第42話 心の闇に打ち勝て

 まさに間一髪だった。

 ムラサメの巨体が迫る中、俺は地面に転がるシンの剣を掴み、その刀身に『メイク・ア・ブリザード』を使って巨大な氷塊を纏わせた。

 直後、突進してくるムラサメの激突。ガキャンッと大きな音を立てつつも、剣が纏った氷塊は所々ひび割れ崩壊するもその突進を受け止めた。

 

「ウガアアアアアアアアアアア!!」

「ぐっ……! っだああああああっ!!」


 力と力がぶつかり合い、一時硬直状態に陥るも、俺はすぐに機転を利かせて剣に纏わせた氷塊を解除、刀身と分離させた。

 そのまま地面を強く蹴って思い切り前に踏み込み、剣を振るう。


「ディア、お前の力でムラサメを救ってくれ。『疾風乱斬』!!」

 

 俺はディアのユニーク・アビリティである『疾風乱斬』を使用。独立した氷塊もろとも斬撃の嵐をムラサメへと浴びせていく。

 砕け散った氷塊の衝撃に気を取られたムラサメはその斬撃をモロに受けてしまう。


「マダダ……マダダアアアアアアッ!!!!」


 後方に押し戻されたムラサメはまだ諦めなかった。

 先ほど以上になりふり構わずこちらへとその巨体を武器に突進をしかけてくる。その攻撃にもはや戦略などない。

 

「ムラサメ、もう終わりにしよう。こんなこと続けていてもお前の望む未来が訪れることはない。そこに待つのは破滅の未来だけ。お前がこんな姿でこんなことをやっていても、ディアは悲しむだけだ!」

「ウ、ウルサイウルサイ!!!! モウ、オレニモドルシカクナンテ……!!」

「あるさ。その可能性を自分で捨てるなよ。ムラサメ、これがお前の本来歩むべき道なんだよ!!」


 迫り来るムラサメを迎え撃つべく剣を構える。

 最後に使う力は決めていた。ムラサメの心に訴え、彼を救うにはこれを使って倒すしかない。

 そう、あいつが持っている元々の力。道を踏み外す前の彼の力を。


「『村時雨』ッ!!!!」


 俺はムラサメのユニーク・アビリティ『村時雨』を使い、再び斬撃の嵐を繰り出してムラサメと交錯した。

 攻防はまさに一瞬。されど、絶対的な力の差は無情にも顕著に現れる。

 少しの静寂の後、力無くその場に倒れたのはムラサメの方だった。その巨体で地面をズシンと揺らし、うつ伏せの状態で倒れ込む。


「ア……アァ……」

「ハァ……ハァ……」


 どうやら先ほどの攻撃は文字通り捨て身の攻撃だったようだ。これまでの凶暴さが嘘だったかのようにムラサメは弱ってしまっている。

 おそらく、その原因は今の攻撃によるものだけではないのだろう。

 ムラサメの体内にある寄生石。間違いなくあの石がムラサメの体を蝕んでいるのだ。

 

「おいムラサメ! ムラサメ、しっかりするんだ!」

「チ……チキュウジン……」


 既に息が弱い。ある程度加減はしたつもりなのだが、このままでは戦闘のダメージだけでなく、寄生石による体への負担が彼を死に至らしめてしまうかもしれない。


「お前はディアと一緒にいたいんだろ。シンに負けたくないからこんな力にも手を出したんだろ。それなのに、こんな最後でいいのか!?」

「モウ……ダメナンダ。コノチカラニテヲソメテモ、オレハシンニハカテナカッタ。タタカイデモ、コイデモ。ダカラモウイイ、ハイシャハソノママキエルダケ……」


 このままではまずい。ムラサメは既に自分を諦めてしまっている。

 俺にはシンが使っているような闇を打ち払うような力はない。邪気を払うように、彼の内にある寄生石による影響をどうにかして取り除かなければダメだ。

 だったら、できることはただ一つ。

 ムラサメの心を開き、心の闇から彼を解放させるしかない。


「……勝てなかった、か。お前は本当にそう思っているんだな」

「アア、ソウダトモ。オレハマケタ、モウオレニイキテイルイミナンテ……」

「いや違う。まだ終わってない。確かにディアの気持ちはシンへと向いている。俺はこの体に入って彼女と接していたからそれはわかっているさ。でもな、まだ決着は着いていないよ。つまり、お前にもまだチャンスは残っているんだ」

「ドウイウ、コトダ……? イッタイ、ナニヲ……」

「お前はまだ完全に負けてない。お前が諦めずディアの心を掴もうとし続けたら、もしかしたらもしかするかもしれないんだぞ」

「エッ……?」


 俺の言葉を聞いてムラサメの目に再び光が戻りつつあった。

 彼がこんなになってしまった原因はディアが自分に振り向いてくれなかったから。だったらその原因に光を差し込んであげればいい。


「まだシンとディアはくっついたわけでもない。それなのにお前は既にこの時点で諦めてしまっている。本当にそれでいいのか。本当に悔いは残っていないか?」

「デモ、ムリダ……。コンナニナガイジカンヲトモニスゴシテモ、ディアチャンハオレノコトナンテ……」

「お前はその心の弱さに負けているだけだ。ムラサメ、お前にもまだ可能性は残されている。諦めなければ、ディアも応えてくれるかもしれない」

「アキラメナケレバ……」

「だから心の闇に打ち勝て。そんな力は捨てろ。その身に闇を纏っても、待っているのは破滅だけ。自ら希望の可能性を捨てることに何の意味があるんだ? 憎しみと妬みの感情だけで動いても、いい結果は生まれない」

「ココロノ……ヤミニ……」

「俺だってわけもわからずこの世界に連れて来られて正直怖いよ。自分が自分ではない他人の体に入ってしまっているんだからな。でも、俺は諦めない。俺がどうしてこうなったのかを必ず突き止めてみせる。この体の持ち主であるシンのためにも。だからお前も諦めるなよ、ムラサメ」

「オレモ……」


 ムラサメの巨体から紫色の粒子が宙へと舞っていき、消滅していく。彼の巨体は徐々に縮んでいき、やがて元の人間のサイズへと戻っていった。

 寄生石の影響が解けていっているのだろう。ムラサメの顔にも光が戻っていき、弱くなっていた呼吸も力を取り戻していくのがわかった。


「オレも、まだ……可能性があるかな? 俺にも、残っているだろうか」

「ああ、お前が諦めない限り可能性はゼロにはならないはずさ。でも、その先に待つ未来だけはどうなるか俺にもわからない。だから、自分で切り拓くんだよ。自分の未来をさ」

「そう……だな……。そうだ、こんなことをしていても何かを得ることはできない。だったら、可能性に賭けて未来を手に入れようとする方が合理的、だよな」


 気付けばムラサメは完全に元の姿へと戻っていた。

 彼の表情はどこかすっきりとしている。憑きものが取れたかのように、己が何をすべきなのかを明確に理解しているようだった。


「間違っていた。俺は、みんなにも、大勢の人にも迷惑をかけて……それに多くの人の魂を……。ああ、自分で自分を諦めたせいでこんなことに……俺はなんてことを……」

「そう思えているのなら少しずつ償っていけばいい。人はやり直せる生き物だ。全ての一件が終わった時、ちょっとずつでいいから取り返していけばいいさ。そうしたらディアだってきっと」

「そう、かな。そう……だね。はは、まさかお前に救われるとは。地球人君」


 ムラサメ特有のお調子者さも復活してきている。これなら、もう寄生石に負けることもなさそうだ。


「って、ムラサメ。寄生石はどうした?」

「えっ、あれ?」


 既に寄生石の影響はなくなったかのように見える。しかし、ムラサメの体から飛び出たという形跡もない。


「まさかまだ体内にあるのか?」

「多分そう……ウッ!!??」


 突如、ムラサメは両手で胸のあたりを抑えて苦しみ始めた。

 寄生石を体内に取り込んだあの時とはまた違う悶え方だ。反応を見るにムラサメが予期していない発作であることは間違いない。


「どうしたムラサメ、大丈夫か!?」

「ガッ……うわああああああああああああああ!?」


 直後、俺の視界に飛び込んできたのはムラサメの体内から出てくる寄生石の姿だった。

 禍々しいオーラを纏うその石は紫色のオーラをムラサメから吸収し、それに呼応するようにムラサメは悲鳴を上げ続ける。


「一体、何がどうなっているんだ……」



「あんまり役には立たなかったなムラサメ。まぁ、俺にとってはそれでも構わないが」

 

 背後から声が聞こえた。

 今、この空間に存在しているのは俺とムラサメの二人だけのはず。ムラサメが作り出したシンと戦うためだけのこの空間には他の人間は誰も存在していないはずだ。

 それなのになぜ人の声がする。

 俺はおそるおそる後ろを振り返り、声の主を探した。


「お前にも糧になってもらおうか。所詮はただの裏切り者。使えないとわかればこのようにして始末すればいい。実に都合のいい存在だったよ」


 立っていたのは一人の男性だった。頭に日本のねじれた角を生やし、独特の銀髪を生やした不思議な印象を受ける。

 俺は見ただけですぐに理解した。

 こいつはヤバイ。根拠は明確にならなくても間違いなくヤバイことだけはわかる。

 そう知らせているのは頭なのか体なのかはわからずとも、俺は自然と手が震えだし、必死に制しようともう片方の手で押さえるも一向に収まる様子がない。

 俺は――この男を恐れている。


「シンに入れ替わった人間か。思ったよりはやるじゃないか」

「お前……一体何者だ。ムラサメに何をした!?」

「まぁ、見ていろ。どうせ、お前には何もできないからな」


 角の男が手でスナップすると、寄生石がそれに反応してさらに強く光を吸引していく。


「ぐわああああああああああああッ!! ……ぁっ」


 光を吸い取られたムラサメは最後により一層大きな悲鳴を上げた後、力なくその場に倒れ込んだ。

 寄生石はそれが済むと、自分で角の男の元へと宙を移動していく。


「ムラサメ!? おい、ムラサメ! しっかりしろ!!」

「無駄だ。そいつの魂はもうその体には入っていない。この寄生石が奪い取ったからな」

「なんだと……?」


 あの男の言うことは間違っていないのだろう。その証拠に、倒れているムラサメは息をしていなかった。

 寄生石がムラサメの魂を吸収してしまった。信じられないが、今実際に行われたことなのである。


「今ここでお前を葬ることは容易い。だが、俺にはまだ遂行しなければならないことがある。ここは素直に退かせてもらう」

「ま、待て! お前は一体何なんだ!?」


 男の体は黒い粒子となって消滅していく。それが単なる移動方法なのか、それとも偽りの肉体を消滅させているのかは俺にはわからない。

 最後に男は不適に笑いつつ、俺の質問に答えた。


「俺の名はヒドノラ。かつてシンに討たれた魔王の子だ」

「なっ……」


 やがて男は完全に消滅し、それと同時に空間も消滅して元の世界へと戻っていく。

 視界が完全に元に戻った後、俺は呆然としたまましばらく動くことができなかった。


 

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