第43話 正体がバレて
「シン……? どうしたんだ?」
「…………あっ」
呆然とし続けていた俺の肩に手が置かれた。ツヴァイさんの手だ。
俺はここでやっと元の青空の広がる世界に戻れたことを実感した。未だに鳴りやむことのない早くなったままな心臓の鼓動は俺の呼吸を荒げ続けている。
『ヒドノラ』と名乗ったあの男に感じた恐怖の感情。それがあいつの姿は消え去った今でも俺の内に残り続けている。
「一体どうした急に。顔色が悪いぞ?」
「シン……?」
ツヴァイさんとリープは俺の様子を心配そうに見つめている。
そうだ、俺が今体験してきた内容を彼らは知らない。シンがムラサメと戦ったことも、戦闘中に俺が戻されたことも、ヒドノラという男が現れたことも。そして、ムラサメが倒れたこともだ。
「ムラサメ? なんでここに。ねぇ、どうしたの? ……え、ちょっとディア来て!」
「お嬢様、これはいったい……」
すぐそこでは魂を抜かれたムラサメを発見したサラとディアが声を上げている。
これまで俺たちに降りかかって来た様々な出来事。あれは主にムラサメが仕組んでいたものらしい。あの寄生石を使って人々の魂を抜き、俺たちどころか多くの人々を混乱の渦に巻き込んでいた。
だが、その当人であるムラサメも上に立っていた影の支配者によって犠牲となってしまっている。
確かに彼は道を踏み外した。でも、再興の機会すら与えられないままだなんてあんまりだ。
俺は最後のほんのわずかな時間だけ、本当の彼と会話できていたのだと思う。だから余計にあの最後は、あんまりだ……。
「……何かあったんんだな。俺たちの知らない間に、お前だけに起こった何かが」
流石は第二英雄だ。俺の様子やムラサメの状態を見てすぐにこの結論に辿り着いている。
「ツヴァイさん、くそ……どこから話したらいいんだ」
「シンもどうしたの? 一体、一瞬の間に何が起こったの……?」
「俺は……作戦が終わった後、隔離された空間でムラサメと戦っていたんだ。これまでこの国を脅かしていた騒動のほとんどはムラサメの企みだった。彼は本気で俺の命を奪いに来たんだ。だから戦った。でも、それでもこんなことって……」
俺は思わずその場に座り込み、俯いてしまった。
あまりにも整理しなければならない情報が多すぎる。一気に話そうとしても頭がこんがらがるだけだ。
「…………わかった。リープもシンが体験したことを知るよ」
「え?」
突如、リープが不思議なことを口走る。
「……賢術には人が体験した内容を自分の頭にも入れることできるモノがある。それを使えば、混乱するシンに代わって……リープが説明できる」
「そんなことできるのか?」
「うん、ちょっと……頭触らせてね。……よし、やるよ」
リープが俺の頭を両手で掴み、目を閉じて何か呪文のようなものを唱え始めた。俺の真下には魔法陣のようなものが展開されており、オレンジ色の光が俺を包み込んでいく。
今この瞬間にもリープは俺の記憶を読み取り、疑似体験として先ほどまでの情景を閲覧しているのだろう。
ムラサメの本音がバレてしまうだろうが、それはこの際仕方がない。
……いや、待て。そのまま見られてしまうと俺がシンではなく真だということがバレてしまうのではないだろうか。
そうだとすれば非情にマズイ。これまで隠し通して来た俺の秘密がバレてしまう。
「……ッ!!」
俺がその事に気付いた時には既に遅かった。
賢術が終了したのか、真下にあった魔法陣が消えていく。そのままリープの手が俺の頭から離れていき、リープは自身の頭を右手で押さえながらフラッとよろついた。
「大丈夫リープ!?」
「……これは、一体どういう……?」
自分でもサーッと血の気が引いていくのがわかる。
知られた。この反応は間違いなく知られてしまった。
ムラサメが暗躍していたことや、ヒドノラという人物の存在だけでない、俺という別人格のシンの存在。この世界では知られることのなかった秘密を、今まさにリープが知ってしまったのだ。
「シン……? え、どういう、こと?」
「リープ、ちょっと来てくれないか」
「……う、うん」
できる限り俺がシンではなくて真だということはみんなに内緒にしておきたい。
俺はリープをみんなから少し離したところに誘導し、そこで個別に話をすることにした。
「全部、知ったのか?」
俺の問いにリープは無言で頷く。
「その……俺のことも」
「……うん、今目の前にいるシンが実はシンじゃないってことも、知った」
「そう……か」
俺は天を仰いだ。別にバレたからといって何か明確にデメリットが存在するわけではない。
それでも、この世界に来て最初に隠すと決めたことだ。できれば、仲間内には内緒のままにしておきたかった。特にシンを慕うパーティのみんなには。
「今まで黙ってて悪かった……。俺は倉本真、この人格はリープたちの知るようなシンのもじゃなくて、どこか他の世界の人間のものなんだ。ある時からどういうわけか、この体に入ってしまい元に戻れなくなってしまっている。ああ、でも『ゼウスの神眼』を使っている時だけはシンの魂が戻ってくるみたいだけど」
「……何者かの手によって、シンの体の中に連れて来られちゃったんだね」
「ああ、簡単に言えばそうだ。おそらく、その原因はこのリング」
俺は右中指にはめられたままのシルバーリングをリープに見せた。
リープが知ったのはあくまで先ほどのシーンのみ。それ以前のことはまだ知らないはず。
バレてしまったものは仕方がない。中途半端に知られるよりはある程度説明し、逆に把握してくれていた方が俺としても助かる。
「これは俺が元いた世界でも、この世界にやって来てからもはめられていた物で、取ろうとしても取れない。ムラサメが言うには精神寄生リングなんていう名前だとさ」
「……真は、自分のためにもこの世界のシンのためにも戦っているってことだよね」
「ああ、この体は俺のものじゃない。本来の持ち主である英雄シンのものだ。これを仕組んだ張本人の狙いはシンの弱体化なんだろうな。何かの目的のためにシンが邪魔だった。直接倒すよりも、中身を入れ替えて弱体化を図ったというわけなんだろう。それで俺が連れて来られた」
「元に戻る方法は……わからないよね、ごめん。知っていたら、もう試しているだろうし……」
「謝らないでくれ。これまでシンだって嘘ついて振舞ってきた俺が悪い。このまま隠し通して俺という存在を認識されないままいなくなるはずだったけど、もうしょうがないな。でも、みんなには内緒のままにしておいてくれ。英雄が消えたって知られたらそれこそ国単位で大パニックなっちゃうから」
「……うん、わかった。真に従う。リープも、知らないかのように振舞っておくね」
俺の頼みをリープは素直に首を縦に振って承諾してくれた。
ムラサメやゼウスのじいさん、ツヴァイさん、それにヒドノラという男以外では初めてとなる倉本真としてのこの世界の住人との対話だ。
正直、拒絶されてもおかしくないと思っていた。これまで本人だと思っていたのは別人が演じていたものだったのだ。気持ち悪いと思われて当然である。それも、親愛なる人になれば尚更だ。
それでも、リープは俺の話をちゃんと受け止めてくれた。気付けばヒドノラに対して感じていた恐怖の感情は影を潜め、少しばかり心の安心感を得ることができている。
「……真のことについても驚いたけど、一番驚いたのは最後のやつ、だよ」
「ヒドノラ、か」
俺たちはその名を上げてすぐに少し黙り込んでしまった。
風が木々を揺らす音が耳に入る。その音は心を落ち着けるどころか、心の内のざわざわとした感情を現出したような感じがしてどこか気持ち悪い。
「シンが倒したという魔王の子。あいつはそう言っていた」
「……ムラサメを裏で操っていたのはあいつ。と、いうことは、全ての現況はヒドノラということに……」
「寄生石も元はあいつの物なんだろう。それを一時ムラサメに預けていたが、用済みとわかればムラサメすらも犠牲にした。多分、奪った魂を使って何か目的を遂行するため」
「……それ以上のことは話してくれなかった、ね。謎が、謎を呼んでいる」
ムラサメが処分されてしまったのは口封じの役目も果たしているのだろう。
彼が残っていれば色々聞き出せたのかもしれない。たが、彼を失った今俺たちは誰からも情報を得ることができないのだ。
「……とりあえず、真について以外のことはみんなに話そう……?」
「ああ、わかった。俺も大分気持ちの整理がつけたよ。逆にリープに俺のことを知って貰えてよかったかもしれない。ありがとな」
俺はそう言ってリープの頭を撫でた。シンにされているわけではないので、もしかしたら嫌がられる可能性も考えたが、彼女は逆に笑顔で受け入れてくれた。
嬉しかった。完全なる他人である俺もリープに仲間として認識してもらえているのだと思えたから。
この世界に来てから多少の孤独感を感じることはあった。その感情が少し晴れたようで、心の中に憑いていたモノが取り払われた感じがする。
「……うん。リープ、
リープはそう言って、撫でていた俺の手を引いてサラたちのもとへと戻ろうとする。
俺はいつの間にか笑っていた。
今置かれている状況はとてもじゃないが笑えるようなものではない。
それでも、何か人間的な優しさと暖かさを久しぶりに感じることができたのだ。勘違いも何も無い、俺という本人に対しての優しさを。
「ああ。説明一緒に頼むぞ、リープ」
「……任せて」
俺とリープは一度互いに顔を見合わせ笑顔を作りながら、サラたちのもとへと戻った。
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