6.Numerical inferiority


 両チームのセンターの二人が同時に飛び上がる。


 林檎りんごは手を伸ばし、ボールを弾いた。

もも!」

 ボールは桃の方向に浮き、しっかりと桃がボールをキープする。


「よし、行くよ!」

 日ノ出総合ひのでそうごうは戻り、雲雀ひばり高校は前進する。


 急いで2-3のゾーン〈前列に2人、後列に3人を置いた守備陣形〉を組んだ日ノ出総合は前の列のガード2人で桃の前に立ちふさがる。


あんず、ハイポスト!」

 桃からハイポスト〈フリースローラインの近く〉の杏にボールが渡る。

「林檎さん!」

 今度は杏から林檎にパスが渡る。

 林檎はシュートを打とうと体を反転させるが目の前には日ノ出総合の選手が立ちふさがった。

「仕方ないなぁ・・・」

 林檎は小さく呟き、横にボールをワンバウンドさせる。

 そのボールを枇杷びわが取り、シュートモーションに入る。相手のマークは甘い。


 枇杷はジャンプし、シュートを放つ。

 ボールはバックボードに当たり、バ、サッ、とゴールに入った。


「よしっ!」

 枇杷が小さく右手を上げてガッツポーズする。


「ディフェンス!」

 雲雀高校はハーフコートのマンツーマン(自陣のコートの中で1人1人のマークを決めた状態)で守る。


 日ノ出総合の攻撃が始まる。

 ボールを回していき、最終的にはゴールに近い位置の久白くじらにボールが渡った。マークには杏がついている。

 しかし久白はマークを意に介さずゴール下にドリブルで詰め寄っていく。

 そしてゴール下でのジャンプシュートを放つ。杏が必死に手を伸ばすが、届かない。ボールはゴールに吸い込まれた。

「ナイスシュート!」

 日ノ出総合のメンバーが得点に沸く。

 杏は「くそっ」と、悔しさをあらわにした。


(フン、この程度のマークで私を止められるわけないじゃない)


 久白は手応えの無さに少しの苛立ちを感じながら走って自陣のコートに戻る。




「ーー杏、撃て!」

「はいっ!」

 枇杷の指示に従い、杏はシュートを打つ。が、ボールは久白にブロックされる。

「ナイスカット!」


 久白が前線にボールを送り、速攻を決められる。


 その後も雲雀高校は久白の高さに苦戦し、徐々に点差が開いていく。



 ピィーッ、と笛が鳴り、第1Qクォーターが終了した。


 スコアは22-10で日ノ出総合がリードしており、雲雀高校にとっては厳しい展開であった。


 スタメンの桃、柚、杏、林檎、枇杷がベンチに帰ってくる。

 顔は汗にまみれ、息を切らしている。

 明らかに劣勢の展開に苦しんでいる様子であった。


(悔しいが久白の高さは驚異だ・・・。杏じゃミスマッチ〈身長差のこと〉すぎて完璧に抑えられる)

 枇杷が苦虫を噛み潰した表情で考え込む。

(やっぱり・・・こうするしかないか)

 枇杷は口の中にスポーツドリンクを流し込み、息を吐いた。そしてその後、メンバーに指示を出す。


「2Qは杏に代わって高波たかなみを入れるからな。高波は用意しておけ」

「はい!マークは14番久白やろ・・・ですよね」

「もちろんだ。あの高さに対抗してくれ。頼んだぞ」

 枇杷が冬月るなを見ながら言った。

 冬月は「はい」と頷いた。



 そして日ノ出総合ボールから第2Qが始まった。

 久白には冬月がマークにつく。


「やっと出てきたわね、高波冬月。ちょっとは楽しませてくれるのかしら?」

 久白がポストアップ〈ディフェンスを押しのけるようにしてその場所での有利な場所を奪うプレー〉をしながら冬月に呟く。

「分からんけど、多分楽しゅうはねえち楽しくはないと思うちゃ。・・・何もさせんけんさせないから

「なっ・・・」

 冬月が至って表情を崩すこともなく淡々と述べ、久白はその図太さに思わず声を上げた。

(この・・・、自信過剰なのも程々にしとけよ!)

 久白は苛立ちを感じ、強引にポジションを奪っていく。

「先輩っ、こっちです!」

 久白は手を上げてパスを貰い、体を反転させてシュート体勢に入る。

 久白は床を蹴り、ジャンプシュートを放つ。打点は高い。


 しかし。


 ビシッ!


 冬月がそのシュートを弾いた。久白よりも身長では劣るはずだが、身長差を感じさせないジャンプ力とリーチで久白の打点の高いシュートをブロックしていた。

「!?」

 久白は驚きの表情を隠せない。冬月は一瞬の硬直を見逃さずルーズボール〈こぼれ球〉に向かう。

「速攻!」

 ルーズボールをしっかり取り、冬月は前線の桃にロングパスを送る。日ノ出総合のディフェンスは後手になり、桃にそのままレイアップシュートを決められた。

「ナイッシュ!」

 枇杷が大きな声で言う。

 これで点差は10点差に縮まった。

 日ノ出総合のメンバーは冬月の高さに驚きを隠せない様子だ。



 ーーそして。


 日ノ出総合の選手がシュートを打つ。しかしボールはリングに弾かれた。

「リバウンド!〈落ちたシュートを取ること〉」

 落下点に冬月が入り、高くジャンプしボールをキャッチする。

(くっ・・・なんて高さだ)

 久白は顔を汗で濡らしながら必死に冬月に対抗するが、高さで劣っているため自分のプレーができない。


 雲雀高校のシュートがまたネットを揺らす。

「よっしゃ!これで1ゴール差!」

 シュートを決めた枇杷が嬉しそうにガッツポーズし、自陣へと戻りディフェンスする。

 リバウンド、ディフェンス、ブロックショットなどで冬月が奮闘し、久白に対して高さで圧倒していることで雲雀高校のインサイドは安定した。冬月の活躍で久白のポストプレーを基盤とする日ノ出総合の攻撃は沈黙し、第2Q残り3分、スコアは30-28で雲雀高校が点差を2点に縮めていた。


(くそっ・・・!何なのこの高さは・・・!私のプレーが出来ないじゃない!)

 久白がポストアップしながら苦々しい表情を見せる。

「・・・な?楽しゅうねえやろ?」

 冬月が不敵に微笑む。

「くっ・・・」

 久白は何とか体をゴールに近づけようとするが、先程とは違い、まったく動かない。

 冬月が腰を落とし、完全に久白のポストアップを止めていた。

 久白以外に攻め手が無い日ノ出総合は仕方なく不十分な位置の久白にパスを入れる。久白は反転しながらボールを持ち上げ、シュート体勢に入る。が、その瞬間。


 ーースパァン!


 冬月の手が久白の頭上にあったボールを弾く。

「ナイスカット!」

 久白は振り返り、ディフェンスに戻る。

(シュートにさえ持っていけないの・・・!?)

「久白!早く戻れ!」

 呆気にとられていた久白に指示が飛ぶ。

 日ノ出総合のメンバーが雲雀高校の速攻を止めていた。

 桃から枇杷、枇杷から柚にパスを回すが、中々マークが外れない。

 日ノ出総合も必死に同点にさせないようにディフェンスしている。

「柚先輩っ、こっちです!」

 ハイポストに位置していた冬月に柚からボールが渡る。

 その冬月には久白がマークにつく。

「そう簡単に同点になんかさせない!いくら『岩飛蹄クリップスプリンガー』の高波冬月だからってこんな弱小チームに負けるわけには・・・」

「・・・喋っちょん暇、あるん?」

 冬月は言い、鋭くコマのようにロールする。かなりの速さだ。

「なっ・・・」

 久白が食らい付こうとするが、冬月は久白が追い付く前に飛び上がる。

 久白が手を伸ばすが、冬月の体は高く舞い、ブロックをものともしない。

 ボールがリリースされ、そのままゴールの中に吸い込まれた。

「入ったーっ!」

「これで同点だ!」

 雲雀高校のベンチが沸く。

 スコアは30-30。第1Qの12点ビハインドを帳消しにした。

(すごい・・・!やっぱり冬月ちゃんはすごいや!)

 小陽こはるが感嘆し、冬月に憧れの目を向ける。



「ーー私を止めたかったら、もっと集中せなね」

 冬月が久白に言い放つ。

 久白は冬月を睨んだ。

「確かに、プレイヤーとしては敵わんかもしれんけど、試合には負けん!まだ終わっちょらんけんな!」

なんぼでんいくらでも、受けち立つちゃ」

 冬月は振り返りながら言った。



 日ノ出総合の攻撃。5番のPGポイントガード高橋たかはしから久白にボールが渡る。

「久白にボールが渡った!」

「高波、止めろよ!」

 枇杷から指示か飛ぶ。

(私一人の力じゃどうにもなんないけど、けど、チームで戦えば・・・!)

 久白がロールする。冬月はしっかりとマークする。

 久白はジャンプし、強引にシュートを打とうとする。が、冬月がしっかりとシュートコースをブロックしていた。

(引き付けた!)

 久白は空中で体勢を変え、エンドライン沿いにキレ込んできた6番のCセンター村本むらもとにパスを出す。

「しまっ・・・」

 林檎のディフェンスが遅れる。

 村本はボールをキャッチし、バックシュート〈リングの下を通りゴールの反対側からレイアップを後ろ向きに打つシュート〉を放つ。

 林檎がシュートを止めようと手を伸ばすがボールには届かず、村本の手を叩いてしまう。ボールはゴールへ吸い込まれた。二人は体勢を崩しながらコートに倒れ込む。


 ピィーッ、と笛が鳴った。

『ファール、別府雲雀5番、イリーガル・ユース・オブ・ハンズ〈不当に手を使って相手のプレーを妨げること〉、バスケットカウントワンスロー!』

 日ノ出総合のメンバーが喜ぶ。転がっている村本もガッツポーズを見せる。

 林檎は起き上がりながらごめんね、と冬月たちに頭を下げる。

(今んプレーは私のミスや。久白のパスをケアして無かったけん・・・)

「すんません、林檎先輩。今んなのは私がパスを警戒しちょらんかったけんしてなかったからで・・・」

 冬月が林檎に頭を下げるが、林檎は冬月の額に手を当て、顔を上に向かせる。

「何つまらんこと言いよんの?ここまで点差を詰められたのは間違いなく久白を高波が抑えてたからだよ。今のプレーを気負うな」

「・・・はい!」


 林檎のファールは村本のシュート動作中に行われたため、バスケットカウント〈シュートを打ったプレイヤーに1本のフリースローが与えられる〉となる。

 村本がフリースローを打つ。

 ボールはリングにゴ、ゴン、と当たりながらもネットを揺らした。

「ナイッシュ!」

「これで点差空いたぞ!ディフェンス!」


 スコアは33-30。残り1分半。

「さあ点差詰めよう!」

 リードガードの桃がドリブルで日ノ出総合の2-3ゾーンに近づいていく。

「冬月っ!」

 桃から冬月にボールが渡る。久白がマークにつく。

 冬月がロールで久白をかわすが2-3のゾーンの中央にいた村本がヘルプに入る。

「久白!今私たちはマンツーで守ってるんじゃないんだ!ゾーンで守りきるよ!」

 冬月は村本のマークに阻まれながらもボールをキープする。エンドライン沿いにキレ込み、体を入れ、村本のディフェンスをかわす。

「くっ・・・!」

(速いし、強い・・・!)

 ゴール下で両足を比較的揃えた状態で、低い姿勢から強く飛び上がりオーバーハンドの打ち方でバックボードにボールを当ててゴールに入れる。

「よしっ!」

 冬月がガッツポーズする。

「良いパワーレイアップ〈ゴール下でディフェンスとの接触が予測されるときにオーバーハンドで打つシュート〉やね。借りは返してもらったよ冬月」

 自陣に戻りながら林檎が言う。

「2人かわしてシュート決めるなんて流石やな」

 柚が横から冬月の肩を叩く。

「さあ行くよ!この攻撃止めて逆転だ!」

 枇杷が手を叩きながら腰を落とす。

「「っしゃあ!」」


 ーーバシッ!


 桃がパスをカットする。

「ナイスカーッ!」

 ベンチから杏が声を出す。

「こっちだ桃!」

「お願いします枇杷さん!」

 桃はボールをコートにワンバウンドさせ、枇杷へのパスを出す。

 しかし日ノ出総合のディフェンスが戻ってくる。

 速攻を止められ、攻めあぐねるが後ろから追いついてくるメンバーを見つけ、パスを戻す。

 柚から逆サイドの林檎に振り、林檎はそのままレイアップシュートを打つ。

 久白が手を伸ばし、シュートコースを限定してくる。

 シュートはリングの奥に当たり、宙に浮く。


 そのリバウンドボールを冬月がキャッチする。

 そして直後、飛び上がる。

「これで逆転や!」

 冬月はシュートを放ち、ボールはゴールに吸い込まれる。


「よぉし!」

 枇杷や桃、その他のメンバーも喜びを表す。

「まだだよ!もう1本取るぞ!」

 第2Qは残り1分を切った。林檎の声に反応し、雲雀高校はフルコートマンツー〈コート全域のマンツー〉で当たる。

 キュ、キュッ、とスキール音が鳴りながら残りの体力を使い、それぞれが相手をマークする。

 ーーそして。

「もらったぁ!」

 枇杷が伸ばした手が雲雀高校のパスをカットする。

 そのボールを林檎に渡し、林檎はゴール下でシュートを打つ。

 村本がシュートを止めようとするが対応が遅れ林檎にのし掛かる形になる。

「ーーっ!」

 林檎はそれでもシュートを決める。そのまま前のめりにコートに倒れ込んだ。

『ファール、日ノ出総合6番、プッシング〈相手を押すこと〉!バスケットカウントワンスロー!』

「よぉしっ!」

 林檎が起き上がり、笑う。他のメンバーも喜びを露にした。


 林檎はワンスローを与えられ、その1本をきっちり決める。

 スコアは37-33。

 雲雀高校は4点リードのまま第2Qを終えた。



「よーし!上出来だぞみんな!第3Qからは1年生を交代で出してくから、準備しとけよ!」

 枇杷がタオルで顔を拭きながら言う。

 指示に従い、小陽や蜜柑みかん茘枝らいちはストレッチを始める。


 小陽の元には冬月が付き、背中合わせで腕を組み、冬月は小陽を背負う体勢で小陽の背中を伸ばす。

「ん~・・・っしょ。ありがと冬月ちゃん」

「どういたしましち。さ、後半、頑張ろうか」

「うん!」

 冬月が向けた掌に小陽は手を合わせた。



「じゃあ確認しとくぞ。最初は桃に代えてあまねを出すからな。その次は桃を戻して中畑なかはたと柚が交代。第3Q終盤で丹羽たんばと中畑を代える。こういう風にしようと思う。まあやむを得ず予定を早める場合もあるが一応は決まりと言うことでいいか?」

「「はい!」」

「よし、じゃあ行くぞ!」

 枇杷のかけ声に雲雀高校のメンバーがまた大きな声を出した。



(第3Qは1年生を交代要員で出すことでレギュラーメンバーに余力を持たせて、第4Qでまた突き放す。その為に1年生たちが緊張しないようにプレーしてくれれば・・・)

 枇杷がそう思いながらコートに入った。



 しかし。


 試合はそう上手くはいかなかった。


 バチッ!

「あっ・・・!」

 茘枝のパスは日ノ出総合のディフェンスに阻まれた。

「早く戻れ!決められるぞ!」

 枇杷が必死に攻撃を止めようとするが、日ノ出総合に速攻を決められる。


「よーっし!これで同点!」

 スコアは41-41となり、追い付かれる。


 さらに。


 ピィーッ!

 茘枝と日ノ出総合の選手が共にコートに倒れ、笛が鳴った。

「ファール、別府雲雀12番、オフェンスチャージング〈攻撃側のファール〉!」


 茘枝は口を半開きにしたまま下を向いている。

 そして別府雲雀の交代が告げられる。


 茘枝に代わって桃、柚に代わって蜜柑がコートに入る。

 茘枝は沈んだ顔でベンチに戻ってくる。

 明らかに悔しさをあらわにしており、小陽にはかける言葉も見つからない。

(・・・私も、あの場所に立つんだ)

 小陽は唾を飲み込む。

 沈んだ茘枝の様子は、出番を前にした小陽に急に不安を感じさせるのであった。



「蜜柑、大丈夫か?」

 コートでは枇杷が蜜柑に声をかけていた。蜜柑は背伸びをしながら緊張感の無い様子で「ああ、たぶん大丈夫です」と、あっけらかんとした顔で答えた。


 そしてプレーが再開された。



 ゴンッ、と日ノ出総合のシュートは外れる。

 そのボールを冬月がリバウンドし、桃にパスする。


「あっちはインサイドで来るよ!中固めて!」

 日ノ出総合の2-3ゾーンのディフェンスはゴール前を固めた形となる。

(くっ・・・ああまで中を固められちゃ林檎さんと高波のポストプレーが使えない。どうすれば・・・)


「ーー桃先輩!こっちです!」

 桃は手を上げてパスを要求している蜜柑の方を向く。

 床にワンバウンドさせてボールを通すと、蜜柑はすぐさまシュートモーションに入った。

 位置は3ポイントライン近く。

(なっ・・・この位置からいきなり打つのか!?)

 桃の懸念をよそに、蜜柑はアウトサイドからジャンプシュートを放つ。


 シュートはリングに当たりながらもゴールの中に入った。


「よしっ!」

 蜜柑は右手を上げ、ディフェンスに戻る。


(中を固められていたからアウトサイドから攻めるのは当たり前だが・・・リバウンドの可能性も少ない中よく決めきれたな。しかも・・・交代の直後だって言うのに)

 桃は蜜柑の強心臓に感心しながら自陣に走っていった。


 その後、蜜柑の物怖じしないプレーにより点差は開き始め、第3Qは残り2分となる。


「小陽」

 ベンチに座っていた杏に呼ばれる。

「そろそろ出番だよ」



 ボールがラインを割り、ビィーッとブザーが鳴る。

 小陽と蜜柑が交代するよう指示が出され、小陽は入れ代わりでコートに入る。

「よし、残り2分、7点差あるから、落ち着いてプレーしような。頑張るぞ、丹羽」

 枇杷が言う。

「は・・・はいっ」

 小陽は不安げな様子で頷く。

 心細く感じ、冬月の方を見る。

 冬月も小陽の方を見る。しかしそこにいつものような柔らかな笑顔はない。

 目は鋭く、闘争心に溢れた顔つきであった。


「小陽ちゃん」

 冬月は小陽の方を見る。

「コートに入ったからには、初心者だとかもうそんなことは関係ないけんね。コートの上では、みんな平等やけん。頑張って」

 小陽は冬月の言葉を聞き、どきっとする。

「う・・・んっ」

 少し緊張が増した面持ちの小陽に、桃が「大丈夫だよ」と軽くフォローを入れ、それから試合が再開された。


「よし、ディフェンス!」

 枇杷の声に雲雀高校のメンバーが反応する。

「「おおっ!」」

 そして日ノ出総合の攻撃が始まる。

「丹羽、マーク確認!」

 小陽は枇杷の指示に合わせ、マッチアップの7番、玉井たまいのマークにつく。


 玉井は小陽のマークをいとも簡単に外し、パスを貰う。

「あっ・・・」

 小陽は必死に手を伸ばして攻撃を止めようとするが、シュートを打たれ、ボールはゴールに吸い込まれた。

「どんまい!次攻めるぞっ!」

 桃が枇杷にパスを出し、今度は雲雀高校の攻撃が始まる。

 だが小陽だけが自陣で立ち尽くしている。

「丹羽!走れ!」

 枇杷の声に反応し、はっとしたように小陽は走りだし、日ノ出総合のディフェンスに向かっていく。

 ボールは枇杷から桃に渡る。

(やっぱり中を固めてきてる。多少外から打たれても高波を抑えようって魂胆か。誰かマークの空いてる人は・・・)

 桃は回りを見回し、マークの甘い小陽の姿を見つける。

「丹羽!」

 桃から小陽にパスが出される。

 その途端、日ノ出総合のディフェンスが近づいてくる。

「わっ・・・」

 小陽はディフェンスの圧力に押され、ドリブルを止めてしまう。

「ドリブル終わった!取るよ!」

 小陽のもとに日ノ出総合のディフェンスがもう一人つく。

(ど、どうすれば・・・!枇杷先輩、桃先輩、冬月ちゃん・・・!どこにいるの?パスコースが塞がれてる・・・)

 小陽はディフェンスのプレッシャーに耐えかね、ボールを地面に突いてしまう。

 突如、ピィーッと笛が鳴った。

(えっーー)

「バイオレーション、ダブルドリブル!〈ドリブルを一度止め、再びドリブルし始めてしまうと反則となる〉日ノ出総合ボール!」

「あ・・・」

 小陽は青ざめた顔で審判の方を見る。弱々しく、何も考えられなくなっているかのような目をしていた。

「切り替えろ!守るぞ!」

 枇杷が手を叩きながら自陣に戻っていく。

「丹羽も戻れ!まずは足を動かして、相手と向き合え!何も難しいことを言ってる訳じゃないんだ!」

「は・・・はいっ!」

 勢いよく返事したかのように見えた小陽だったが、その目は焦りを帯びており、空返事であった。



 高速で飛び交うボール。


 相手が掛けてくるプレッシャー。


 目まぐるしく移り変わる攻守。



 バスケというスポーツのその全てが、小陽には恐ろしく感じた。



 そして。


 小陽のマークの相手、玉井を中心に攻めだした日ノ出総合は点差を徐々に詰めていく。

(無理だよ・・・!だって私、バスケ始めて1ヶ月も経ってないんだよ!?)


 経験の少ない小陽が浮き足立つうちに、点差は詰まり、やがて同点になった。


 そして第3Qが終わった。



 小陽は俯いたままベンチに戻ってくる。


 枇杷はその様子を見ながらやっぱりまだ早かったか、と思案する。


「取りあえず第4Qからはーー」

ちいとちょっと待っちくりい」

 枇杷の言葉を冬月が遮る。


「小陽は出したままにしてくれん・・・くれませんか」


 冬月が鋭い目のまま言った。

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春空アーチ。 Rau.@良羽 @Rau-rau

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