第41話 新たなユニーク・アビリティ

「ナ、ナゼオマエモシントオナジヨウニメニホノオガ……!? ソ、ソノミドリノホノオハナンダ!?」


 ムラサメは体を起こしながら言葉を漏らす。

 その様子からは動揺を隠しきれないのがはっきりとわかり、赤子を捻るほどに圧倒的力の差がついていた状況が一変したことを物語っていた。


 今、俺の左目には『ゼウスの神眼』を使ったシンと同じように炎が灯されている。

 俺が直接目視したわけではないので色まではわからなかったが、ムラサメが言うには緑色の炎らしい。

 シンは右目に紫色の炎を灯していた。左右対称とでも言いたいのだろうか。シンが右なら俺は左。

 同じ体でありながらその中にいる人格、精神によってまた異なった能力が発現したということなのだろう。


「どうやら……最悪の状況から免れたみたいだな」

「チィッ……! フンッ、マダボクガユダンシテイタダケトイウカノウセイモアルダロウ」


 先ほど放った左ストレートは間違いなく全力に近い形で繰り出していたとは思うが、どうやらムサラメは自分が劣勢になったかもしれないという事実を認めたくないらしい。

 いや、そう思えてしまうくらいの力を俺は手にしてしまったのかもしれなかった。

 体の底から力が湧いて来るような、さらに奥の奥である芯の部分から違うことがわかる。攻撃を押し返した今の動作だけでも今までと比べ物にならないほどの身体能力が見についていることがわかっていた。


 それだけじゃない、何かが俺に語り掛けてくる。

 この能力の使い方を。どうやって戦うべき能力なのかを。


 ゼウスのじいさんとはまた違う、俺を導く天の……声……?


「オマエハ、ブザマニボクニコロサレルベキナンダアアアアアアァァァ!!」


 なりふり構っている場合じゃないと判断したムラサメは一心不乱にこちらへ駆け出した。

 巨体がズシンズシンと地面を蹴り、その度に大地が音を鳴らす。

 いつもの俺ならその動作一つでビビってしまっていただろう。でも今は違う。

 ある程度以上の力を持つと心に余裕が現れる、というのは本当のことなのだろう。

 それが驕りとなり、大きな決壊へと繋がったりはするのだがそれはまた別の話。今の俺は奴の動作一つでは動じないほどの余裕を持てていた。


「ダアアアアァァァァァァ!!」


 心に余裕がないムラサメの繰り出してきた攻撃は単調だった。

 特に策もなく、自分の強さを見せつけると言わんばかりの単純な左ストレート。

 俺は向上した身体能力を活かし、その場から飛び上がった。ムラサメの攻撃は空を切る。


「随分余裕がなくなったなムラサメ」

「グゥゥゥゥイワセテオケバコノチキュウジンンンンッ!」


 今度は上空へと飛び上がった俺を捕まえるべく、左手で鷲掴みを狙う。

 このまま何もしなければ俺は掴まってしまうだろう。だが、ムラサメとは違い俺は無策じゃなかった。


「力を貸してくれサラ。『フローラル・ギフト』!」


 俺はサラが持つユニーク・アビリティ『フローラル・ギフト』を発動させ自身の周囲にいくつもの花びらを出現させた。

 これはサラが発動したわけではない。紛れもなく俺が発動したユニーク・アビリティである。


 先ほど聞こえた天の声がこの能力について教えてくれていた。俺の能力は今まで見知ったユニーク・アビリティを自身のものとして使えるようになる能力。

 つまり俺の記憶と経験がそのまま力となる。

 仲間たちがこの場にいなかったとしても、俺はみんなの力を借りることができるようになったのだ。


「ブルーローズ・シールド!」


 俺はすぐさま俺の周囲を舞う花びらたちに指示を出し、俺を掴まんと伸ばされたムラサメの左手の前に集めさせた。

 花びらの色が深い蒼色へと変わっていき、規律よく長方形のように縦に伸びた盾の形を形成。咄嗟のことにムラサメは左手を引くことができず、その薔薇の盾を鷲掴みしてしまう。


「ギャアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」


 花びらといえどこの盾は全て刃物のように鋭利なものだけで作られたものである。それを掴もうなど素手でうにを掴むのと同義に等しい。

 鋭利な花びらたちは容赦なくムラサメの左手に食い込み、無数の針に刺されるような激痛がムラサメを襲う。


「アッ……! アアアアアアッ!!!!」


 その激痛にムラサメは地面の上で悶絶している。

 ゴロゴロと何度も左右に転がり、土煙が舞う。その間に俺は地上へと着地するが煙たさに思わず手を払ってしまう。


「グッ……、グゥゥゥゥゥゥゥ!!」


 涎を垂らし、必死に痛みに耐えるムラサメ。既に人間のものとは思えないほど禍々しい姿に変わってしまった瞳も血走っており、その痛みがどれほどのものかを物語っていた。

 ……いや、やったのは俺なのだが。


「もういいだろうムラサメ。今の俺はさっきまでの俺とは違う。英雄シンにも劣らない能力を手に入れてしまった。だからもう戦うのはやめよう。こんなことをしてもディアは振り向いてはくれないぞ」

「ダッ……、ダマレェ! キタバカリノオマエニナニガワカル! ボクガ、ボクガドレダケディアチャンノコトヲオモッテイタカヲ!」

「ああ、わからないさ。もっと言えば俺はお前に比べたらディアのことなんて全然知らないと言っていいほどだろうよ。でもなムラサメ、こんな変わり果てた姿で悪行を犯すような真似をして何になるというんだ」

「シンガ……、オレカラディアチャンヲウバッタシンガイナクナレバ! キット、キットディアチャンハボクノホウニ」


 ああ、救えない。恋を患った男の末路はこうなってしまうものなのだろうか。


「その考え方から既に間違っている。それにシンだってお前から奪おうとして奪ったわけではないんだろ」

「シッタコトカ。アイツガドウオモッテイヨウトオレニハカンケイナイ。ディアチャンノキモチガアイツニムイテシマッタコトハマギレモナイジジツナンダ」

「なんでわからないんだよ! 自分が負けたと思ってしまうような心の弱さが今の現状を生んだって!」

「ナンダト……?」

「お前は負けたんだよ。自分が敗北者だって自分で決めつけてしまうような自分に」

「…………ッ!!」


 ムラサメの動機はシンからディアを奪い返すため。

 実らなかった恋を諦めきれない彼は間違った力に手を染めてしまった。

 その嫉妬と復讐の心はやがてこの地に住む人々すらも裏切り、自ら故郷を危険に晒そうとしている。

 きっと彼の背後にいるであろう黒幕も脆くなったムラサメのことを利用しているに違いない。内に芽生えていた邪な心を成長させ、一つの手駒として動かしていたのだろう。


「ダガ……、ダガッ! モウオレハアトニヒクコトハデキナイ! ドッチニシロアノママダッタラディアチャンハコチラニフリムコトハナカッタダロウヨ。ナラバコノミチシカボクニハノコサレテイナイ。コノミチデコノミガホロブノナラホンモウダ」

「ムラサメ……」

「ハァ……ハァ……マダタタカイガオワッタワケデハナイ。チョットチカラヲテニイレタカラトイッテチョウシニノルノモタイガイニシロォッ!!」

「……ッ!!」


 不意打ちを狙ったのかムラサメがその巨体を丸めつつ全身を使ってタックルをしかけてくる。

 咄嗟に左へ避け直撃を免れるものの、その巨体が突っ込んだ先にあった木々は全てペチャンコに押しつぶされ、木の幹が木端微塵になる際発した音がなんとも痛々しい。

 

 心は冷静さを失いつつもあの巨体に眠るパワーは未だ顕在ということだ。いくらユニーク・アビリティを発現したとはいえあの攻撃をまともに食らったらひとたまりもないであろう。

 俺はすぐに周囲を見渡し、シンの手から離れた剣が転がっている場所を探す。

 そんな時だった。

 

「アッ……グゥゥゥ、ヤメッ……ヤメロッ……マダ、マダオワッテナイ。アイツヲタオスタメオレニハコノチカラガマダヒツヨウナンダ……ッ」


 木々に突っ込んだムラサメがなにかに苦しみ始めた。

 タックルをした際のダメージ、というわけではないのだろう。右手で頭を、左手で胸を抑え、むがき苦しむように何かに耐えているようだ。


「どうしたんだムラサメ」

「ハァ……ハァ……タエロ。タエルンダ……。アアアアアアアアアアッ!!」


 未だ苦しむムラサメは意を決したように開眼し、自らの体に鞭を打つようにしてなんとか立ち上がった。その雄たけびはなんとも痛々しいものである。


「もしかして……あの力に体が耐えきれてないのか?」


 ムラサメが体内に取り込んだ寄生石。間違いなくあの石がムラサメの体を魔族の巨体に変え、力を与えている。

 その爆発的な能力向上には驚かされたが、今の彼は受けたダメージ以上に息が荒く、蝕まれた体を必死に誤魔化しているようにしか見えない。

 つまり、あのまま放っておけばムラサメ自身が危ない可能性がある。


「……くっ!」


 ならばこのまま悠長なことをしているわけにはいかない。

 俺はすぐに視界に捉えたシンの剣に向かって駆け出した。

 サラの『フローラル・ギフト』、ルーナの『メイク・ア・ブリザード』なんかは無から何かを発生させるユニーク・アビリティだが、ディアやリシュのものは手に武器がなければ何の意味も持たない能力。

 だからシンが使っていたあの剣を手にしないことには戦闘の幅が狭まることとなる。俺の能力はあくまで他人のものをコピーするものであり、固有で何かを行うことができるものではないからだ。


「ハァ……シ、シネェエエエエエエエエエエエエエッ!!!」


 ムラサメとて自身の体が限界に近いのはわかっている。

 短期決戦のつもりで多少捨て身の戦法になれどおかまいなしだ。再びその巨体全部を武器にしてこちらへと全速力で突っ込んでくる。


「『ホーリー・バリア』!!」


 ほんの少しの時間でもいい。俺が剣を握るまでの時間を稼ぐため苦し紛れにレティの使っていた魔法『ホーリー・バリア』で光の壁を生成、ムラサメの進行方向に設置する。

 しかし、その願い敵わずムラサメは勢いそのままに出現した光の壁をいともたやすく粉砕してしまった。


「シネエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!」

「ぐっ……、間に合ってくれ!!」


 光の壁が音を立てて崩壊していく様を背景に、俺は必死に地面に転がるシンの剣へと手を伸ばした。

 ――間に合え!

 

 

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