契約遂行

高尾つばき

最後の5分間

 私は気づくと、食べ物を探して土の上を歩いていた。

 頭の中は、食欲のみが支配している。

 

 うろうろしながら歩いていると、急に身体が傾き、土の斜面を滑り落ちていく。

 そこはすり鉢状の深い穴であった。

 しかも穴の中心点には、大きな鎌状の巨大なアゴを広げた怪物が待ち構えているではないか。

 

 私は斜面を登ろうと必死に六本のあしを動かす。だがあがくほど、身体がズルズルと斜面を滑っていく。


 助けてくれ!


 恐怖の大鎌が、私の黒い胴体に振り下ろされた。






 私は気づくと、温かな陽射しを浴びていた。

 周囲には私と同じように枝葉を精一杯伸ばし、光を取り込んで栄養に変えている仲間が大勢いる。

 大地から地中に這わせた根から美味なる水分を吸い上げて、身体中にめぐらせるのはとても気持ちがいい。


 直後、ギュイーンッと不気味な音が鳴り響いた。

 ガガガッと私の身体が衝撃を受ける。


 大地に近い私の身体が、勢いよく削られていっているではないか。

 回転する鉄のチェーンが、私の身体を引き裂こうとしている。

 

 やめてくれ!

 

 私は枝葉を揺らして慈悲をこう。

 だがそんな叫び声はチェーンソーを操る人間に聴こえるはずはなかった。






 私は気づくと、自由気ままに宇宙空間を漂っていた。

 空腹感も孤独感もなく、すべての欲望を持たず、ただ一塊の小さな鉱物として。


 ところがどうしたことか、何かに引き寄せられるように身体が動き始めたのだ。

 どんどん加速していく。


 巨大な惑星がせまってきた。

 いや正確にはあの青い惑星の引力に捕まってしまったのだ。

 私は逃れるすべを持たない。


 このままでは惑星に激突して粉々になるか、大気圏で燃え尽きてしまうではないか。


 熱い! 


 身体が灼熱の炎に包まれていった。






 私は気づくと――






「さあ、これが最後ですね」


「ああ。

 ひとつめの願い、巨万の富をいただいて俺は世界一のセレブになった。

 二つ目の願いである名声。

 これはセレブなら当然だがな。

 この世では、誰もが俺にひれ伏してくるのだ」


「思う存分人生を楽しまれているようで、なによりです。

 さあ、三つ目、これが最後の願いです。

 何でもかなえさせていただきますよ。

 もちろんその願いが成就したあかつきには、あなたの魂を契約通り頂戴いたしますけどね」


「ふふっ、わかっているさ。

 よし、三つ目の願いだ。

 !」




 はい、あなたの願いを確かに承りました。

 最後の5分間を、永遠に繰り返してください。

 まさか、あなたは富と名声を得たまま不老不死となって、魂を渡さないおつもりだったわけではないですよね。


 今の姿のまま生き続けるなんて、神さまにでもなるおつもり?

 仮にそれを悪魔が許しても、神さまが納得されませんから。

 互いに、持ちつ持たれつの間がらですし。


 魂ですか?

 魂をいただくということは、私がそれで自由に遊ぶことができる、そういうことなのです。

 さあ、まだまだこれからですよ。

 常しえに味わってくださいな。

 最後の5分間を。


 了




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契約遂行 高尾つばき @tulip416

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