるからな。用のない場所には行かぬように」


「コレだけ大きなお城を留守にしちゃって警備は大丈夫なんですか?」


「はっはっは。おぬしのようなものが心配せんでもいい。城壁から中はすべて十分すぎるほどの結界が張られておるからな。おぬしが悪さを働こうとしても、何もできんよ。そんなことより魔術師殿にくれぐれも粗相のないようにな」


 心配そうな顔で念を押す兵士に見送られ城内に入ったわたし。トコトコと城内を歩いて楼閣とやらに向かう。それにしても、お城に招かれるなんて初めてだから緊張しちゃうな。わっ! この壁に飾られてる絵画、有名な奴じゃん。お城にあるんだから本物よね? ……ってことはうちにあるのはやっぱり偽物か。まあ考えてみればうちにも3枚同じ絵画があるんだから、2枚は偽物だと思っていたけど、3枚とも偽物だったってわけね。……幸先悪いなぁ。ため息ついて猫背気味に廊下を歩く。静かだなぁ。本当に人が全然いないみたい。こんなに大きな城を留守にしちゃうんだから、呑気なもんね。平和って事だけど。

 それにしても、確かにトールの言う通り、こんなに立派なお城にあんなボロボロの太鼓なんて持って行ったらタダじゃ済まされないかも。参ったなぁ。逃げちゃおうかなぁ。でも、兵士さんには店の場所も知られちゃってるし、もう城内に入っちゃったしなぁ。


 憂鬱な感じで廊下を抜けると煌びやかな装飾を施された階段が見えてきた。ここだな。大丈夫かなぁ。魔術師様ってどんな人だろう。トールが言う様なオタク系変態魔術師だったら嫌だなぁ。まさか、そんなことないよね。

 宮廷魔術師がそんな変態的なことはしないよね……って、ああ!!


 階段を上がり二階の部屋の内装を目にしたところで言葉を失う。


 ま、ま、魔法陣があるぅ……。

 なんてことッ!!

 もしかして、あそこに縛られてしまうのかしら。

 ああ!ろうそくもある……。やっぱり魔術師様は変態なのかしら。変態紳士なのかしら。

 薄気味悪い触手を召喚されて、この美しい身体を蹂躙されてしまうのかしら!

 考えてみれば、わたしみたいな美少女を男が放って置くわけがないわ。権力を傘に全身を舐めまわされて、身体中を弄られて、卑猥な言葉を投げかけられて、媚薬を盛られて堕とされてしまうのね。うう、怖い。登りたくないなぁ。これから訪れるかもしれない淫靡な恐怖に身を震わせながらも、勇気を振り絞って階段を登った。


「やぁ、待っていたよ。君が道具屋の娘さんだね」


 階段を登りきると待ち構えていたのはサラッサラの銀色長髪の色白美男子だった。何層にも重ねた魔術生地のシャツに、上級の魔術師の証でもある仕立てのいい煌びやかな羽織りを纏っている。


「あの、その。こんにちわ! ガッペリーニ商会のマリシュ・ガッパーニと申しますっ。仰せの通り太鼓をお持ちしました」


 緊張のあまりワタワタしちゃう。


「そんなにかしこまらなくていい。宮廷魔術師のルクハイドだ。わざわざすまないね。店にまで出向いていけばよかったんだが、あまり自由に馬車を降りれない身なのでね」


 春の夜のそよ風みたいな爽やかで涼やかな心地よい美声。トールのバカ。適当なこと言って。全然デタラメじゃない。こんな美男子なかなかいないわよ。


「さっ。早速で悪いんだが、太鼓を見せてくれるかい?」


「あの、その、いや、ちょっと、あのぉ」


 美しすぎる魔術師の姿を見たら、余計にあの汚い太鼓が場違いすぎることに気がついて怖気づく。こんな美しい人の前にあんなズタボロのゴミ太鼓なんて出せないって。


「あのですね、持って来たは持って来たんですけどね。なんと言いますか、ちょっと場にそぐわないというか、宮廷魔術師様に見せるにはちょっと感じが違うというか、お目汚しになる、といいますか。……やっぱり持って帰ります。すみません!」


「なにを言ってるんだい。せっかく持って来たのだろう。さあ見せてくれ」


 にこり、と天使の様な笑みを浮かべて魔術師は言う。まいった。こりゃ参りましたよマリシュさん。


「そこまでいうなら、見せますよ。見せますけどね、もし気に入らなかったら、言ってくださいよ? すぐに風呂敷に包んで持って帰りますからね。くれぐれも怒ったりしないでくださいよ?」


「怒ったりなんかしないよ」


「絶対ですよ? 怒ってわたしを縛り上げて、魔法陣のところにデデーンって拘束して、気味の悪い触手とかを召喚して、こう全身を這わせたり、恥ずかしい格好をさせたりして、わたしが『ああん、いやぁん。だめぇん』って身をよじったり、淫靡な快感に堕ちて「もっとぉ!もっとぉ!めちゃくちゃにしてぇ」なんて叫ぶ様とかを果実酒片手に頬杖ついて見たり、そんなことはしないでくださいよ!約束ですよ!」


「……しないよそんなこと。初対面でボクのこと、なんだと思ってるんだい」


「ほんとですね? 約束ですからね? じゃあ見せますよ。見せますからね? 絶対に怒らないでくださいよ? 怒ってわたしを縛り上げてロウソクなんか垂らして「ああん、らめぇ! 熱いのぉ、熱いのきちゃうぅん!」なんてわたしが叫ぶのをバスローブ姿で眺めて、ほくそ笑んだりしないでくださいよ!!」


「何を一人で盛り上がっているんだよ。君は随分と妄想癖があるようだね……。いいから、早く見せてよ」


 こうなりゃヤケだ。太鼓の入った風呂敷を床に下ろし、包みを開く。


「どーぞ!! 満足いくまで見てください!」


 開いて即、土下座。怒らないでください!怒らないでください!許してください!触手はいや。触手はいやぁ!!


 ……。


 …………。


 …………あれ?


 怒鳴られるか、縛り上げられるかすると思っていたのに、ルクハイド様はなにも言わない。恐る恐る顔を上げると、銀髪美男子の魔術師様はニッコリと笑っていた。どゆこと? 怒ると笑う系の変態?


「あ、あの。縛らないんですか? 触手は召喚しないんですか?」


「……素晴らしい。マリシュくん、ありがとう。これだけ完璧な形で現存しているファイアドラムなんて見たことがない。驚きだよ」


「へ……?ファイア? なんですって?」


「ファイアドラムだ。ボクの耳に狂いはなかった。コレは古代の魔楽器だよ」

「魔楽器? 古代兵器じゃないんですか?」

「なんだ君。知らないで仕入れたのかい?」

「いや、まあ。その……えへへ。でも、ほんとですか? こんなにボロボロなのに? 汚いのに?」

「こういうのは汚いとは言わない。時代がかかっているというのだ」

「そりゃまあ。そうでしょうけど」

「それに君もこの太鼓の音を聞いただろう。音を聞いただけで元気にならなかったか? 身体に力がみなぎらなかったかい?」

「言われてみれば、確かになんだか元気になったような気はしますが……、そういう魔術が込められた楽器ってことですか?」

「その通り。この音を聞けば全身に力が湧く。魔術が使えるものなら、その魔力が何十倍にも引き上げられるだろう。いやあ素晴らしい。で、いくらだい? 」

「えっと……いくら? なにがですか?」

「この太鼓の値だよ。いくらで売ってもらえるんだい?」

「ああ!値段ですね。えっと、えーっと。なんだっけ。あ、そうそう。この太鼓はですね。今朝、市で金貨3枚の値で仕入れたものでして、あの、とりあえず金貨3枚頂ければトントンといった感じなんですけど」

「バカなことを言うんじゃないよ。それでは儲けが出ないだろ。いいかい。宮仕えのボクがこんなことを言うのも不敬と言われるかもしれないが、古道具屋なんてものはそうそう儲かる商売じゃないんだろ。売れる時には高値で売らねば新たに品を買うことだって出来まい」

「はぁ。ごもっともでございます」

「なにも気にすることはない。手一杯申しなさい。これだけのモノが手に入るのだから、出し惜しみはしないよ」


 あらら。何よ。この魔術師様、めちゃくちゃ良い人じゃない。よし。わたしの商売魂に火がついたわ。ふっかけてたんまり頂いちゃおうかしらね。ウッシッシ。


「じゃあ。お言葉に甘えまして……。金貨5000兆枚でお願いします!」

「キミ、起きてるのだろうね。起きて寝言を言うと承知しないよ? 5000兆って国中の金を集めたって足りないよ」

「……そ、そうですよね。嘘です嘘。言ってみたかっただけです。ごほん、じゃあ……えっと。すみません、どんくらいが適正ですかね? 正直に申しまして、売れるなんて思わなかったので、金額を考えておりませんでした。あはは」

「まったく、面白い娘さんだね。わかったよ。じゃあ君が市で買った値段の百倍で買い取ろう」

「ひゃ、ひゃ、ひゃ、百倍ぃー!!?」

「なにを驚いているんだい。そのくらいの価値はあるっていうことさ」

「百倍って言いますと、金貨3枚で買ったから……金貨300枚ってことですか!?」

「そうだ」

「ふわぁ……とととッ。危ない。気を失いかけました。そんなに貰っちゃっていいんですか!?」

「いいと言ってるだろう。今、用意するから待ってなさい」


 ルクハイド様はそう言い残すと部屋の奥の方へ行った。うそ。本当に300枚も?

 あまりの大金に現実感がなく、思考はショートしちゃって、ボゲ~ってなっちゃった。


 ボゲ~。


 ボゲ〜。


「……おい、マリシュくん。なにをボゲ~っとしているんだい。約束の金貨だよ。確認したまえ」


 ハッとすると、ルクハイドはすでに目の前にいて、わたしの前には布袋が三つ置かれていた。


「そこに金貨100枚ずつ入っているから。持って帰りなさい」

「ほ、ほ、本当に100枚ずつ入ってるんですか!? 金貨が!? コロッケかなんか入ってるんじゃないでしょうね?」

「そんなことするかい。まあ確認してもいいが」

「じゃ、じゃあ念のため……うわ! 本当だ金貨がざっくざく! 100枚?これが100枚の金貨ですか?」

「そうだとも」

「うわー嬉しい。あっ。でも、ルクハイド様。わたしがボゲ~ってしてる間に二、三枚くすねたりしてませんか?」

「失礼な! そんなことするわけがないだろう」

「そうですよね、えへへ。ありがとうございます!!」


 やった!やりました!大逆転勝利です! 金貨3枚で買った汚い太鼓が300枚に化けるなんて! マリシュちゃんたら商売上手ぅ!

 さ。帰りましょ! 帰ったらトールをどつきましょう。誰が商売下手ですって?

 金貨300枚よ! この金貨が入った布袋で頬を叩きまくってやるわ! あっはは。笑いが止まらないね!


 よーし、荷物をまとめてお店にかーえろ。


 ……あ。荷物?

 ふと、呪われた盾と剣の入った包みが目に入る。忘れてた。これ、どうしよう。持って帰るのもアレだしな……。


「あ、あのー」

「なんだい?」

「えっとですね。実はこんなものも持ってきてまして」


 恐る恐る包みを開く。まずは呪われた盾。


「うちの店でずっと売れ残ってる盾でして。太鼓と一緒に引き取っていただけたらなって思って持って来ちゃったんですけど、見るだけ見てもらえないでしょうか? いえ、いらないってんならすぐに持って帰りますから」

「ほう、盾か。まあ。いいだろう。せっかく素晴らしい太鼓を売ってもらったんだ。ひとつ見てあげようじゃないか。……って、うわ、なに、その盾。すごく禍々しい雰囲気を放っているけど」


 見るなり顔をしかめるルクハイド様。せっかくの美男子を台無しにして、そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃない。


「ちょっと貸してごらん。うわ、これヤバイよ。超強力な呪いっていうか、これ!えー!! うそ!? ちょっと待って! マジのやつだよコレ! 超絶怒涛にヤバい代物だよ。これ魔神が封印されてるやつだよ!」


「ええ!? 本当ですか!」


「間違いないよ! 過去に世界に厄災をもたらした魔神シヴェレウスが封印されてる盾だよ! 超一級の危険物だよ! 傷つけたら魔神が復活しちゃう系のやつだよ!結界を何重にも張った塔に厳重に封印されてるはずなのに、どうして君が持ってるんだい!」

「もう十年も店で埃を被っていた代物なんで、どこから仕入れたのかもわからないんですけど、そんなにヤバいもんだったんですか。そういえば、コレがうちに来てからすぐ両親が全身から血を吹き出して死んじゃったんですけど、関係あるんですかね」

「絶対あるよ!! なんで国に届け出なかったんだよ!」

「いやぁ、無知って怖いですね」

「人ごとみたいに言うな」

「でも、なんで傷がついたら解けちゃう封印を盾にしたんですかね?」

「たぶんトラップだろう。魔神シヴェレウスは自らの身を守る為にわざと人の使う盾にその身を封じたんだろう。いつか争いが起きた時、この盾が傷つけられた時に復活できるように」

「まどろっこしい魔神ですね」

「よもや傷つけたりしてないだろうね? 少しでも傷をつけたら魔神が復活してしまうよ?」

「そりゃもう厳重に包んで持ってきましたからって……あっ」

「なに? その『あっ』て。『あっ』てなんだよ。なんの『あっ』だよ! 嘘? ほんと? 傷つけたの? 傷つけちゃったの?」

「えっとですね……。さっき、店から出る時に落として、ドクロの目がピカーって光って、口から紫の煙がモクモクモクーッて、出ました……」

「なーにーをしてくれてるのさー!!!」

「す、すみません!でも、違うかも? 勘違いかも? 煙幕を張る機能が付いてただけかもって弟が言ってましたけど」


 あたふたと言い訳をしていると「姉さーん! 姉さーん!」と聞き覚えのある声が階段を駆け上ってくる。


「え? その声はトール? トールなの? どーしたのよ。今取り込み中よ」

「さすがに荷物が多すぎるから、運ぶのを手伝おうと思って姉さんを追いかけてたんだけど、ちょうどお城についた途端、街が紫の霧に覆われちゃって。あ、どうも魔術師様。弟のトールです。この度は汚い太鼓をお買い求めいただきありがとうございます」

「そうよ、トール。あの太鼓、金貨300枚で売れたのよ! ほら、その布袋に100枚ずつ入ってるから見てごらん」

「ほんとぉ……わあ! ほんとが金貨だ! コレ100枚あるの?」

「もちろんよ」

「姉さん、2、3枚くすねてないだろうね?」

「……今、すごい血を感じたわ」

「おいい!!君たち、そんなことを話している場合じゃないだろぉ!!」


 ルクハイド様が怒鳴る。。


「そうだった! 外を! 見てください! 大変なんです!」


 言われて魔術師様と一緒に窓に駆け寄る。で、青ざめる。見れば街中が紫の霧に包まれてる。いかにもソレっぽい。ヤバいッぽい。

「……」

「……やばい感じですか?」

「ヤバイ感じだよ。極悪な魔力をビンビン感じるよ。絶対魔神だ。魔神復活だよ、これ」

「えっと、来たばっかで状況が掴めないんですが、予想するところ、もしかして、うちの店の盾が原因だったりですか……?」

「うむ。その通りだよ弟くん。とんでもないことをしてくれたね君達は」

「す、す、すみません。そんか大層なものだとはつゆ知らず……。ど、どうしましょう?」

「どうもこうもない。どうしようもないよ。このコンデレッサ城は対魔結界が張ってあるから今の所、魔霧は防げているみたいだが時間の問題だ。この霧が街中の魔力を吸い取って、じきに巨大な魔神の姿に変わるぞ。そうなったら、結界も簡単に破られてしまうだろう」

「そんな……でも、でも、魔術師様。この国には四英雄がいるじゃないですか」


 すがるような目でトールはルクハイドをみる。


「サンダネ山に出た巨石龍を友達がいないからってソロ討伐した孤高の騎士『竜殺しのジャスティン』。エルフの血を引く昔はツンデレ美少女いまは嫌味ったらしいお局様おつぼねさまで有名な『大賢者ルラールナ』。齢70を超えてなおムッキムキ、筋トレと国政なら筋トレを取る!『英雄王アヌデレッサ6世』。そして、変態美男子魔術師のルクハイド様。この伝説の四英雄が力を合わせれば魔神だって倒せるんじゃないですか!?」


「なんとなく聞き捨てならない紹介だが……まあいい。でも、ダメなんだ。何せ今日は『暑さを吹っ飛ばせ! 魔神封印記念大盆踊り大会』の当日なのだ。会場である街外れの『チート勇者記念広場』へ城の大半の者が出向いている。帰ってくるのは明日の夕刻であろうし、全員がへとへとに踊り疲れて帰ってくるのだ。体力も魔力も使い果たしてね。とてもじゃないが魔神と戦える状態ではない」

「なんでそんなおバカな行事をやるんですか」

「ボクだって知らないよ。だいたい伝統行事ってのは何故始まったのかよくわからないものも多いだろう」

「そう言われちゃうと何も言えませんけど。じゃあ本当に打つ手なしなんですかー! いやだー! 僕はまだ死にたくないですよ!」

「わたしもー!!うわーん!! こんな美少女なのにー! まだ恋の味も知らないのにー!」

「ええい、やかましい。原因は君達じゃないか。泣きたいのはこっちだよ。こんなことならサボらずに盆踊り大会に行けばよかった! そしたらこんなところで無残な死を迎えられずにすんだのに! ああ、まったく! こんな時に聖剣があれば魔神を封印することができるのに……!」


 頭をかきむしるルクハイド様。取り乱す美男子ってのもなかなか乙なものね。


 ……ん? ちょっと待って。今なんて言った? ルクハイド様、今なんて言った? 聖剣? もしかすると、もしかして……。


「あのー。ルクハイド様。お取り乱し中に失礼します。実は見ていただきたい品がもう一つありまして……」


「はぁ? 見てほしい品? こんな時に?」

 髪の毛がボサボサになっちゃったルクハイド様がジロリとこちらを見る。

「はい。これなんですけど……」

 ほっちゃらかしてあった包から、例の短剣を取り出した。

「バカ、姉さんこんな時にそんな偽物の汚い剣を出すことないじゃないか」

「いいでしょ! 打つ手なしなんだから、藁にもすがる思いってやつよ! ルクハイド様。先日、市で仕入れたものなんですけど、一応、聖剣という名目で仕入れておりまして、念のため見ていただけないでしょうか」


 ため息をついて、振り向いたルクハイド様の目が大きく開かれた。


「……おい。まて、待て。待て待て!! ちょっと見せろ! それを見せろ! おお!!! これは!!!?? まさか!! これはー!!!!!」


 ルクハイド様、大絶叫。


「聖剣ですか!? やっぱり聖剣だったんですか!? ほらトール! わたしの目利きはすごいっでしょ!」

「本当に!? そんな汚い短剣が。本当に聖剣なんですか?魔術師様!?」


「コレは……。これは!!」


 そう言ってルクハイドさまは鞘から短剣を抜き取った。


「やっぱり!! ボクが魔術師学校の幼年部の頃、夏休みの課題で作った短剣だよ! 懐かしい!! ほら、柄の部分の模様! 古代文字なんだ! ここに凝ったんだよねー! いつの間にかどっかに行っちゃったと思ってたんだけど、まさか市場に流れていたとはねー! すごい運命だよ!!」


 は?


「……聖剣ではないのですか?」

「聖剣は聖地ゴラウル神殿で厳重に保管されているからね。それにこんな短剣じゃないよ」


 がっかりだよ!! なんだよ!!


「あ、ちょっと待って、でも、鞘なんか作ってなかったな。というか、この鞘……どこかで見覚えが……ああ!! これは!?」

「もう、今度は何ですか?」

「コレ、あれだよ!! 鞘じゃないよ! コレこそ古代兵器かもしれないよ!! ほら、ここ見て。古代文字が刻まれてるだろ。なになに……。マ、フ、ビン。マフービン? 魔封瓶マフウビンって書いてある! なるほど。コレは魔力を吸収してこの中に貯めることのできる瓶なんだ!」


 魔封瓶を持ち上げ、中を覗き込んだルクハイド様は「コレはすごい!!」と声をあげた。


「内側に魔術文字がすごく細かくびっしり書き込まれてる! とんでもない魔力を感じるよ。いける、いけるかも! コレを使えば王都を覆う魔霧を封じ込めることができるかもしれない!!」

「ほんとですか!?」

「確証はないけど、もうボクたちにはコレに頼るしか方法がない! 塔の上でコレを使う」


 真剣な顔で頷いて、ルクハイド様は駆け出した。


「あ、ちょっと待ってください!」叫んで追いかける。

「姉さん、僕らに手伝えることなんかないよ! 足手まといにならないようにここでじっとしていようよ!」

「バカ。わたしたちのせいでこんなことになったのよ。自分たちだけ安全なところにいるなんてできないわ」

 制止するトールを振り切って、ルクハイド様を追う。階段を駆け上がる。4階。5階。6階。はぁはぁ。

 足がパンパンになるけど、休んでなんかいられない。

 明り採りの小窓を見れば、紫の霧はさらに濃くなり、稲光がばちばちと霧の中で弾けている。


「ルクハイド様!」


 最上階の小さな小窓を開け放ち、屋根の上に出る。そこにはルクハイド様が強風に煽られながら眼下を見下ろしていた。


「む、マリシュくんか。危険だ。君は部屋に戻っていなさい!」


 そう言うと、ルクハイド様は魔封瓶を天に掲げ、ブツブツと唇を動かし魔術の発動を促した。魔封瓶の外側に刻まれた古代文字が光りだす。


「ゲデル・ハデル・ガングルゥ……はぁああ!! 魔神よ!! 我が命に従い永遠の闇に還れ!!」


 ルクハイド様が叫び魔封瓶を突き刺すように魔霧に向ける。すると、瓶の口か螺旋状に光が放射され、まるで巨大な蜘蛛の巣を広げるように街中に広がった。そして、獲物を捕まえるように魔霧に絡みついた。


「うおおおお!!」 ルクハイド様が叫ぶ。魔封瓶から放たれた光の網は、ズリズリと紫の霧を瓶の中にひきづり込んで行く。すごい。コレならいけるかも!


 しかし、しばらくすると、霧を引きずりこむスピードが鈍った。ルクハイド様の表情も厳しくなる。


「ルクハイド様! 大丈夫ですか!?」思わず叫ぶ。

「く、ボクの魔力じゃこの魔封瓶を完全に制御できないと言うのか……。くそ」

 ちょっとマズそうな雰囲気。

「ダメだ……力が抜けていく……」苦悶の表情のルクハイド様。どんどん引き込むペースが落ちていく……ってかジリジリ逆流し始めた。やばいっしょ。完全にジリ貧って感じ。ルクハイド様の顔に逆流した魔霧がかかる。苦しそうなルクハイド様。


 どーしよ。どーしよ。ない頭で考えても、わたしにできることなんてない。魔力とかないもん。普通の町民だもん。まずいって。このままじゃバッドエンドじゃん。ヤダヤタ。まだ18歳よ? コレからいっぱい楽しいことが待ってると思ったのに! こんなところで死ぬの? そんなの嫌!


 その時だった。


 どんどんどん。

 どんどんどん。

 どんどんどんどん、どんどんどん。


 暴風に紛れて微かに聞こえる間抜けな音。


 どんどんどん。

 どんどんどん。

 どんどんどんどん、どんどんどん。


 皮の伸びきった小太鼓の音。


「姉さん!!」

「トール!?」

 振り向くとトールがあの小汚い太鼓、ファイアドラムを抱えて立っていた。


「この音色を聞くと力がみなぎるんだろ!? 魔術師様のために、叩こう! 僕たちにできることはそれだけだ!」


 風にかき消されそうな声で叫ぶと、トールは素手でめちゃくちゃに太鼓を叩き始めた。


 どんどんどん。

 どんどんどん。

 どんどんどんどん、どんどんどん。


 音を聞いていると、不思議と恐怖心が消えていく。


 どんどんどん。

 どんどんどん。

 どんどんどんどん、どんどんどん。


 四方八方から強風に煽られていて、さっきまで立っているのが精一杯だったのに、今は体に力がみなぎっている。


「そうね! わたしも叩くわ!!」


 トールの元に駆け寄り、力一杯太鼓を叩く。面だけじゃなく胴を叩いても、ファイアドラムは気持ちのいい音を奏でた。


 どんどんどん。

 どんどんどん。

 どんどんどんどん、どんどんどん。


「うおおお!! すごい! 魔力が、魔力が溢れ出るようだ!」 ルクハイド様の声。苦痛に喘ぐ叫び声じゃない。力の限りに雄叫びをあげる獣のような声だった。


「いっけーーー!!」


 わたしたちの腕にも力が入る。


 どんどんどん。

 どんどんどん。

 どんどんどんどん、どんどんどん。


 太鼓の音に呼応するように再び魔封瓶に霧がひきづりこまれて行く。さっきよりも、もっと力強くだ。

 夢中で太鼓を叩く。体の中から湧き上がる熱いビートを鼓面に叩きつけるのだ。


 どんどんどん。

 どどんがどん。

 どどんがどどんが、どんどんどん。やー!!


 どんどんどん。

 どどんがどん。

 どどんがどどんが、どんどんどん。はいぃ!!


 どんどんどん。

 どどんがどん。

 どどんがどどんが、どんどんどん。ちょれいっ!!


 どんどんどん…………どんどんどん……

 無我夢中で太鼓を叩く。

 どんどんどん……どんどんどん……

 だんだんと意識は遠くなって、そして…… 




 気がつくと空は晴れ渡っていた。心地よい風に頬をくすぐられ目を冷ます。眼下には見慣れた王都の姿。横を見ると、ルクハイド様とトールが並んで座り、談笑していた。


「おっ起きたね。マリシュくん」

「イタタ……。腕がパンパン……って、あれ。魔神は……?」

「ルクハイド様のおかげで封印できたよ」

「いやいや。二人のおかげだよ」片手に魔封瓶を持つ銀髪美男子がキラリと白い歯を見せて笑った。さっきまでなかった蓋が閉められ、封印の札が何重にも貼られている。


「あの太鼓の音がなければ、ボクの魔力は尽きていただろう。一時はどうなることかと思ったけど、みんな無事でよかった。幸い街の方にも犠牲者はいないらしい」


 キラキラの銀髪をかきあげて、ルクハイド様が微笑んだ。


「よかったね。姉さん」

「死ぬかと思ったわ」安堵のため息をついて、起き上がり二人の横に並んで座る。

「本当に。ルクハイド様。うちの姉がすみませんでした」

「え? なんでわたしが悪いみたいになってんの? そもそもトールがわたしにあの盾を押し付けたのが悪いんでしょ?」

「姉さんが訳のわかんないものばかり仕入れてくるのが悪いんじゃないか」

「はあ? 何よ?」「なんだよ」


「まあまあ、喧嘩しないで。すんだ事じゃないか」

 魔術師様になだめられて、頬に空気を溜めながらもひとまず黙る。

「でも、今後は危ないものを仕入れたと思ったら、まずボクのところに持ってきてくれないか。本来なら古代兵器を見つけたら国に届け出なきゃいけないんだからね」

「は、はぁ。そうします」

「すみませんでした」

 二人で頭を下げる。

「まあ今回は君たちのおかげで事なきを得たし、大目に見てあげよう」

「ありがとうございます。でも、やっぱり骨董市には掘り出し物がたくさんあるってことが証明されたわけよね。わたしの目利きのよさも」

「姉さん。何をバカなことを言ってるんだよ。そのおかげで大変だったんだぞ」


呆れた顔でトールが言うけど、わたしは気にしないわ。よーし、やる気になっちゃった。コレからもドンドン仕入れてガッパーニ商会を大きくしてくわよー!!


「あ、それと、一つ伝えなきゃいけないことがあるけど」


「伝えなきゃいけないこと? なんですか?」


「うん。実はね。君たちがめちゃくちゃに叩いたせいで、貴重なファイアドラムは壊れてしまったんだよ」


「ふぇ!?」


「だから、買い取る話は無しだね。金貨300枚は返却させてもらったから」

 

 憎たらしいほどの美しい笑顔でルクハイド様は言う。


「うっそー!! そんなぁ……わたしの金貨300枚ぃ……」


 がっくり肩を落とすわたしに、ルクハイド様はニタリ、と笑って言った。


「まあ、コレに懲りて変なものは買わないことだね」


立ち上がり、ポンポンとお尻を叩いたルクハイド様はうなだれるわたしに人差し指を立ててこう言った。



「太鼓を素手で叩いたから、が当たったんだろうね」



 ……お後がよろしいようで。




 ってよろしくない!!!!



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【ファイアドラム】〜異世界古道具屋のドロップダウンストーリー〜 ボンゴレ☆ビガンゴ @bigango

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ