第44話 次なる目的地へ
「やっと帰って来た。何話してたの?」
「ああ、ちょっとな。事実確認だよ事実確認」
「それってレティたちの前から離れる必要あったの?」
「……色々、あるから」
情報を共有し合った後、みんなのもとへと戻って来た俺とリープ。少しばかりか二人で話をしていたのでみんなに怪しまれてしまったが、なんとか誤魔化すことには成功したようだ。
すぐにパーティ全員とツヴァイさんに俺たちが知ったことの全てを知らせた。
俺、倉本真に関する情報以外の全て、ムラサメの動機自体は隠しながらも今俺たちが知っておくべき現状をリープと二人で語った。
「そんなことがあったんだ……」
「……ムラサメ。あいつ、なんてことを……」
この件で一番ショックを受けているのはディアで間違いないだろう。信じられないという表情をしながら倒れているムラサメの方を見つめている。
「そのヒドノラって奴が全て裏で仕組んでいる。そう言いたいのね」
「おそらくな。ムラサメを仲間に引き込み、動かしていたのはヒドノラで間違いない。そんなムラサメだって、用済みとわかればすぐに消されてしまった」
「きせいせき? ってやつが人に邪気を植え付けていたって考えて間違いないんだろ。ムラサメと同じような状態の奴がいたけど、あれもこれの仕業ってことか。つーことは全てそいつが糸を引いてたってことになるな」
ムラサメに力を与え、人に邪気を植え付け、人の魂を吸い取る寄生石。これまでの一連の騒動は全てあの石がもたらしたことなのだろう。
こんなことをするヒドノラの狙いは何なのか不明のまま。奴は何かを遂行するためと言って俺の前から姿を消した。
魂を吸うことは単純にその人間を消すためだけの用途なのか? それとも、他に何か意味があったりするのだろうか。
そういえば、ツヴァイさんがそのような魔族の言い伝えがあるって話していたような……?
「シン君、ヒドノラと名乗った男は自分のことを魔王の子って言ったのよね」
「ああ、間違いない。去り際にそう話していたよ」
「まさかあの魔王に子供がいただなんて……知らなかったわ。そんな危険分子がまだ残っているのなら、まだ魔族たちが行き残っているのも納得できる。隣国からアンリクワイテッドを襲った魔族たちが侵入してきたことを考えたら……既に隣国はヒドノラの手に堕ちていてもおかしくないわ」
「チッ……。あのクソ野郎、余計な置き土産残していきやがって」
ソーラは辺りにあった大きめの石を手で掴み、思い切り遠くへと投げ飛ばした。
イライラする感情を発散するかのように、なんとも乱暴な手つきで物に当たっている。
「落ち着きなさいソーラ。冷静さを欠いた時点で私たちが負けるわよ」
「そう言うけどよぉ! クソ魔王が俺たちに何をしていたかルーナもわかってんだろ!? あいつの息の音を止めてようやく解放されたと思ったのに、またこうやって絡んでくんのかよ。マジでムカつくぜ……あーちくしょうッ!」
また手頃な石を掴み、遠くへと投げ飛ばすソーラ。
思えば、俺はまだルーナソーラ姉妹のことをよく知ることが出来ていなかった。
サラからリープまではシンとの過去を知ることが出来たが、リシュを含めて残りの三人は未だ不明のまま。
とはいえ、リシュはシンとは深い関係があるということだけは聞いている。ファミリーネームは同じ『テオス』。ゼウスのじいさんによるとテオス家は産まれた神の意向を授かる一族だ。おそらく、シンがそうだったようにリシュもその一族の一人。
それに比べて姉妹の方はまだ触れることが出来ずにいる。一緒に行動するのも今回のツヴァイさんに会いに行く用が初めてだし、知っているのは性格と戦い方くらいのもの。
今のソーラの言動を見るに、何か魔王との因縁があるようだが……。
「ムラサメは、もう……戻って来れないのだろうか」
ディアがボソリと呟いた。
彼女とムラサメは昔から長い付き合いである。共に競い合いながらサラの家に仕えてきた仲間なのだ。彼のことを心配するのは無理もない。
「わからない。でも、まず言えることはあの寄生石をどうにかしない限りムラサメは戻って来れないだろうな」
「そうか。まったく、あの馬鹿は何をしているんだか……」
哀れみ、悔しさ、悲しみ、様々な感情を含んだまま俯くディアからはいつものキリッとした雰囲気は感じられなくなっていた。
ムラサメの心境までは伝えることができていないため、俺ももどかしい。でも、やはりそのことは彼が自分で直接話していかなければいけないのだと俺は思っている。
だから今は話せない。
その機会を作ってやるためにも、俺たちはムラサメを救うことも目的の一つに加えなければならないんだ。
「敵さんの姿を大方掴めたのならそれを突きとめないとだな。よし、シン。お前神の渓谷に行ってこい」
ヒドノラの存在が判明した以外に手掛かりはない。これからどうしていいか悩んでいる俺に突然ツヴァイさんが声をかけた。
「神の渓谷……?」
「このままこうしていても何もわからないままだろ。他に手掛かりを探す方法もわからない、だったら神々のご意見でも授かってきたらどうだ。きっと何か教えてくれるだろ」
「……つ、ツヴァイさんそれはっ」
その意見に待ったをかけたのは俺じゃなかった。
これまでほとんど会話に入って来なかったリシュが何か慌てるようにして口を挟み、話題を中断させようとしている。
「なんでだよ。手詰まりなら神様に意見を聞きに行くっていうのは間違った選択肢じゃないだろう。な、リシュ?」
「う……それほどうですが。で、でもっ……」
「いいから行くんだ。シン」
「は、はい」
なぜか反対するリシュを軽くあしらい、ツヴァイさんは俺に向けて話を続ける。
リシュはなんで急に慌てた様子を見せたのだろうか。彼女のことを詳しく知らない俺はまた一つ疑問が生まれてしまった。
「神の渓谷には俺の昔の知り合いがいる。それこそ、俺が第二英雄の称号を得る前からのな。あいつは神々の意向を授かる一族の一人、俺に紹介されたって言えばきっと力になってくれるはずさ」
そう言いながらツヴァイさんは自身のズボンのポケットから物を一つ取り出して見せた。
それは少し経年劣化し、使い古されたような形跡のあるペンダント。雫のような形をした銀色のアクセサリーである。
「こいつを見せればそいつもすぐに理解してくれるだろう。名はニル。ニル・テオスだ」
「テオス……ッ!?」
この単語を聞き、俺はこれまでの話で何かひっかかると思っていた原因がはっきりとした。
『テオス』、『神々の意向を授かる一族』。
これらのワードが意味を成すもの。それはただ一つしかない。
「テオス家に向かえと、そう言うのですね……」
神々の意向を授かるという一族テオス家。
それは俺が今入っているこの体の本来の持ち主であるシンの一族である。この体にはテオス家の血が流れ、本来ならばシンは今もその渓谷で日々を過ごしていたに違いない。
「……シン」
俺は過去にシンが一族を追い出されたことを知っている。
それからシンが渓谷に戻ったことがあったのかはわからないが、こちらを心配そうに見つめるリシュの反応を見るにまだ関係の修復は完了していないのだろう。
どんないざこざがあったのか俺は詳しくは知らない。もっと違う方法を考えるのもありなのかもしれない。
でも、俺はその選択肢を考えようとは思わなかった。
「わかりました。行ってみます」
今はただひたすら前に進まなければ何も解決しない。俺が恐れたら何も始まらないんだ。
きっとテオス家のことも実際に神の渓谷に赴けば詳しく知ることもできるはず。それに、シンはもう『神器』を扱うことができるのだ、もう一族に相応しくないなんてことはあり得ない。
それに、リシュのこともこれがきっかけで深く知ることができるかもしれないんだ。
「よし、じゃあこれを持って行け。この世界はお前の肩にかかっているんだぞ、真」
ツヴァイさんは俺にペンダントを託し、俺の肩を強く叩いた。
今の「真」呼びはそのままシンではなく俺のことを指しているのだろう。俺の事情を理解しているツヴァイさんのことだ、みんなの前なのであえて「弟子」とは言わず、同じ読みの「真」で呼んでくれた。小粋に俺を激励してくれているたのだ。
俺がそのまま返事を返そうと口を開けかけると、ツヴァイさんは顔をこちらに近づけて耳打ちしてきた。
「お前、何か新しい力を手に入れたな。さっきまでと顔つきが全然違うぞ」
「そ、そうですか……?」
「ああ、すぐにわかったぜ。お前ももう、この世界の立派な英雄なんだよ。胸張って行ってこい」
「……はい!」
ツヴァイさんは自身の右拳を俺の胸に当て、俺のことをもう一人の英雄だと言って鼓舞してくれた。
どうやら俺がムラサメとの戦いの中で新たな力を手にしたことはツヴァイさんには既にお見通しのようだ。
違いが表に出るほど変わったのかは自分でもわからないが、なんだかちょっとだけ嬉しい。師に成長を認められたような、そんな気がして。
「よーし、お前たち後は頼んだぞ第四英雄パーティさんたち。ムラサメは俺が後で屋敷にでも連れておくからさ」
ツヴァイさんが手をパンパンと叩き、俺たち全員に「早く行け」と催促する。
移動手段担当であるリープが再び移動のゲートを開き、サラたちがやれやれといった感じで次々とその中へと入っていく。
リシュが気が進まないといった表情をしながらゲートの中に入っていくと、残されたのは俺とリープの二人だけになった。
「ツヴァイさん、色々ありがとうございました。俺、必ず自分の役目を果たしてきます」
「……リープも、真と一緒に頑張る」
リープの語る「シン」が「真」だとわかったのか、それを聞いてツヴァイさんはニカッと笑い俺たちを送り出してくれた。
「頑張れよ、我が弟子コンビ」
俺は無言で頷いた後、ゲートを潜って森を後にした。最後にリープが後を追うようにゲート潜り、二つの場所を繋ぐ扉を消滅させる。
すぐに辺りを見渡してみると、さっきまでいた緑豊かな森とはまた異なる空間がそこには広がっていた。
「ここが、神の渓谷……」
辿り着いた先に待っていたのは巨大な滝の流れる渓谷だ。
入口に当たるのであろう現在地からでは所々霞がかかり、その全貌を見渡すことができない。
この場所が、英雄シンの生まれ故郷なのか。
目が覚めたら魔王を倒した英雄になっていた 遊希 類 @rui-yuki
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